雑用係と
左右田和一
(未来機関所属)
『はぁ……オレと?』
『そうだよ。左右田くんと。ダメ? っていうよりか、嫌?』
『イヤじゃねェけどよォ……なんで…』
そう言えば、告白した時の左右田くんは意外と落ち着いていたなー。
なーんて、今となってはしょうもないことを思い出しながら、私は厚いガラスに指を滑らせて目を伏せた。
本当は、触れたい。こんな冷たいガラスじゃなくて、君の人間らしい手に、頬に、唇に。
硬く閉ざされたまま、開くことのない目と口を眺めた私は、モニタールームへと戻った。
「あら、戻ってきたのね。今日はいつもより早いみたいだけれど、何か進展はあったかしら」
「無いよ、いつも通り。そっちは?」
「ぼちぼちといったところね。相変わらず、貴女の彼は元気でよろしくやっているわ」
モニターに視線を移した響子さんに、私も同じようにモニターを見つめる。
響子さんの言った通り、【私の彼】である左右田くんは、今日も、架空の島で【元気によろしく】やっている。私は小さく溜息を吐いた。
響子さんは私の溜息に気付かないフリをして、近くにあった資料を手にとって椅子に座った。
「なぁ、丼田っち」
「葉隠くん……はい、何?」
「シャワーが壊れてんだ!」
「……は? いや、そんなの知らないよ。自分で直して」
突然モニタールームに入ってきたかと思えば、十神くんや響子さんではなく私に一直線で向かってきて、そんな事を報告する葉隠くんに、呆れた。
彼は私を雑用だとでも思っているのだろうか。……まあ、雑用のようなものだけれど。
自分で直せと言っているのに、自分には無理だと何度も返してくるしつこい葉隠くんに痺れを切らした私は、重い腰を上げてシャワールームへと向かった。
「ここだね。一時間もあれば直るから、どっか行ってて。気が散るから」
「おう! 頼んだべ」
シャワールームへと来た私に、壊れたシャワーの場所を教えると、上着を翻し、トレードマークのドレッドヘアをゆらゆら揺らしながらさっさと出て行く葉隠くん。
……本気で雑用だと思ってやがる。
声に出して言いたい、葉隠くんの愚痴そのいちー。なんて心の中で独り言を言いながら、私は工具を手に取った。
一時間とは言ったが、見てみればそこまでかかることは無さそうだ。本当になんてことないのに、わざわざ私を呼んだのか。むしろばかにしてる。
頭の中で、葉隠くんのドレッドヘアをむしり取って、水晶玉を焼却炉に投げ入れながら、修理に取り掛かる。
「…………晩御飯は葉隠くんのから少し奪ってあげよう」
十分足らずで終わってしまった修理に、軽く苛立ちを覚えた。それは葉隠くんに対してではなく、プログラムの世界でキボウノカケラと呼ばれるパンツを黙々と集める左右田和一に対してだ。
乱雑に工具をしまって、水が飛んで湿った髪を乾かすと、私はモニタールームへと戻った。
「おう、丼田っち! 案外早かったな!」
「はい、これ。直しといて」
にっこりご満悦の葉隠くんに工具箱を押し付けて、私は左右田くんの元へと向かう。
「左右田くん、あのね」
再び、冷たいガラスに手のひらを押し付けながら、その向こうにいる左右田くんへ届くことのない声を掛ける。
「左右田くんのお陰で、未来機関での私が、修理係みたいになっちゃってるよ」
左右田くんは、ピクリとも動くことはなく横になっている。
相手から返事がくることのない会話なんて、ただ虚しいだけだと自分ではわかっているのに、もう日課になっているこの行為をやめることはできない。
何かあれば、左右田くんに話し掛ける。何も無くたって、私は左右田くんの側にいる。
「……気持ち悪いな、私」
無意識に、自嘲的な笑いが出てくる。
ああ、こんなにも冷たくなった彼なんて見たくなかったな。
もう、彼の温もりなんてとっくの昔に忘れてしまっている。貴方がここから出てきてくれるのはいつになるのか。
虚しくて、悲しくて、辛くて、苦しくて、どうしようもできないこんな暗い気持ちを、左右田くんに向かって吐き出すことで明るくして、その行為に嫌悪感が詰まって、また、虚しくて。
「やだな、……もう、はやく会いたいなんて思えないよ」
彼が生きている、プログラムのあの島に行けたらと、何度も思って、思い疲れてもうそんなこと考えもしなくなってしまった。
彼が希望を持って歩いていけるように、私は未来機関の人間に背いてこんなことをしているのに。それを嫌だと思うなんて間違いだろうけど。
こんなの、片思いと同じだ。
「おい、丼田。いつまでそこにいる。早く戻ってこい」
「……今、行きます」
若干苛立った様子で私に声をかけてくる十神くんに返事をして、立ち上がる。
普段なら腹立つこのボンボンが、なんて思うところだけれど、今は逆に感謝したい気分だ。彼のことだけを考えずに済む。それが嬉しい。
去り際にもう一度だけ彼の顔を見て、目に焼き付けて、私は左右田くんの側から離れた。