カランカラン、とドアベルの鳴る音に作業をしていた手をとめて、入ってくるであろう客を見る。いらっしゃいませ、と出しかけた声は、けれど途中で途切れてしまった。

入ってきた客は真っ黒な男。歳は三十を半ば過ぎた頃だろうか。草食系男子なるものが流行り出した近頃においては珍しく、彼はどこからどう、誰が見ても肉食と思わせるような男だった。軽快な音楽に、いや、この店自体に不釣り合いな男は、こちらの戸惑いなどまったくと気にせず店内をじっくりと見回していた。

私の勤務する店は、所謂ロリータとまではいかないにしても「甘く柔らかく」を貴重にした衣類量販店だ。フリルやレースをふんだんに使い、大人っぽさのなかにも乙女らしさが覗くデザインを販売している。今の季節は春物と夏物が取り揃えられ、色合いも淡いものが多い。

なにかお探しですか、そう声をかけるのが店員の役目なのだと思う。しかし、妙な迫力と、近づきがたい雰囲気に声をかけるという選択肢が見つけられないでいた。

男は店内を歩き、一着一着吟味する。白や薄いピンクの服を取っては戻し、斜め上を見つめて考えては首をふっていた。

(もしかすると、娘さんのプレゼント、とか?)

娘がいるようには見えなかったが、私の中のリアリティーを追求するならばそれしかなかった。それほどに男はこの店に馴染まず、また異彩を放っていた。

「いらっしゃいませ、なにかお探しですか?」

男は新商品のネグリジェを持っていた。淡いピンクのタータンチェックの布地に、白いフリルと生成のレースが控えめにあしらわれたもの。声をかけるタイミングを間違えたかもしれない、と後悔した。無視をされるかもしれない。けれど以外にも声が返る。

「いや、探してはいるが。これじゃねぇな」

目を細め、クッと口角をあげて笑う男に目を張る。なんだかとても恥ずかしいものに当てられた気がしてしまう。

「そうですか、またご用の際はお声かけください」
「いや、もう出る。邪魔したな」
「いえ、またのお越しをお待ちしております」

ありがとうございました、と頭を垂れるとカランカランとドアベルが鳴った。パタン、と閉まるドアを見て、ふっと身体の力が抜ける。恥ずかしいようなこそばゆいようなあの男が、なにを思ってこの店に来たのか。きっと私が知ることはないだろう。

(あの顔は、娘にモノを選ぶ顔じゃないわ)


****************



魔界の素材というのはいただけない。

つい最近、白い人間を拾った。白くて弱くてどうしようもなさそうなソレをなんとなく捕まえてみたくなった。持ち帰って、こいつに似合うのはなんだろうかと考える。まず捕まえたものは檻にいれるべきだ。ただ普通の檻だと囚人のようなので鳥籠にいれよう。あとこいつは白いからふんわりしたものがよく似合う。きっと似合う。フリルやレースやリボン。砂糖菓子を包み込んでいるようなものが、きっとこいつにはよく似合う。

そうと決まれば調達をするのは自然な話で、しかし、魔界にはそういった柔らかなものがあんまりにも少なかった。鳥籠を作ることは容易かった。鉄を白く塗り、曲げるだけで出来上がるのだから。だが檻だけではいけない。包み込むものがなければ。しょうがないので人間界へと赴き、モノを探す。白くて柔らかくて。

人間界には確かにそれらはあった。けれど、なんだか、すこし違う。もっとふんわりとして、もっと流れるようでいて、もっともっと。

それでも魔界よりはマシかと、ため息を吐きつつ人間界を歩くのは、あの白いのを飾り付けるのがすこしだけ楽しみだからだろう。



****************


チクチクと布やレースを縫い合わせる。結局、思っていたようなものが見つからず自分で作ることにした。作業は円滑に進み、鳥籠の中には綿やフリルを敷き詰め、猫足の丸いテーブルと揃いの椅子を起き、真っ白な天蓋つきのベッドを置いた。カラフルな花も散らし、鳥籠にはレースの幕を垂らしてある。真っ白ふんわりきらきらと言わんばかりの空間。もちろんすべて人間界で買ってきたもの。

あともう少しで、ネグリジェが完成する。さまざまなパターンのフリルとレースを布地に縫い付けて淡い水色のリボンを編み込ませる。丈は目測だが問題はないだろう。

「これでいいか」

完成したネグリジェをかざして頷く。良い出来だとおもう。あいつが目覚めたら着せよう。そう思考したとき、鳥籠の中から叫び声がした。

「みゃああああああああ!!なにこれ!なにこれ!つかここどこーー!?」

あまりの喧しさに眉をしかめる。ちらりと鳥籠を見やると白い男がばたばたと騒いでいた。その様子がどこか残念で、知らず知らず息を吐く。

「まあ、起きたならいい」

自身を納得させるように呟いて鳥籠へと足を向ける。もちろん完成したネグリジェをしっかりと持って。

「おい」
「ふにゃああああああああっ!」
「うるせぇ」
「すみません!」

なんでこんなを拾ってきたのか。ちょっとの後悔を抱きつつ、白い男にネグリジェを押し付ける。男は、訳がわからないといった表情で首をかしげ、しだいに真っ青に変色する。

「あのぅ、これは……」
「着ろ」
「いやいやいやいや」
「あ?」
「着させていただきます」

引き吊った顔でそろそろとネグリジェを受けとる男は、本当に頭のてっぺんから足の爪先まで真っ白だった。さっさとしろ、と急かしながらも、そういえばこいつの名前はなんだったかと考える。

「おい、」
「ひん!な、んでしょう」
「名前は」
「へ?」

明らかにびびっている男にたずねるとポカンと五歳児のような反応をする。

「名前」

もう一度たずねてやると、もごもごと小さな声で「古市」と返ってきた。

「ふうん?」
「もうなんなんですか」
「いいからはやくしろ、服も着れねえようなガキじゃあねぇだろ」
「着れますよ!……ん?」
「どうした」
「この服どうなってんすか?てか、服?」

ネグリジェを両手で掴み首をかしげる古市に、今日一日で何度目かのため息を吐く。貸してみろ、というと素直に渡すこいつは変に適応力があるのか、なんなのか。

「服脱ぐくれぇはできんだろ」
「で、できますよ!……ん?」
「オイ、まさか出来ねぇとか……
「違います違います!そうじゃなくて、」

ぶんぶんと首が振られるのにあわせて銀色の髪がパサパサと鳴る。きらきらと反射する色が、この籠の中の空間と空気のように馴染んでいて、自然と頬があがる。

……のも束の間で、悪魔さんの名前なんですか?という馬鹿みたいな言葉に打ち壊されたわけだが。

とりあえず無性に腹が立ったのできらきらの頭を軽く叩いてやった。



****************



先ほど俺の頭を叩いた悪魔?悪魔?はジャバウォックというらしい。なんでか気がついたらここにいて、吃驚して声をあげたところに強面というかもうただ恐いだけのなんだかよくわからない男の人が現れて、これまたなんだかよくわからないフリッフリの服?服のようなもの?を着せられた。正直、こういう服って女の子が着るから可愛いのであって俺じゃないだろ。うん、俺じゃない。というよりもジャバウォックさんは俺にこれを着せてどうしたいんだろう。ちなみに着せた本人はどこかに行った。なにこれ悪魔流の嫌がらせ?

白いベッドにポスン、と腰を落として今いる場所を見る。白い。とにかく白い。あとふわっふわできらっきらだ。お姫様ーって感じの部屋?机も椅子もベッドもあるし、花も散ってる。メルヘンそのものの空間だ。ベッドなんて天蓋付きだし。ただよく見ると柵のようなものが見える。というよりこれは・・・・・・

「鳥かご?」
「よくわかったな」
「みゃああああああああ!!!」
「うるせぇ」
「ごめんなさい!!」

独り言に声が返ってきて、悲鳴をあげるとすごく迷惑そうにされた。え、今のって俺が悪いの?てか俺、人間からも悪魔からも同じ扱いなの?いや、ヒルダさんでわかってたけど!!わかってたけど!!!心の中で大絶叫しつつ、声の主、ジャバウォックさんを見る。見事なまでの無表情だ。いやでもなんか剣振り回してたときは楽しそうだった気がする。じゃあ、今は楽しくないのか。よし、なら俺を家に帰してくれ。

「ジャバさん」
「ああ?」
「すみませんでしたジャバ様」
「・・・・・・なんだ」
「なんで俺はここにいるんでしょう?」
「・・・・・・さぁな、なんでだと思う?」

わからないから聞いてるんです!とはさすがにいえない。あんだけ叫んでわめいてとしたはいいが、冷静になるとやっぱり恐い。しかも無表情だし。うん、恐い。ググ、と言葉に詰まっていると、ジャバウォック改めジャバ様が「腹は?」と聞いてくる。咄嗟に、痛くないです!と答えると、一瞬、わずかに首を傾けた後「来い」と言う。どこに、と聞く前にスタスタと遠ざかっていくジャバウォックに「男鹿かお前は!というか物騒な奴等はみんなこうか!」と声には出さずに突っ込んだ。



****************



来いと言われてついていった先は、なんてことはない。ベッドからもさして離れていない円形の机がある場所だった。机といってもカフェのテラスに置いてあるようなお洒落なものだ。先ほどちらりと見た机にはなんにも乗っていなかったのに、今はどこの貴族だと聞きたくなるような豪奢なケーキセットが置かれていた。

「あのぅ……これは?」
「見りゃわかんだろ、飯だ」
「……毒とかは?」
「なんだ、いれといて欲しかったのか?」

ふむ、酔狂だな、と呟く堀の深い顔にビンタを食らわしたくなる。どうしてそうなるんだ、悪魔か!いや、悪魔だった。古市は苦節16年、いろいろなことに巻き込まれわけのわからないトンデモ体験をそれなりにしてきた。だからだろうか、ふう、と一つ大きく息を吐いて今この状況全てをあきらめた。

「えーっと、ジャバ様?なんていうか、なんでこんなメルヘンな……俺、男ですよ」

諦めたついでに少々気になってたことを口にしてみる。するとジャバウォックはパチクリと瞳を瞬かせた。古市としてはことさら不思議な事を言ったつもりはなかったが、目の前の男はきょとりと凡そ悪魔とは思えない表情で古市を見やる。あー……なんか、男鹿もこんなんだよな、というか石矢魔にいた人たちもすげーこわいくせにたまにこんな表情になるんだよなーと思考を余所へ飛ばしていた古市は、ジャバウォックの一言で我に返る。

「似合うからだろ……?」

明らかに信じ切ってやまない顔で言ってのける。

「いや、ああ、まあ、はい、じゃあもうそれでいいです。……で、これらどうしたんですか?」

ネグリジェの襟を指先で弄りながら聞いてみた。聞かない方がよかったかもしれないと意識の隅っこでちょっとだけ考える。せめて、せめて美人な侍女悪魔さんが俺のために用意してくれたんだったらちょっと嬉しいかなーとか淡い期待を抱いていたのだ。しかし、当然のようにジャバウォックは古市の期待を裏切った。

「ああ、つくった。よくできてんだろ?」

古市は悲しみと呆れを滲ませて思った。もうお前悪魔やめろよ……。そんで東京の表参道あたりで店でもつくれ、と。









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