運命に愛された男の道を、オレが陰らせて良い訳もなかった。曇らせていいはずがなかったのだ。青春に愛された日々を過ごせたと我ながら思う。それほどに高校三年間は眩しかった。限られた光という意味では、閃光のようだった。一瞬だ、網膜に焼き付けるだけしか許されなかった、あまりにも短い時間だった。人生は一生青春だなんて言うご老輩もいたが、とてもそうは思えなかった。あの輝かしさはもう二度と手に入らない。圧倒的な時間の前では、未来など暗闇でしかなかったのだ。

運命というものを舐めていた。昨日があって、今日があって、明日がある。当たり前のことを当たり前に受け入れていた。不慮の事故で命を落としでもしない限りだらだらとした毎日は続くとなんの疑いもなく思っていたし、なにもしなくても時間は進み、明日は来る。そんなことを常日頃考えていたわけではないけれど感覚として持っていた。普通はそうだろう。何もしなくても何にもならない。世の中はなるようになるのだと、考えるのは普通だ。ごく一般の中学生だった。少し周りよりも楽な道が見えやすく、楽しいことが好きで、効率よく物事を運ぶことができた以外は。

高校にあがって、運命に愛された男に出会った。ひどく生真面目で、楽な道が一切と見えない目暗のようで、しかし与えられる時間にただ直向きであった。そこいらにいる人とはなにもかもが違っていた。運命の為に人事を尽くしていたし、それが彼を形成していた。運命に愛されている男は、周りにはちっとも愛されていなかった。けれど毎日は日々充実していたことだろう。色艶のいい肌にさらさらと鳴る髪は健康そうで、しゃんと伸びた背は美しかった。うらやましいと感じた。そんな風に生きてみたいと。なるようになる世の中はまったくと自分を必要にしていなかった。ただ与えられた時間を消費し続けるだけの毎日は、なにもオレに与えてはくれなかった。当たり前だった。なにもしていなかったのだから。だからすべてを尽くしてなにかを得る男がうらやましかった。青春が始まる音がした。光があふれだすのをこの目で見た。

彼がオレの世界を変えたと言っても言い過ぎではない。まして冗談でもない。自分ではない人だった。彼の周りはいつも不可思議で、それでいてオレとはいつも真逆で、伸びた道はデコボコとしているのに光があった。灯のような光は見ていてひどく高揚した。彼のおかげでたくさんのものを望んだし、叶わないことのくやしさと手を伸ばすことの楽しさを知った。くだらないと思う事が少なくなった。運命を信じることもできなければ、運命に愛されることもなかったけれど、すべてにおいて無価値なものなどなく、すべてが自分の糧になっていることを初めて感じられた。

しかし、青春は閃光だ。一筋の光だ。盛者必衰もなんとやら。あるものはなくなるのが摂理で、輝かしい未来は、三年前に約束されていた春の日を裏切らずに消えていった。もちろん、その先の日常はゆるゆると続いたのだけれど。

大学を中退して就職した。オレの世界を変えた男、緑間真太郎は、高校を卒業して一切の音信を絶っていた。初めはどうしてだとか、なんでだとか考えたけれど、彼はとても繊細な男であることを思い出し、ひどく悔いていたのだと理解した。彼は、オレの時間を費やしたことを、ひどく悔いていたのだ。オレは彼に時間を食らわせる際に、必要のない毒も一緒の盛っていたのだと、この時初めて知った。就職して三年目の春だった。それまで頻繁にかけていた電話もやめた。彼の道を暗く陰らせるだけだと気がついたからだった。

「運命だ」

会社の上司が言った。オレは緑間真太郎という男に出会ってからそれはそれは人事を尽くすようになった。緑間その人に言わせれば些末な人事だが、それでも中学のオレからしたらため息を吐きたくなるようなもので。彼の運命を邪魔しない道を探したかった。彼に暗がりを歩かせるようなことはしたくなかった。なにせ、あの道を進んだ先にある光はとても暖かかったので。

運命という言葉にひかれて結婚を承諾した。伴侶となる女性はもったいないほどに美人で思慮深い人だった。世界を変えた人がいると、はじめての夜に泣きそうな声で話した。これも尽くすべき人事だと思った。彼女は驚くでもなく静かな声で言った。

「あなたの世界が誠実なのはその人のおかげなのでしょう。私は気楽な世界で生きたあなたを愛したわけではないのです。きっと素敵な方でしょう。私はその方に逢ったあなたと結ばれることを誇りに思います」

臆面もなく泣いた。彼女はオレの世界を認めてくれた。もったいないくらいの人だった。

「オレは、生涯そいつのことを考えるし、きっとずっとそいつを愛すると思う。それでも、許してくれんの」
「もしもの話はするものじゃないでしょう。私はあなたと結ばれることを誇りに思うのですから、あなたはあなたが思う様に歩いてくださればいいのです」

結婚式は5月に行われることになった。彼女の希望だった。春は素敵な季節だから、と、それだけの理由で。緑間は未だ音信を絶っていたけれど、式に彼を呼ばないのは、彼にも彼女にも失礼な気がして、意を決して彼の家に赴いた。彼は俺を見て目を見開いて、懐かしむような、嬉しいような、悲しいような表情をした。オレもきっと変わらないような表情だっただろう。光がまたたくことはなかったけれど、温かさは依然存在した。オレは、生涯そいつのことを考えるし、きっとずっとそいつを愛すると思う。その言葉に一文字の嘘もなかった。色艶のいい肌やさらさらと鳴る緑の髪に、しゃんと伸びた背筋。きれいな男だった。ただ、同じように歳を重ねたはずなのに、目じりの皺が少ないことが悲しかった。もっともっと笑って生きて欲しかった。結婚式をするから、というと、呼ばれないかと思ったとのたまった。そんなはずあるわけもないのに。そんなことで驚かないでほしかった。ずっとそばにいたくなるから、そんな悲しいことを思わないでいて欲しかった。

彼は来てくれるだろうかと二か月間、ずっと考えていた。たくさんの人に連絡を取った。どうしても来てほしいと駄々をこねた。みんなみんな高尾和成という男を形成してくれた大切な人たちだった。その中でも彼は一等特別だったのだけれど。

式の日は綺麗な晴れ間だった。昔から晴れ男で、毎年雨になるという彼の誕生日を見事に晴らして見せたものだから大層驚かれたことがある。今でも鮮明に思い出せる光景はゆらゆらとつい最近の出来事にすり替わる。呼ばれないかと思った。そう驚く彼が、どうか来てくれますように。



彼は式に来てくれた。オレのみっともない話を聞いてくれた。涙でぐしゃぐしゃの顔をしていたと思う。ひどく嬉しかった。ずっと沈痛な面持ちで席に座っていた。取り残されているようで、また勝手をして彼に毒を食わせていやしないかと心配になった。オレの拙い話を聞いてくれた。お前はオレの全てを作った人なのだと知ってほしかった。それはもう変わりようもない事実なのだと。一瞬の光の中を一緒にすごした。その光を、決して、決してなかったことにしてほしくなかった。

「愛してんぜー!緑間ァー!」

彼は笑っていた。嬉しかった。彼の運命は明るいだろうか。尽くした分、愛されているだろうか。ガラスのような瞳が閉じて、じんわりと開かれる。綺麗だと思った。

「とても素敵な人なのね」

彼女が言った。当たり前だろ、アイツを誰だと思ってるんだ。あいつは偏屈で傲慢で横暴でわけわかんねー奴だけど、それ以上にいい奴ですげー奴でオレの全てだった、全て、全部なのだ。死ぬまでアイツはオレの相棒、エース様なのだ。緑間が笑っていた。どうか彼の歩く道が暗闇ではありませんように。彼をむしばんだ毒が消え失せていればいい。毒を盛ったのはオレだけれど、どうか彼に示された道が変わらずそこにありますように。だってそれは運命なのだから。




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