◆惨めな話をしよう。


惨めな話をしよう。うんとくだらない話だ。俺はけっこう、それなりに幸せに生きていたけれどやっぱり人間そううまく生きられないもので、たびたび空しくなったり悲しくなったりした。お前が聞いたらきっと笑うだろう。そうかよって口ではいいながら、そんなことか、と胸中で吐き捨てるだろう。お前を不憫なやつだとは思わないけれど、俺よりはきっとずっとうまくいかない道を歩んできたのだろう。それを思うと少しだけ悲しかった。今、バネのきかない汚れたソファーでぷかぷかと葉巻をふかすカシムは無表情だった。どこを見ているかわからないし、なにを考えているのかもわからない。カシム、呼び掛けたってこちらを向きやしない。ぷかぷかと煙を燻らせて。ああ、今、すこし悲しい。うまくいかない。カシムは人形のように無表情。なあ、聞いてくれよ、声くらい届いてくれよ。いつからか俺のすべてはちっともコイツに届かなくなった。知っているのに知らないふりばかりで。お互いになあなあに傷つかないように傷つけないようにと甘えきった現状を漂っている。こんなのじゃあなんにも、どうにもならないのに。「なあ、カシム」ほらみろ、聞こえているくせに聞こえないふりだ。ばからしい。こんな悲しい、こんな淋しい。もうやめにしてしまいたい。俺には度胸もなにもないのだ。そんなことはお前が一番知っているはずだ。かわいそうな人たち、大変な人たち、たくさんいるけれど、たしかに幸せになってほしいとも思うけれど。でもなあ、聞けったら、俺は今そんなことよりどんなことより、お前と手を繋いで、繋いだ部分から溶けてって、そうして夜の闇に消えられたらってそんなことばかり思うんだ。なあ、聞けったら。




◆惨めな男


みっともない顔で、みっともない声で俺の名前を呼ぶ男の位置付けを、俺はしらない。苦い葉巻をふかす。高いばっかりでうまいわけでもない葉巻を、なぜ好むようになったのか。真っ当なことばかりをする男を見て、せめてもと意地になって逆の道を歩いていたような気もする。正しいことをするのが馬鹿らしかった。悪いことも良いこともどっちにしろ頑張らなければいけないのだから、同じ頑張るのであれば割りのいい方がいいに決まっているし、誰それ関係なく成果が上がる方が楽だった。たまに夜が怖くなるときもあったがそれだけだ。いつしか誰もいなくなって、今度は朝が怖くなった。夜の方がマシなように思えた。真っ暗でなにもない方が、今までのなにもかも、悲しさとか寂しさとかを詰め込んだ得体の知れない理不尽さや、自分すらもなかったことにしてくれるようで好ましくすら思えた。きらきら光る髪を鳴らしてアリババが名前を呼ぶ。罪悪ばかりを重ねてきた名前を、なにかの救いのように。なんて、ああ、なんて馬鹿げているのだろう。聞けよという声を聞き入れたところでどうなる。結局はどうにもならないのに。夜の帳はアリババにはあまりにも似合わなかった。溶けてしまえればいいというアリババの願いは、ひどく白けて見えた。長い夜が明けた日の空よりも白く映る。なあ、アリババ、俺はたしかにお前の声を聞こえていないように振る舞っているさ、でもよ、この声が俺に届いたところで、お前は俺と馴染むことなんて、ましてや夜にとけることなんてできやしないんだよ。きらきら、目にうるさかった。聞けったら、そう騒ぐ声が耳に涼しかった。ああ、なんて。泣きたくなった。葉巻が苦い。煙が肺にはいったみたいに重たい。ひどく一人の夜が恋しくなった。








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