狛枝凪斗くんと純愛


※ネタバレ注意/クリック展開


 トントン、とコテージのドアをノックする。
 暫くして中から声が聞こえ、ドアが開く。

「こんにちは、狛枝くん」
「あれ、丼田サン。どうしたの? ボクなんかに用事?」
「ううん。特にそういうわけではないんだけど…」

 そこからは、彼、狛枝凪斗くんが出てくる。

 突然の訪問に不思議そうな顔をしながら首を傾げている狛枝くんの格好を見て、私は身震いをしてしまう。

「ね、ねえ。寒くない……?」
「え? どうして?」
「だって、夏と同じ格好してるよ」

 狛枝くんは、私が初めて見た時の彼と同じ格好をしている。緑のコートに白いシャツ。胸元が開けていて、見ているこっちが寒くなる。
 今は冬で、コテージは暖房でもつけていない限りとても寒い。いつもならもう少し厚着をしているはずなのに、今日に限って薄着の狛枝くんが心配になる。

「これは…ちょっと修行でもしようかなって思ったんだ」

 ハハ、と少しだけ眉を下げる、狛枝くん特有の困った笑顔に、私も眉尻が下がる。

「こんな寒いのにそんな薄着じゃ風邪引いちゃうよ……」
「うーん……心配してくれるのはありがたいんだけどさ、ボクは馬鹿だから風邪は引かないんじゃないかな」

 今度は自嘲的に笑いながら、自分を蔑む狛枝くん。彼が何でもマイナス方向に考える癖があることは重々承知済みだが、こうやって自分を卑下する狛枝くんを見るのは少し心が痛んだ。

「私のマフラー貸すよ、手袋も……上着は入らないと思うから、狛枝くんの自分のものを着て欲しいな」

 自分の首からマフラーを外して、狛枝くんの高い位置にある首に巻く為踵を浮かすと、狛枝くんは咄嗟に私から離れる。
 その行動の意図が理解できずにそのまま固まって瞬きを繰り返すと、狛枝くんは申し訳無さそうな声を出す。

「あ、あぁ、えーっと……ボクなんかに丼田サンのマフラーは巻けないよ」

「…え?」

 言われた言葉を直接受け取って、私は落ち込んでしまう。それって、狛枝くんは私のマフラーを巻くのは嫌っていうこと?
 少なくとも、狛枝くんに嫌われているとは思っていなかった私は、かなり心が傷む。
 そんな私の表情を見てか、狛枝くんは手や体をブンブンと振る。

「違っ、キミのマフラーが嫌なんじゃなくて、ボクなんかにキミのマフラーを巻くと汚れちゃうからダメだよ……!」
「そんな……」

 嫌われては、いない? だけど……。
 そうわかって安心はしたものの、狛枝くんの大きな勘違いはそのまま放ってはおけない。

「狛枝くんは汚くなんかないよ」
「そんな事、」
「汚くない」
「……でも、ボクは嫌われて」
「嫌ってないよ!」

 でも、のその後を全て聞きたくなくて、私はつい声を大きくしていた。
 昼間で、まだ周りのコテージには人がいるかもしれないことを思い出して口を抑える。
 狛枝くんの様子を伺ってみると、目をまん丸にして驚いたように私を見つめていた。

「狛枝くんは、自分を悪く見過ぎだよ……」

 俯いてしまう。狛枝くんは分かってくれないのかな。
 夏に、モノミから修学旅行だと言い渡されて、それからずっと今まで一緒に生活をしてきたのに。分かってくれなかったのかな。

「私は、狛枝くんのことが好きなんだよ…」

 悲しくて、狛枝くんの俯いたまま、言うつもりだった言葉とは違う言葉が口から零れる。

「え……」
「…嫌いになんか、なれないよ……」

 狛枝くんは自分を卑下する癖がある。それがわかった時はすごく驚いたけど、でも嫌いにはなれなかった。
 自分を悪く言う狛枝くんだけど、いつもいつも困った顔をしていたわけじゃない。夏に出会って、笑顔を向けてくれた狛枝くんは、まだ消えてなかった。

「狛枝くんが好きなの……」

 狛枝くんがたまに見せてくれる笑顔がとても綺麗で、もっと見たくて、私は気付けば狛枝くんのいる場所にばかり足を運んでいた。
 狛枝くんがマイナスの言葉を口にするたびに心が痛んで、狛枝くんが笑顔を見せてくれるたびに胸が締め付けられた。
 これを恋と言わずになんと言うのか、私は知らない。

 唇を噛み締めて、瞳から雫が零れ落ちないように堪える。
 手に持っていたマフラーが、不意に私の手からするすると抜かれ、再び私の首にかけられる。

「ごめん……」

 頭上からそんな声が聞こえる。遠慮してぎこちない動きで、私にマフラーを巻き直そうとする狛枝くんの手が私の首に触れる。
 涙を堪えて熱くなっていた私の首は、狛枝くんの氷のように冷たい手が触れた場所がジンジンとする。

「……狛枝くん」
「うん…」
「狛枝くんは私のこと嫌いかな」

 そう聞けば、視界にぼんやりとうつる狛枝くんの足が揺れた。

「えっ、と……」

 自分を卑下する言葉を使わないように、プラスの言葉を探しているのか、喉の奥でいろいろな言葉が絡み合っている様子が伝わってくる。

 やがて狛枝くんはゆっくりと口を開いた。

「……すき、だよ」

 狛枝くんの口から発せられたのはただそれだけで、そのまま狛枝くんは口を噤んでしまう。
 それでも私には嬉しかった。冷えていた心がじんわりと暖かくなる様な気がした。
 顔を上げて狛枝くんを見る。真っ白な肌を耳まで赤く染めている。視線も泳いでいて、私の視線とかち合うとすぐ逸らされてしまう。
 見たことのない狛枝くんの表情に、嬉しくてドキドキとして、移ったように私の頬まで赤くなる。

 こんな誰かに見られてもおかしくないコテージの前で、二人して真っ赤になって視線を泳がせて。
 混乱が感染するものだと初めて知った。

「こ、狛枝くん……」
「な、な、なに、かな…」
「その、あの、えっとね…えっと……」

 何か言葉を探そうとしても、ぐるんぐるんな頭ではちゃんとした文章が作れない。
 私は、右往左往と慌ただしく揺れる先刻よりは暖かい狛枝くんの手をぎゅうと握る。
 私の手の熱が、狛枝くんの手に吸収されていくようだった。
 言葉にならないのなら、気持ちを伝えればいい。それがきちんと伝わるかはわからないけど。

 しばらくそうしていると、狛枝くんは段々と落ち着きを取り戻したようで、深く息を吸って、吐いてを繰り返す。
 そして、私と視線を合わせて小さく笑う。困った笑顔ではない、狛枝くんの笑顔。

「えっと、ありがとう、丼田サン」
「う、ううん」
「改めて、……いいかな」
「うん……」

 もう一度深く息を吸って、吐いた狛枝くんの瞳が私をとらえる。

「ボクも、キミのことが好きだ」

 じっと見つめられて、鼓動は早鐘を打って、触れている手から狛枝くんに伝わりそうなくらいうるさい。

「……狛枝くん…」

 どちらからともなく距離は縮まって、心拍数は上がっていく。

「…ぅ……」

 恥ずかしくて固く瞼を閉じる。


「なぁ、そろそろいいか?」
「っう、うん……! い、いいよ…」
「いや、いいよってお前……」
「……!?」

 いいよ、と答えて、はっと瞼を開ける。
 今の声は狛枝くんの声ではないし、狛枝くんのいる私の前からではなく少し遠くから聞こえてきた。

「あ、やっと気付いたな。ったく。腹が減ったってのにコテージから出られねぇし困るぜ」
「ご、ご、ごめんなさい……!!」

 声の主である九頭龍くんに必死に謝ると、九頭龍くんは呆れたように溜息を吐いた。

「いや、いいけどよぉ……狛枝の手握ったまま謝るかよ?」

 九頭龍くんから言われ、ずっと狛枝くんの手を握ったままだったのに気付き急いで離れる。
 不本意とはいえ、九頭龍くんにこんなところを見られてしまうなんて……!

「それと、コテージん中に閉じ込められてたのはオレだけじゃねぇぞ」
「え……っ!」

 九頭龍くんのその言葉を聞いてか、ソロソロとコテージのドアがあいて、奇抜なピンク色の髪が見え隠れする。
 左右田くんだ。

「本当にごめんなさいっ……こ、狛枝くんは……」

 声すら出さない狛枝くんが不可思議で狛枝くんを見上げると、頬を赤くしたまま青くなるという高度な技を使ったまま固まっていた。

「こ、狛枝くん……!」


 結局、狛枝くんとこんなことになったのは、あの後モジモジしながらコテージから出てきた左右田くんがぽろっと口をこぼしたおかげか、あっという間に島全体に広まってしまった。
 モノミはらーぶらぶでちゅね!やりまちたね!なんて言って、どうやら祝福したいようだった。
 私と狛枝くんは、恋人……に、なったのかな。
 でも、対して変わったことはない。あいも変わらず狛枝くんはネガティブだし。
 少しだけ、狛枝くんの綺麗な笑顔を見る回数は増えたような気がする。それはとても喜ばしいことだ。

「考え事? …………! 丼田サン、ボクが嫌になったらちゃんと言って…」
「そ、それは違うよ!」
「それならボクの欠点…」
「狛枝くんの短所探しなんてしてないよっ!」

 いつもこんな様子だけど、狛枝くんは時折わざとマイナスな発言をしているような気もする。私が否定するのを見て楽しんでいるような、そんな雰囲気が感じ取れる時もあるから。

「狛枝くんは良いところも沢山あるんだからね」
「……うん」
「悪いところがないわけじゃないけど、私は今の狛枝くんが好きだよ。だからずっと一緒にいてね?」

 そう言って、あの時のようにぎゅうと手を握り、狛枝くんに微笑んだ。



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