キリ、キリ、いやに耳にうるさい音を目蓋を閉じて聞いていた。

悪趣味の塊のような身体はなかなかに不便で、面倒くさい。わざわざ私をこんな造りにしたシンはひどく馬鹿だと思う。硬直して指先ひとつ動かない私に厭味ったらしく声をかけて、しょうがないなあ、だなんて笑いながら膝をつく。だらだらと垂れ下がる服の裾を捲りあげて、右足の付根にある金属の穴を指でそっとなぞる。

「お前は、本当に学習しないな。動けなくなる前に呼びなさいと、いつも言っているのに」

楽しそうな声を耳にしながら、動かない口で悪態をつく。誰のせいで、もちろん音にはならない。口だって開いてすらいない。それでもしっかり伝わるようで、悪いと思ってるよ、だなんて返事をする。

カチン、とわざと金属音を響かせてゼンマイを螺子穴にはめる。キリキリ、キチキチ。ゴム人形に空気がいきわたるように、じわじわと感覚が戻ってきた。胎、腕、指先、太腿、喉、目蓋。たいそう重そうに回されるゼンマイは、いつも中途半端に巻き終わる。

「シン、」

声がかすれていた。ゆっくりと目蓋を上げる。にやりと笑った男は満足げだ。違うでしょう、まだ回せるでしょう。言ったところでこの男は白々しく「無理だ」というのだろう。これ以上回せない、と。これもまた笑顔で。

「あなたの意思に文句はありませんが、賢くないとは思います」
「心外だな、俺は結構、お前の身体を気に入っているよ」
「空っぽが好きだなんて、悪趣味以外のなんでもないでしょう。さあ、巻き終わったのであればさっさと退いてください。王がいつまでも臣下に膝をつくものじゃありません」

シンはいまだに床に膝をついて、私の足の付根を、そこにある穴を見ていた。穴にはまだゼンマイがはまっている。はやく抜いてほしい。そうでなければ動けない。

「シン」
「わかったよ、せっかちだなあ」

諌めるように名前を呼べば、大げさに溜息を吐いてよこす。溜息をこぼさなければいけないようなことなんて今、一連の流れのどこにもなかったというのに。チャリ、と音を立ててゼンマイが引き抜かれた。ゼンマイを引き抜いたシンの手がそのままするすると足をなでる。太腿、ひざ裏、縫い傷。

「きれいな脚だ」
「本当、趣味が悪い」
「そうかな、そうかもしれないな。ただ、これがジャーファル、お前以外であれば気味が悪い以外の何物でもないよ」
「そうですか、どうやらあなたは趣味が悪いわけではなくて人が悪いようですね」

今さらだろう?シンが笑う。そうですね、そうでしょうとも。いいや、例えシンの言葉が正しくなかろうとも、私はシンの言葉以外を知らないのだから判断のしようがないのだ。

「お前の胴体が空っぽのカラクリだなんて誰が思うだろうな。お前でなければ胴がないなど可哀想なものだと大いに憐れんだかもしれないが、なかなかどうして、お前だと羨ましい限りに思えるな」
「なら、あなたも切り裂いて空箱に差し込んでやりましょうか」
「馬鹿だなあ、二人して空っぽになってどうする。俺がいるからお前は空虚でいなければいけないんだよ」
「はぁ、」

わけのわからない理論にイライラとする。どうせなら感情だって捨ててしまえばよかったのに、そうすればきっともっと楽だったはずなのに。

「あなたは何もかも中途半端なんですよ」
「当り前だろう、お前に半分くれてやってるんだ、全部しっかりやっちまったら俺が今度は空になる」
「なら、私になにもよこさなければいい」
「それだと退屈だろう」
「面倒な人ですね」
「そのほうが好きだろう、お前は」

だれが。終わらない問答は無意味に思えた。もとから意味なんてちっともなかったけれど。お前はかわいいやつだよ、そう言って私の手を取って、甲に唇を押し付ける。

「あなたは最低な人ですよ」
「そんな最低なやつがいなければ、動くことすらできないんだろう」
「……殺してやりたい」
「久々に、そんな言葉を聞いた」

ええ、久々に吐きましたとも。なにを言ってもにこにこと笑っている男は、私のことなんてどうでもいいくせに。気味の悪いことこの上ない。

「いい歳してお人形ごっこなんて、もう、おやめなさい」

吐きだした声が、いやに弱っていた。シンは答えない。ただ笑うだけだ。私がシンの意思にとくになにも思わず、ただただ飲み込むのと同じように、シンは私や、私の言葉をただただ笑って受け流すだけなのだ。さっぱり耳目にいれやしない。もちろん、ジイ、とねめつけたってこの男はお構いなしだ。

「さあ、もう動けそうかい」
「あなたが退けばすぐにでも」
「じゃあ、そろそろ行こうか」

だから、誰のせいで。私を置いて未練なく先を行く背中を見て思う。あなたのせいで、あなたのせいで私は螺子が切れれば動けなくなるし、今も、あなたが螺子を巻いてすぐに離れさえすれば私だって、もうあなたが立っている場所を歩いていたというのに。あなたのせいで。ゆっくり、足を持ち上げる。一歩、あなたに近づこうとすると、あなたが鷹揚に振り返る。悪いと思ってるよ、だって。全然思っちゃないくせに。







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