ジェントルマン苗木誠

「丼田っちの臓器、全部でいくらになるんかな…?」

「……ん?」

 地を這うような声が聞こえてきた。
 振り向く気が起きない。どうせ葉隠くんだ。声で、あとこのクズのような台詞でわかる。

「売りたいの?」
「売ってくれるんか!?」
「ヤスヒロくんはバカなのかな?」

 急いで私の前に回ってきた葉隠くんに、大袈裟なほど首を傾げてそう言うと、ガッカリしました!と強く主張するように床に倒れ込まれた。

 そんな葉隠くんを大きく避けて食堂へと向かうと、苗木くんが一人でぼんやりグリーンティーを嗜んでいた。

「やっほう、苗木誠くん。私も座る」
「うん。どうぞ」

 自分の隣の椅子を引いてくれた苗木くんはジェントルマンだ。
 臓器をクレクレする葉隠くんとは比べるまでもなくジェントルマンだ。

「ありがと〜。一口ちょうだい」
「…? ボクの?」
「うん。間接キスとか気にするならいいけど」
「え!? あ、えっと……」
「嘘。さっき寮で水飲んだから喉乾いてないよ。ナチュラルに苗木くんをからかうのがマイブームなだけ」

 最低な発言をして苗木くんを困らせていると、唐突に苗木くんは真剣な顔をして私の顔を覗き込んできた。
 目を丸くして苗木くんを見つめ返していると、苗木くんの眉が下がっていく。

「ねえ。疲れてる?」
「え、私?」
「うん。なんだか目の端が赤い気がして」
「うーん……」

 ぐりぐりと指先で目頭を押して、ぱちぱちと瞬きをする。
 言われてみれば若干乾いたような、しぱしぱとした感覚がする。不快で目を閉じたままでいると、苗木くんは「ちょっと待ってて」と言い、カップを持って席を立った。

 しばらくもしないうちに、苗木くんは厨房から戻ってくると湯気の立つ真っ白なタオルを私に手渡した。

「……なにこれ?」
「それを目の上に乗せて、少し休むと目の疲れが取れるんだよ。いつかテレビでやってたからさ」
「はええ……やってみる」

 タオルを乗せると、じんわりと目元が温かくなる感覚がした。
 ぽーっと何も考えずにいると、苗木くんから口が開いてるよ、などとご指摘を貰ってしまう。



「……うう」
「……あ、おはよう。よく眠れた?」
「んー…? うん……? あれえ……」

 目を擦って辺りを見回すと、私が記憶している最後にいた場所とは全く違う場所だった。
 もう慣れてしまったベッドに、見慣れてしまった奇抜な色をした壁や床。

「……うんん? なんで部屋にいるの…」
「あのまま隣にいたんだけど、一時間経っても起きなから、大神さんに手伝ってもらって部屋に運ばせてもらったんだ。あのまま椅子で眠ってると、転んじゃいそうだったし」
「そうだったんだあ。ありがとう。大神さんにもちゃんとお礼言わなきゃ」

「あ、でも寄宿舎以外での就寝って校則違反じゃ……」
「あはは…気絶してるって嘘ついちゃった」
「ええ……」

 苦笑する苗木くんに笑い返して、そう言えばと口を開く。

「今って何時くらいなのかな」
「もう少しで夜時間になると思うよ。……あ! 夜時間になるとシャワーの水が出ないんだよね、急がないと……ご、ごめん! ボク出てるね!」
「え、あ、…うん! 苗木くん、ありがとう!」

 突然、バタバタと私の部屋から出て行った苗木くんの背中に手を振って、私はシャワールームのドアノブを捻った。



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