一度だけだったように思う。彼にモノをあげたのは。もともと、お金に困っていたわけではなかったし、綺麗なモノを集めるのが好きだった。聖川に言わせれば「余計なモノ」とやらを集めるのが好きだった。ただ、集めるのは好きだけれど、どうにも手元に置くと、手中に収めてしまうと、ソレは綺麗すぎて、自身が一層おかしなものに見えた。汚いとは思わない、人の手、肉の塊だ。けれどおかしかった。釣り合わなかった。綺麗なモノが好きだったけれど、綺麗なモノはことごとく自身になじまなかったのだ。

それと気がついたからといって、なにかを集めることはやめなかった。ただ手中に収めて眺めることはやめて誰かにプレゼントとして渡すことにした。きらきらと眩しい笑顔を灯す彼ら、もしくは彼女たちは、俺が集めたものをより一層綺麗に見せてくれたのだった。

たとえば。丸くカラフルな色をした砂糖だとか、繊細なラインの入ったリボンだとか、小さな輪がいくつも連なったピアスや、濃い紫色の瓶に入ったパフューム、スタンダードに花束のときもあった。とてもとても綺麗なそれらは、とてもとても眩しい人たちの手に握られてはきらりきらりと輝いたのだ。

彼にあげたのは、本当にただの一度だった。なにせ会うことがあまりないから。会うことがあまりないとなにかモノを見つけても「ああ、彼に渡そう」とひらめかないし、渡す機会もはっきりとしない。できるだけ自身の手元に置いてある期間を短くしたい気持ちがあるので、会えるかどうか渡せるかどうか、さらには受け取ってもらえるかどうか、そんな不確かなことは避けたかったのだ。

そんな不確かさを厭っていても、彼に、砂月にモノをあげたのは、彼以外にそれを渡すイメージが浮かばなかったからだ。珍しく、石畳の続く町に行った時、花屋が町に彩りを添えて、コーヒーショップが香ばしい匂いをたてていた。とても雰囲気のいい場所だった。のらりくらりと野良猫にでもなった気分で歩いていたら、ふと、全体的にセピア色の雑貨屋が目に入った。からんからんと古めかしい音をたてて客を迎えるのに好感が持てて、ゆっくりと店内を見ていた。その店内の奥、鈍く光るものを見て手を伸ばす。

「ティースプーン?」

少しだけ重量感のあるティースプーンは鈍く、でも、きらりと輝いて、無意識にレジへと足を向けていた。プレゼント用で、と頼んで上着の内ポケットに丁寧に納めた。


****



校内はバタバタとしていた。砂月が暴れたからだ。みんながそれとなく避難している中、俺は急いで部屋にティースプーンを取りに行った。買って帰ったはいいものの、誰にあげようかずっと考えあぐねていたのが嘘のようだと思った。砂月が固く固く拳を握りしめているのを見た瞬間に、ティースプーンを思い出し、同時に走り出していたのだから。普段はあまり走ることなどしないために肺がひゅうひゅうと音を立てていた。とても苦しかった。けれど、砂月が那月に戻る前に渡さなければいけなかった。

どうにかこうにか間に合って、砂月の前に躍り出て、投げるようにプレゼントを渡す。強く握りしめたためか包装紙がちょっとだけ皺になっていた。

「あげるよ」
「……んだ、これ」
「だから、あげるってば」
「那月にか」

口を開けば那月ばかりを呼ぶ彼は、やはり今回も那月を呼んだ。自身で眠らせているにも関わらず、砂月は那月ばかりを呼ぶのが、俺にはわずかばかり滑稽に見えていた。いつまでたっても家に帰れない迷子のようだと思っていた。俺は砂月の言葉に応えるべく、ふるふると首を振る。

「お前にだよ」

にっこりと笑っていってやれば、砂月は眉をしかめるのだった。

握りしめた拳を緩めて、乱雑に包装紙を開ける様を見る。皺になった包装紙から出てきたティースプーンはひどく華奢に見えた。折られてしまうかもしれない。なにせ、砂月でなくても曲げられるものだから。くだらないといって千切られてしまうかもしれない。じぃっとティースプーンを見つめている砂月を見つめる。どうなるだろうかと内心ひやひやしていたけれど、砂月が細いティースプーンを懐にしまうのを見て、ほっと息を吐いたのだった。


*****


それきり、彼にはなにもあげていない。それ以来彼に会うこともなければ、彼にあげようと思うものをないからだ。なぜ彼にティースプーンをあげたのか、いまだによくわかっていない。あげたかったからあげたわけでもない。逆に、なぜ彼があの場でティースプーンを折ってしまわなかったのかも、いまだにわからないでいる。

こぽこぽとお湯を沸かしながら考える。紅茶を飲もうと思ったのだ。俺は紅茶は簡単に人を幸せにしてくれるものだと常々思っている。ティーカップを温めて、茶葉をポットに入れて、お湯が沸いたら少し冷ましてからポットに注ぐ。茶葉が開くのを眺めながら砂時計を置いた。その手間すらも惜しまないほど。

さらりさらりと砂時計の砂が落ちるのを見ながら、そういえば、砂月も「砂」と書くのだったと思い出す。

「砂時計、ああ、あと砂糖も」

こん、こん、と爪をたてながら砂とつくものを数える。どれも美味しい紅茶には欠かせないものだ。だからだろうか。だから俺は、彼にティースプーンをプレゼントしたのだろうか。固く握りしめた拳を思い出す。あの拳が、指が、やさしくティースプーンを摘み上げる様を思い出す。

砂時計はさらさらと落ちて、美味しい紅茶ができるまでを紡いでいた。人を満たすまでの時間。

「そういえば、スプーンは掬うためにあるんだっけ」

彼は掬えただろうか。大切にしている彼を救えただろうか。砂糖にシュガースプーンをさす。掬いあげてカップに入れる。あの銀のスプーンが彼にそれほど大きな意味を成すとは思っていないけれど。



ティースプーン1匙で何gの幸せが掬えるか


なるほど、アレは彼によく似合っていた。


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