苗木誠くんが全て信じるべき
「苗木くん、死体発見アナウンスが流れなければ、殺した事にはならないのかな」
「……えっ?」
ランドリーで洗濯が終わるのを待っている時に、偶然やってきた苗木くんと隣合わせに座って他愛も無い話をしていた。
その最中にそんな質問を投げかけると、苗木くんは大層驚いた顔をして私を見る。
「卒業したくて人を殺した訳じゃないのに、死体が見つかって捜査が難航して裁判でクロだって指名されなかったら、嫌でも卒業しなきゃいけないのかな」
「ど、どういう意味……?」
眉を顰め、心底理解出来ないといった様子の苗木くんの瞳を見つめ返す。
理解出来ないわけではなく、理解したくないような雰囲気も感じ取れた。
「苗木くんは好きな子いないの?」
「い、いないけど……」
「さやかちゃんのこと好きなんだと思ってた。じゃあ想像でいいんだけど、好きな子を自分以外の誰かに殺されるのって嫌って思わない?」
「は……? な、何を言ってるの?」
「もしもの話だけど、私が苗木くんの事好きだとしたら、私は苗木くんを殺して誰にも見つからない場所に保管する」
ゾッとしたように顔を青くさせる苗木くんから視線を逸らして、ぶらぶらと揺れる爪先を見つめる。
なんとなく、モノクマの顔を思い浮かべた私は口を開く。
「モノクマに頼めば冷凍保存とかしてくれるのかな。この学園に死体を腐らせずに保存出来る場所があったら、やってくれるのかな」
「そ、それは……どうだろうね、モノクマの事だから、無理矢理にでも死体を三人に発見させると思うけど……」
「そっか、そうだよね。モノクマにとってのオシオキは一つの娯楽みたいだもんね」
「……」
複雑な表情で拳を握り締めた苗木くんが、キッと天井を睨んだ。
「モノクマなんかの好きにはさせないよ! キミだって……丼田サンだって絶対殺させたりなんかしない!」
誓うように叫んだ苗木くんの声を隣で聞いていた。
賛同することも反対する事もノることも出来ずに、私はゆらゆらと足を揺らす。
私は、人を殺さないとは限らない。私は人として出来ているわけではないから、混乱して殺してしまう事もあるかもしれない。
それに、私が殺されないとも限らない。苗木くんがいくら意気込んで希望へと進む道を作ろうとしても、それはモノクマの手によって絶望へと塗り替えられる可能性だって無いわけではない。
「ごめん、苗木くん」
「え? どうして……」
「苗木くんの役に立てなくて」
「そんな事ないよ! 丼田サンは推理や証拠集めに協力してくれるし、学級裁判の時だってしっかりと意見を言ってくれるでしょ? 霧切サンや十神クンからかなり頻繁に手伝いを頼まれることだってあるのに、嫌な顔一つせず手を貸しているし……」
「それは怖いからだよ」
両手をぶんぶんと振って私の言葉に否定してくれた苗木くんの言葉を蔑ろにするようで、少しだけ心苦しくもあり、私はそんな立派な人間じゃないと否定しなければならないという気もある。
側に置いてある盾子ちゃんが大きく印刷された雑誌を横目に息を吐いた。
「死ぬのが怖い、殺されるのが怖い。人と一緒にいれば殺されずに済むかもしれないでしょ。一人だと心細いんだ、知らない間に誰かが近付いて来ているのは怖い。だから自分から近付いて一緒に居て、仲良くして、殺されないようにって……」
微かに震えた肩を手のひらで撫でる。みっともない自分に嫌悪感が募っていく。
苗木くんは私を見つめて、小さく頷いた。
「それはわかるよ。今までモノクマのせいで、人が死んできたんだ……閉じ込められたこの学園内で、誰かがボクを殺そうとしたっておかしくない」
「……苗木くん」
「でも、それじゃダメなんだ。モノクマを止めなきゃ……こんなことしてる場合じゃないんだよ! これ以上クラスメイトが死んでいくのなんて見ていられない……!」
やり場のない悔しさに拳を震えさせた苗木くんは、私をしっかりと見据える。
「さっきも言った通り、丼田サンは死なせない。キミだけじゃなくて、みんな……これ以上は絶対に……!」
「苗木くん……」
情けない。馬鹿みたいな自分に反吐が出そうになる。
自分勝手な考えを全て打ち消して、苗木くんみたいにみんなを護ると決意出来るような人になれるなら。
恐怖と嫌悪で、苗木くんから視線を逸らしたくなる弱い自分に喝を入れたくて、思い切り頬を両手で引っ叩いた。
「っ……」
「えっ!? あ、あの、大丈夫? すごい音がしたけど……」
直前のキリリとした表情は何処へやら、途端にオロオロと狼狽える苗木くんに口元が綻んでしまう。
それを見た苗木くんが、苦笑いを浮かべてほんのり恥ずかしそうに頬を掻いた。
「ごめんね。私、頑張るから。苗木くんも、一緒に……」
「……うん、勿論だよ! みんなでここを出よう!」
二人して力強く頷くと、見計らったように洗濯機が終了の合図を出した。