呼ばれないかと思っていた、と言うと高尾は困ったように「そんなことあるわけない」と言った。驚いていたのかもしれない。そんな高尾の反応にこちらこそ驚いたものだった。結婚式をするから来てよと軽い調子で言われてから二ヶ月間、本当にいって良いものかどうかをずっと悩んでいた。最高の相棒だと本人から言われていたし、自身も言わないまでも同じ思いでいた。けれどなにもかもが終わって、相棒という言葉を使うことがなくなった瞬間から、俺と高尾の立ち位置が、距離が、浮き彫りになった気がした。曖昧なもので伏せていたものが明るみになったことで、これは本当に対等な関係だったのかと問い詰められる気持ちになった。彼の時間を食い物にしていたのではないか、彼の甘さを食らいつくしてはいなかったか。彼にはきっと自身には想像もつかないような幸せが、たくさん、あったのではないか。それを思うと、高校を卒業してからどうも疎遠になった。光る携帯は見ないようにしたし、見かけた横顔からは踵を返した。なにかに怯えていたようにもおもう。そんな自身にも彼は優しかったものだから。けれど変化は訪れて、彼は優しいだけではないということを俺は知っていた。ある日、家に帰ると高尾がいた。大事な話があんの、と今までのことは一切責めずに切り出した。

「オレさ、二ヶ月後に結婚するの、真ちゃん絶対きてね」
「なんで俺が、」
「絶対、絶対きてね、今までオレ、すげー寂しかったんだから、そのお詫びとおもってさ」

まるでストバスでも誘うかのように言うものだから、昔に戻ったようで、それがいやに悲しくて。彼の優しさを食らいつくしてはいないか。また誰かに問い詰められたようだった。






よく晴れていた。そういえば高尾は晴れ男だったとどうでもいいことを再確認させられるくらいには、本当にいい天気だった。5月の初め、若葉の頃、秋生まれの癖に芽吹きの似合う男だ。なぜそう感じているかは実はしっかりと理解しているのだけれど、きっと生涯伝えることはないだろう。

小さな教会で式をあげたかった、と言っていた割に会場は大きなホールだった。丸いテーブルがいくつもある、大きな式だった。席は主賓のすぐ前で、なにかの嫌がらせかと思った。同席者は中学時代のチームメイトで、これもまた、なにかの嫌がらせのように感じられた。照明がひとつ暗くなる。男がシャンパンを注ぎにきた。式が始まろうとしている。






式は盛大だった。式辞は誰とも知らない男が述べていた。二人を引き合わせた人だという。男が喋る高尾はまるで別人でおかしかった。彼はそこまでふざけてはいないし、そこまで飄々としていないし、そこまで男らしくもない。自身の知る彼は、調子はいいがいつでも真面目でいたし、飄々としているようでいていつも暑苦しいくらいに真摯であったし、涙を流すくらいには女々しい男だった。なんにも知らない。この数年間知ろうともしていなかったのだけれど。幸せそうですね、と同じ席の黒子が言った。少し寂しくなる、と黄瀬が言った、嫁さんが美人だ、と青峰が言った、良い門出だ、と赤司が言った、ご飯も美味しいしねえ、と紫原が言った。俺はなにも言わなかった。切り取られた空間でただ座っているような気がしていた。

「真ちゃん」

突如、隔てられた空間が引き裂かれる。キン、とマイクが鳴った。耳障りだ。ざわざわと賓客が騒ぎ出す。主賓はくしゃくしゃの顔で俺の名前を呼んでいた。新婦は澄ました顔で俺を見据えていた。穏やかな水面のような表情だった。

「真ちゃん、今日は来てくれてありがとう、今日はこれだけ、この俺の言葉だけ聞いて帰ってほしい」

会場が静まり返る。照明が完全に落ちて、高尾にだけ光があたった。それを恥ずかしそうにするでもなく、高尾はマイクを握り直す。グ、と瞳を閉じて、ゆっくりと開くと、しっかりとこちらに目を合わせてきた。ああ、逃げ出したい。そう感じた。息が出来なくなりそうだと。

「皆様、今日は、来てくれてありがとうございました。仕事を休んでもらって、遠くから足伸ばしてもらって、オレ、すげぇ我儘言ったなーって思います。本当にありがとうございます。ものすごく駄々こねましたからね、本っ当、みんな揃って良かった。オレは、この場にいる皆様すべてにほんとのほんとに感謝してます。ここにいる皆さんの中で、誰か一人でも出会うことができなければ、出会わなければ、きっとオレはここには立てていないと思います。オレが生まれて、たくさんの人に逢って、たくさん考えて、いろいろなものを選び取ってこられたからこそ、今、ここにオレが立っていられるのだと言い切ることができます。ありがとうございました。その中でも特にオレの世界を変えたのは真ちゃんです。偏屈で理不尽で横暴で何言ってんのかわかんねーくせにすげぇ真面目で努力家で、下手したらオレなんかどうでもいい存在だって思われても仕方ないくらいとにかくすごいやつで、でも、それ以上にいい奴で、出会ったのは高校の時なんですけど、今までの、生まれてから中学までの考え方とか価値観とか全部、全部かわってしまって、本当に冗談抜きで、オレの世界を変えた人です。あの時、世界が変わったからこそ、今、俺は、高尾和成という人間でいられるのです。真ちゃん、オレと出会ってくれてありがとう。いつでもオレのエース様でいてくれてありがとう。彼は俺の人生で一生の相棒です。誇るべき相棒です。この先なにがあってもオレは彼を愛し続けると思います。オレは今日幸せになります。真ちゃんがいてくれたから、幸せになれます。一つ一つの出会いが、言葉が、この先の未来を作っているのだと、オレは彼を見て初めて感じることができました。今、この会場にいる皆様との出会いにオレは心から感謝しています。ありがとうございました、高尾和成のスピーチは、これで終わります。ご清聴ありがとうございました」

ぐわ、と会場に拍手が起きた。静かな会場で聞く高尾の声が、ワンテンポ遅れて脳になだれ込んでくる。幸せだという、幸せになるのだと。わんわんと会場が鳴る。新婦も新郎もジッとこちらを見ていた。はく、と唇を割ると二人してにっこりと笑う。

「愛してんぜー!緑間ァー!」

馬鹿だと思った。ひどく詰ってやりたい。俺もお前も馬鹿なのだ。世界を壊してしまったと思った。たくさんたくさん壊れていくものを見た。諦めていく者もみた。消えていくものも離れていくものもみた。幸せになれないのだと思った。けれど高尾は壊れも諦めもしなかったし、ましてや消えてしまう事もなかった。高尾のいる世界は自身にはひどく易しかったし、甘かった。食らいつくしてしまったのではないかと気がつくのが大層遅かった。彼の時間すべて、若い時代のすべてを奪い取ってしまった後だった。彼には恋愛も友情も勉学も奔放に遊びほうける時間もあったはずなのだ。それをすべて潰してしまっていた。気がつかぬうちに。ひどく悔いていた。申し訳ないと柄にもなく思った。だから華のある二十代は近づかなかったし、近づきたくなかった。責められるのも怖かった。幸せになれないのだと嘆かれるのも怖かった。それでも。

「緑間くん、よかったですねぇ」
「友人冥利に尽きるじゃないか」
「男前―」
「さすが三年間リアカー引いてた男は違うっス」
「今言うことじゃあねぇだろ」
「……うるさい」

彼は幸せになるのだという。傍らの新婦を見た。とても美人な人だった。高尾が涙でぐしゃぐしゃの顔で笑っていた。精悍な顔になった。嬉しいと思う。彼の時間を、甘さを食い尽くしてはいないか。誰かが聞いた。彼の世界を壊していやしないか。ゆっくりと瞳を閉じる、じんわりとあける。視界は滲んでいるが高尾の馬鹿面は確認できた。憂いはない。今日は良い晴れの日だった。世界は幸せになるだろう。彼も自身も、この会場にいるみんなも。それが運命というならば。



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