生まれる前の記憶があるというと、お前は笑うだろうか。

時おり、昔の夢を見る。生まれる前、ずっとずっと前、たぶん前世の記憶のような夢を見る。夢の中には青八木も手嶋もいて、その他にも見知った顔がいて、俺はそこでゆっくりとした時間を丁寧に、少しだけ悲しみを抱いて暮らしていた。幸せだったのだとおもう。

夢の中で、手嶋はお姫様だった。お転婆で、生意気で、悪知恵の働く、変なところで聞き分けのよいお姫様だった。顔のパーツは今の、自転車にのってペダルを踏んでいる手嶋と一緒のように見えるが、すべてあわせると全く別の人のようであった。いいや、別の人なのだけれど、でも、たしかに手嶋ではあった。青八木は王子様で、手嶋と末永く幸せに暮らす。青八木もパーツは同じだが、よくみるとちょっと違和感がある。でもこれも青八木に他ならないのだ。そう信じて疑わないように思わせるなにかがあった。ちなみにいうと、俺は、手嶋の付き人をしていた。お姫様を守る兵士、のような。

夢は、いつも幸せな時間を四角く切り取ってパラパラ漫画のように流れていく。音はなくて、基本的に色もない。モノクロが多い。たまに、植物や、手嶋の瞳だけが強く色づいていたりする。切り取られた夢はいつも青八木と手嶋のめでたしめでたしで終わるのだ。俺はいつも心臓を痛めながら眺めている。

夢から覚めて学校にいくと、今の純太と、今の青八木がいて、顔を付き合わせてたぶん作戦会議をしている。俺は簡単に声をかけて自分の席にむかった。純太は「はよ」と言って軽く手をあげた。青八木はちらりとこちらを見ただけで、すぐに視線をはずす。

実は、純太と俺は付き合っていたりする。夢の中のように、青八木と、ではなくて、なんと俺と付き合っている。両方とも男であるのに、付き合っている。

△△

「純太はさ、」

星が一つ、二つと光はじめるのを眺めながら、純太に声をかけた。部活終わりの帰り道は、あんまり人の気配がない。二人きりの時間なんてこのときばかりとやけにのろのろと歩いていた。純太は視線だけをこちらによこす。俺は純太の視線を無視したままで、ぼんやりと考えていたことを落としてゆく。

「なんで俺と付き合ってるの」

だって、お前、昔は青八木と付き合ってたんだぞ。夢の中の話だし、たぶん生まれる前の話だし、それに、純太も女だったけど、でも俺とは付き合ってなんかなくて、そもそも純太は俺を好きでもなくて、俺は純太が大事だったけれど、純太は青八木と二人でいるのが幸せだと言って俺に笑いかけるんだ。なら、青八木と二人で幸せだと笑うなら、純太は青八木と付き合った方が、きっと幸せなのだ。

ここ数日、夢を見る頻度が増えていた。何度も何度も、純太は幸せだと俺に言うのだ。青八木の腕をつかんで、青八木と手指をからめて、にっこり笑って言うのだ。俺は純太が大事なものだから、純太が幸せを告げるたびに、それはよかったといって頭を撫でてやるのだ。

俺は純太の表情を盗み見た。パチリと視線があって、小さく肩が揺れる。純太はというときょとんとした表情を浮かべたあとに、眉間に皺を寄せて、おまけに深いため息を一つ吐いた。

「古賀はさ、」

なんで、俺と付き合ってんの。先程こちらが告げた言葉を、純太はそのままそっくり俺に返した。俺は歩む足を止めた。まるで示しあわせたように純太も足を止める。お互い難しい顔をして、歩道の真ん中でバカみたいに向き合った。

「俺はさ、」

些細な沈黙を切ったのは純太だった。純太が腕を伸ばして俺の手を取る、手首をつかんで、幼い子供がするように、俺の手のひらを自身の頭にぽん、と置く。

「なにして、」
「こうして公貴に頭撫でてもらうのが好きだから、付き合ってんだけど。そういうのはどう?」
「……そうだな」

心臓が軋む、胸焼けのような、吐き気のような、よくわからないなにかがせりあがるのを耐えた。目頭がじんわりと暖かくなるのは気にしないようにする。

「俺はお前が大事だから、お前と付き合ってるんだけど、そういうのはどうだ」
「上出来じゃないでしょうか」
「よかった」
「その声も好きだよ」

昔々、手嶋はお姫様だった。お転婆で、生意気で、悪知恵のはたらく、変なところで聞き分けのよいお姫様だった。お姫様は、王子様である青八木と、めでたしめでたし、幸せそうにしていて、俺はいつもそんな手嶋の頭を撫でてやって、それはよかったと言っていた。のだけれど。

俺は今、手嶋純太と付き合っている。