さようなら
狛枝凪斗くん
「おはよう」
「おはよう。今起きたの?」
「…………うん」
突然、アポイントも無しにコテージに侵入し、狛枝凪斗の帰りを待っていた私に驚きもせず、彼はベッド脇に腰掛けた。
「顔色悪いけど、ボクが臭いからかな?」
「……それもあるかもね」
顔色が良くないのなんか当たり前だ。
もう疲れ切ってしまって、動く気すら起きない。だから、こうやって彼の匂いのする枕に顔を埋めるのも最後にする。
「……は…」
「悩みでもあるの?」
「さぁ……」
「そっか、ごめんね」
謝れなんて言ってない。
意味も分からず謝られて少しだけ気分が悪くなる。狛枝は悪くない。悪くない。
「ボクで良ければ、聞かせてもらうけど」
「……つかれた」
ハッキリとしたことを言わず、ぼんやりと意思を伝えてみると、狛枝は一瞬口を開いて、また閉じて、もう一度開いた。
「そう」
枕に埋まった私の顔を見ようとせず、控えめに髪を指に絡めとられる。
なんで、なにやってるの。
声を出したくても、息が詰まって出せない。胸の奥から込み上がる何かをせきとめるために、口を固く閉じる。
「キミは、ボクにとっては希望だったよ」
「…………」
私の髪から指を離して、そう告げた狛枝の声は小さくて、油断していたら聞き逃していた。
私の発したたった四文字の言葉だけで、全てを察する狛枝はキモチワルイ、だけど嫌じゃない。
キモチワルイし、言っている意味がよく分からない時もあるけど、何故か惹かれて、目が離せなくなる。
私が狛枝に執着してしまうのは、私が勝手に狛枝の欠点を魅力にすり替えて思い込んだせい。
「もう、自分のコテージに戻ったほうがいいんじゃないかな。夜更かしは乙女の大敵だって聞いたけど」
「……」
今そんなこと心配したってどっちみち意味ないのに。
引き止めてくれているんだって、自分のいいように受け取ってしまいそうになる。やめてほしい。
「狛枝」
「うん」
「狛枝も、私にとっては希望だよ」
「ボクなんかの才能は希望とは呼べないよ」
「私は、狛枝の才能になんて興味なかったよ。最初から、狛枝にしか興味なかった」
蚊の鳴くような声でそうこぼして、私はベッドから起き上がった。
私を見上げる形になった狛枝に手を伸ばして、触り心地がいいのか悪いのか中途半端な髪を無造作に掻き回した。
「おやすみ」
私を止めようとはせずに、就寝前の挨拶とも、お別れの挨拶とも取れる四文字の言葉を私にかけて笑顔を見せる狛枝に、私は違った四文字を返した。