みんな彼のことをわかっちゃいないのだ。全然、全く。みんながみんな、あのへそ曲がりのどこがいいのだと眉を顰め、口をそろえて言うたびにオレは「わっかってないなぁ」という気になる。努力をしているのも、緑間がすげぇのもわかる、わかっている、と、みんなはやはり雁首そろえて苦々しそうにする。そのたびにオレは「真ちゃんは実は優しいんだよ」という。見えなきゃ意味ねぇよ、と誰かがボヤくので、見ようとしないくせにと心の中で反論する。表では苦笑いだけにとどめて。

「お前、下僕かドエムかどっちだよ」

からかい半分に言われた言葉に首をかしげる。もしかしたら、からかいではなかったのかもしれない。いつもであればにこにこと笑いながら青筋を立てている先輩が目も細めていなければ、口角をあげてもいなかった。それにしても下僕もドエムも高校一年生が持つには少し可愛らしさにかける性癖である。

「別にどっちでもないっすよ、調教もののAVとかも好きですし」
「お前らにどうのこうの言うつもりはねぇけど、お前がバカみたいに尽くしてんのにあいつはお前になんもしねーのな」

どっちでもいいけどよ、と吐き捨てた先輩はもしかしたらオレを心配していたのかもしれない。いいや、まさかね。それにそういうことなら心配は無用だ。皆無だ。それは先輩が緑間真太郎を知らないだけなのだ。


黒子は影が薄いだの、存在感がないだのと言われていて、いかにも遭遇が難しそうなスペックを持つ割に、ファーストフード店に行けば必ず出会うし、なんともなしに腰を落ち着けた席には七割くらいの確立で黒子が座っている。意外に遭遇頻度の高い男なのだと、今日改めて実感した。

鷹の目といえど常にギンギンとあたりを見ているわけではない。今日は携帯電話を弄りながら店内をのろのろと移動していた。左手でトレイをウェイトレス顔負けの安定感で支えながらも、視線はディスプレイの「おは朝モバイル」を注視している。明日はあわただしい日になりそうで、今からヒヤヒヤとした心地が抜けない。いつまでも店内を徘徊しているわけにもいかないので視界の端に捉えた空席に足を向ける。そうして、今日はここでいいかと腰をおろしたところで黒子に「こんにちは」と声をかけられた。ビックリして間抜けな声をあげると、黒子の方まで驚いた。珍しいですね、と目をパチパチさせた黒子に悪い悪いと謝罪してから改めて相席をお願いする。快くどうぞ、と席を勧めてくれた黒子に礼を言って、オレは携帯電話に視線をもどした。ディスプレイは依然「おは朝モバイル」だ。ちなみに星占いは課金メニューなので、オレは真ちゃんの生き易い日々を作る為に、月々 三百十五円の人事を尽くしている。さて、そんな「おは朝モバイル星占い」によると明日は最悪の日になるだろう。真ちゃんの明日の運勢は最下位だった、さらにさらに、さそり座とかに座の相性は最悪で、しかもまたラッキーアイテムが新巻鮭ときたもので。どうすんだよ、それ、などと携帯電話に向かって異議を唱えてしまうほどの無理難題だった。そしてさらにアンラッキー、普段ならば休んじゃいなよと言いたいところだが、明日は進路模試があるのだ。進学校 秀徳で進路模試を受けないということはまずもって考えられない。進路の基準が定まらないからだ。別に真ちゃんならば模試なんて受けなくても自分の得手不得手を把握し、目標ラインを定め進学先を決めて合格までやってのけるのだろうけれども。まったく、真ちゃんなにかしたんじゃねぇの、蟻の巣壊すとか、と疑いたくなる。

「真ちゃん明日死ぬんじゃねぇの」
「どうしたんですか」
「明日の真ちゃんは占い最下位でオレと真ちゃんの相性最悪な上にラッキーアイテムが新巻鮭、休むにしても明日は進路模試があるんだよ」
「進路模試ですか? まだ一年なのにはやいですね」
「一応進学校だかんなーってかそうじゃなくて真ちゃんのことなんだけど」
「まあ、緑間くんならなんとかするでしょう」
「お前な……」

どうしたのかと聞いてきたくせにオレが答えてやると黒子は期待はずれだったのか、そもそもあまり興味がなかったのか、どうでもよさそうな表情をする。コイツは中学時代の真ちゃんを知っているはずだろうに。アイツ、ラッキーアイテムがなかったら死にかけるんだぞ。口から出かかった言葉は黒子にジィッと凝視されることにより、ついにこぼれ落ちることはなかった。代わりに「なんだよ」と無愛想な声がこぼれ落ちた。黒子はことん、と首を傾げると深々とため息を吐く。そうして一言、よくやりますね、とため息同様吐き捨てて、シェイクをずずず、とすすった。

「どゆこと」
「君と緑間くんが付き合ってるのは知ってますが」
「うぇ、まじかよ」
「緑間くんはわかりやすいですから、ただどうにも君が一方通行に見えてちょっと気がしれません。なんで緑間くんにそこまでしてあげるんですか」

おは朝モバイル、課金制でしょう、と黒子が言う。オレは黒子の言葉を反芻した。脳みそを落ち着けるために机に置いたままで手つけずのコーラにやっと手を伸ばしてごくごくと飲む。一拍おいてみたはいいけれど、それでも何から突っ込めばいいのかがオレにはわからなかった。

「知ってたの」
「何に対してですか、君たちが付き合っているのを知ったのは先程も言ったとおり緑間くんがわかりやすいからです。彼が休みの日に誰かと行動するのってあまりないですから、おは朝モバイルのことであれば 昔、緑間くんが合宿の時に言っていたのを覚えていただけです」
「ふぅん」

黒子が淡々と応えていくのに、かろうじて相槌を打つ。黒子は人の目を見て話すくせがあるのか、ずっとオレと視線を合わせている。何を考えているのかまったくと知れない瞳の色は、もしや何もかも見透かされているのかもしれないという気持ちにさせた。何もかも知っているなら吐露してしまってもいいんじゃないか、いつも、いつも苦笑いでおさめていたなにもかもをぶちまけてもいいんじゃないか。オレは少しだけ五月蝿くなった心臓につられるように口を開いた。

「わっかってないなぁ。な、黒子、ちょっと惚気ていい?」
「やめてください」
「ん、ありがと、と思ったけどやっぱり秘密」
「面倒くさい人ですね」
「悪いね」

――結局、もったいなくなってやめた。





真ちゃんに愛されていると、ちゃんと感じている。三百六十五日、二十四時間、毎日ずっと、雰囲気から、視線から、指先の動きから、足の向きから、些細な仕草から。それを、みんなはわかっちゃいないのだ。真ちゃんがオレの名前を初めて読んだ時の音程と、今、真ちゃんがオレの名前を呼ぶときの音程の違いがみんなにはわからない。高尾と呼ぶ声が、ひどく柔らかくなったと感じた時の瞬間を、みんなは知らない。授業中、後ろを振り返れば、そっと視線を合わせてくれることを知らない。ずうっと教科書と先生と黒板とを几帳面に追い続ける緑の瞳が、時々そっとオレを捕らえるのを、知らない。遅くまで残って練習をしたとき、鍵を返しに行ったオレの背を見つめるために足のつま先をこちらに向けてくれることを知らない。部屋で二人、眠ってしまったあと、目が覚めて優しくオレを見つめる瞳を知らない。愛おしいと伝えてくる細められた瞳と、柔らかく閉じられた唇を知らない。そっと腕を持ち上げて、重力に抗わず落とされた腕を、その先の掌の暖かさを、ゆっくりとオレの腹に回された重量を、みんな、みんな、知らない。オレしか知らない。

「真ちゃん」

呼ぶと、真ちゃんは一度だけ瞳を瞬かせる。ぱちり、とあわせられた視線がきらりと光る。瑞々しくてこぼれそうな色はきれいで、とてもきれいで、真ちゃんのいろいろな感情がむき出しになっている。

「高尾」

真ちゃんがオレの名前を丁寧に発音する。一文字一文字を大事にしながら呼ばれる名前はのぼせ上がりそうな程の熱をもっている。これで愛されていないと誰が思う、一方通行だとどうして感じることができる。

「あー、オレ真ちゃん好きだわ」

実感したことを素直に声に出すと、真ちゃんはフン、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「ね」

満更でもないんでしょ、そんな意味をこめてにっこり笑ってやると真ちゃんがそっぽを向いたまま瞳だけでこちらを見る。スッと細められた瞼が優しい。ちょっとだけ口角が上がっている。かわいいの。

「真ちゃんもオレのことが好きでしょ?」
「どうだかな」
「まったまたぁー」

みんな、まったくもってわかっちゃいない。真ちゃんの行動すべてがなにもかもを物語っていることに。黒子の言ったとおり、真ちゃんはとてもわかりやすいのだ。オレがせこせこと彼に世話を焼いて、一方的に彼に尽くしていると思われているけれどそうじゃない。彼の、彼からのたくさんの愛情に応えるためにオレは走るのだ。あんなにも豊かに愛情を伝えることができないオレは、あの手この手で示し返すのだ。そうでなくても、真ちゃんは隠された情愛を探るのが下手くそなので。

「真ちゃん」

呼びかけると、少しだけ瞳を伏せる。睫毛がきらきらと光を反射して、真ちゃんの瞳が光っているみたいに見える。星を集めたみたいな色が優しくて、たまらない気持ちになる。

「高尾」

真ちゃんがオレを呼ぶ。柔らかい音で、丁寧に発音する。こんなにもオレの名前を大事に呼んでくれる人を、オレは知らない。オレは愛されている。とてもとても大事にされている。それをみんなが知らないだけで。緩む頬、細まる瞳、きっと嬉しいが隠しきれていないだろうだらし無い表情でオレは真ちゃんに駆け寄る。こんな幸せを知らないなんてみんな、なんてもったいない。教えてなんてあげないけれど。だって、教えてしまったら、知ってしまったら、みんな彼に恋してしまうに違いない。だからずっと、みんなには秘密にしておいて、オレ一人、今日も彼にひっそりと恋をするのだ。




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