たとえば、こいつが「ちょっと喧嘩でもしてくるわ」とのらくらした調子で俺の前からふらりと離れていったとしよう。それはよくある日常風景でたやすく想像することができる。じゃあ、さらに、こいつが悪逆非道そのものな笑みを浮かべて不良をのしたとします。これも想像に難しくない。そのあと、だ。そのあと、殴られた当たり所が悪くってこいつがポックリ死んだとしよう。今、目の前でぐーすか寝てるこいつがだ。その時俺はちゃんと泣いてやれるだろうか。逆にちゃんと笑ってやれるだろうか。俺はそれがいつも心配でならなかった。

たしかに俺は男鹿のことを好いているし、キスもセックスもする。俺としてはそれなりに大切なやつなのだ。ただ、こいつが死んだとして、俺はちゃんと感情を揺らせるだろうか。うまくできなくてこいつが好きであった時間なんかなかったみたいに、ましてやこいつを好きだったことがぜんぶ嘘でまやかしだったみたいになってしまわないだろうか。俺は、そんじょそこらの高校生が体験した事もないことを体験している自覚はあるが、大切な存在を亡くしたことはただの一度もないのだった。

今まではこいつ以外には何にもなくてこいつしかいなかったのに、今はちがう。そうじゃない。なんだか知らない間にたくさんのものがある。大切ってなんだろう。キスをしてセックスをして、それ以外になにかあっただろうか、むしろそんなこと、大切じゃない奴とだってきっとできることなのに。

「男鹿」

どうしよう、こいつが死ななくたって俺はこいつが大切かどうかもわかりゃしない。

「ふるいち」

寝ぼけた声で男鹿が俺の名前を呼んだ。ぐーすか寝てた馬鹿面がしっかりとこちらを向いている。

「……おっせぇよ」
「いや、起こせよ」
「なんでだよ」

実はお前が死ぬ瞬間、いいや、死んだあとについて考えてたら時間とか忘れてたんだ。なんて、言えるわけもなく。帰るぞ、といつもの調子で言う男鹿はまったく死ぬ気配なんてなく。

(当たり前か……)

死はいつだって近くにあって、でもなかなか姿を現さない。あたりまえだ。いままでだってそうだった。だから不安になるのだ。

「男鹿。お前いつ死ぬの?」

いつくるか分かれば、泣く練習も笑う練習も出来るだろう。なあ。しかし男鹿が俺の欲しい答えをくれるわけもない。

「俺が死ぬ意味がわかんねー」
「だってさ、みんないつかは死ぬじゃん」
「あれかお前、中学生独特の病気か」
「ちっげーし。ただ、お前が死ぬじゃん、で、俺がうまく泣けないといろいろマジィだろ、だから練習しようと思って」

帰るぞ、と声が上がってから、俺たちはすこしも動かない。いまだ、椅子に座って肩肘を付いていた。

「とりあえずオメーは帰って寝ろ」
「んでだよ、おれがお前を大事にしてたかどうかの判決がそこでだな」
「ばーか」

ちゅっと軽いリップ音。仕掛けた本人はにんまりと笑っていた。

「別に大事も何もいらねーし。いいじゃねぇか、俺、古市とちゅーすんの好き」
「……俺も、男鹿とちゅーすんの好き」
「ほらな、いーじゃねーかそれで、別に死ぬ必要はねーだろ。俺だってなぁ、オメーが死んでも泣かんし笑わん」
「そこは泣けよ」

なんだそれ、男鹿も泣けないんじゃないか。笑わないんじゃないか。そうしてそれでいいと言うではないか。

「俺は大事でもないやつとちゅーしたくねーもん」

お前だけ、と言ってニヤリと笑う悪い顔。

「……おれも」

まるで悪戯っ子みたいで、これからわくわくするなにかくだらなくってどうしようもないくらいしょうもない悪いことをするようで、思わずつられて悪い顔。

「なぁ、だからよ、まだまだ生きようぜ」

そんで帰ってセックスしよう。そんな男鹿に「ばぁか」と返して腰を浮かせる。帰ろう。そしてこのバカと死ぬまでの間キスをしてセックスをするのだ。




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