上品な光沢のあるテーブルにどっぷりとした白い物体を捉えて、スクアーロは頬をひくつかせた。その白い物体は端的に言えばケーキである。丸くて白くて、赤い苺が放射状に並べられているだけで生クリームで紋様が描かれたりしていない至ってシンプルなもの。一つ個性をあげるとすれば放射状に並べられた苺の、時計で言えば11時を指す場所にチョコレートで作られた花が飾られていた。とても質量がありそうなケーキは見る人が見れば美味しそうだと、または綺麗だと息を落とすだろう。しかし、スクアーロは違った。30と少し生きて、スクアーロにとって食物はただ胃に入れるものではなかった。例えばそれは、凶器。今まで口と言わず頭から食物を平らげたことがあるスクアーロにとって、ただ存在する食物には脊髄反射のように警戒心が芽生える。普通に皿に盛られ、フォークとナイフ、またはスプーンが添えられたのであればスクアーロは嬉々として銀の柄を持ち、皿を綺麗にしたであろう、が。今目の前のケーキにはフォークやナイフやスプーンは添えられていない。すなわち食べるために用意されたものではないということ。ただの、凶器であるということ。ケーキ一つに何をバカなと思われるかもしれないが、生クリームは目に入ると痛いし、チョコレートなんか下手をすれば刺さって失明もありうる。ならば避ければいいのだが、凶器を握るのは十中八九、スクアーロが忠誠を誓ったザンザスその人である。さらに丁寧に説明を加えるならば、忠誠を誓ったから避けないのではなく、避けた方が被害が甚大であるから避けないのである。それに、ザンザスの手にかかれば柔らかなスポンジだってそれなりの硬度を持つ。物が柔らかくたってスピードがつけば重さが加わり力が増すのは必至だ。さて、現実は逃げない。スクアーロの視界にはやはりシンプルで上品な、美味しそうな質量あるケーキ。パイ投げの要領で投げるにはうってつけのホール型。逃げてしまいたいが逃げたところでいつかまたこのまあるいケーキと出くわすことは、これもまた30と少し生きたことから容易に知れる。ああ、うう、と唸るスクアーロは、しかし覚悟を決めた。馴染んだ気配が近づいてきたからだ。ふわりとコロンの香りが鼻を掠める。すっとスクアーロの右手を通りすぎて視界に表れたザンザスは、ケーキに手を伸ばす。ここまでくると逃げられない。端から逃げると言う選択肢は与えられていなかったが、でも、もう逃げられない。スクアーロはぎゅっと瞼を閉じた。ぐしゃり、だとか、ばしん、だとか、とにかくそういった衝撃を受け入れるために。けれど、ぐしゃり、だとか、ばしん、だとかいう音はスクアーロの耳には届かなかった。もちろん衝撃もなかった。変わりに、カタリ、という硬質的な音がした。不思議に思いちろりと瞼をあけると、ザンザスは呆れた顔でスクアーロを見ていた。その様子にスクアーロは瞼だけでなく口までもぽかりとあける。

「なにアホ面してやがる」
「ゔぉ゙……」

漏らした声がこれもまたひどく間抜けで、ザンザスはさらに呆れたようだった。スクアーロはザンザスが伸ばした手の先、つまるところ、先ほどの音の発信源を辿る。上品な光沢のあるテーブルに、鈍い銀色の。

「……フォークぅ?」
「なんだテメェはフォークすら見たことがねぇのか」
「んなわけねぇだろぉ!」
「うっせぇ。おら、さっさとしやがれ」

さっさとしろ、と言ってザンザスは銀色のフォークを爪先でこつこつと叩く。スクアーロにとって食物は凶器にもなる。毒が盛られているだとかそういうのではなくて、主に投げられたり浴びせられたりという物理的な衝撃を与える凶器に。しかし、フォークやナイフ、あるいはスプーンが食物の横にキチンと備え付けられているのであれば、それは立派な食べ物である。そろそろと足を進めて、テーブルの前、揃いの椅子に腰を落とす。ザンザスもその横へと腰かけた。

「食っちまうぞぉ?」

別にこのケーキを頭から被りたいとは思っていないが、警戒心は抜けない。本当にこれは"食べて"もいいものなのだろうか、と言外に訊ねる。なかなかフォークを手にする様子のないスクアーロにザンザスは舌を打つ。おかげでようやっとスクアーロはフォークに指を絡めて白いケーキに突き立てた。

「……うめぇ」
「そうか」
「オメーはぜってぇ投げると思ってたぜぇ」
「あ?投げてほしかったのか」
「ちげぇよ」
「ならいいだろう」

ひょい、と真っ赤な苺をザンザスの指がつみ上げる。そのまま口の中に放り込んで咀嚼する。今までは投げてたじゃねぇかぁ、とスクアーロが泣き言のように呟いた。もう三分の一ほど切り崩されたケーキは、投げるには少々形が悪い。ザンザスがだんまりとしてしまったので、スクアーロはまたケーキにフォークを突き立てた。一口、二口と口に運ぶ。三口、四口、五口目に、ザンザスが唇を割る。もうそんな歳でもねぇだろう。その一言に、口の中に収まるはずだったケーキがころりとフォークからこぼれ落ちた。もうそんな歳でもない。そういえば、もう30と少し生きたのだった。そういえば、今日また一つ歳をとったのだった。そうだ、歳をとったのだ。スクアーロもザンザスも。こんな当たり前のことにまったくと気がつかなかった。どこかずっと若いままでいるような、いいや、スクアーロ一人歳をとり、ザンザスはいまだに成長をしていないような、スクアーロにはそんな気がしていたのだ。けれど違った。それは間違いであった。氷が溶けて何年も経った。敗けてから幾年も越えた。歳はもう三十路をすぎた。スクアーロも、ザンザスも、気がつけば歳を重ねていた。それも一緒に。スクアーロはフォークから転げ落ちたケーキの欠片を掬い上げて口に入れる。見た目がシンプルなケーキは味もシンプルで、甘い。スポンジは柔らかく、ふんわりとして優しい。スクアーロは泣きそうになった。ちろりとザンザスを見るとひどく穏やかな表情をしている。気がつけば、冷たい冬は溶けて春はちゃんと来ていたのだ。何度も何度も何回も。






スクアーロ誕生日おめでとう。

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