結婚という言葉に現実味がない。もうずっと前から話が進んでいて、それにヒルダさんも男鹿自身もなにも言わなかった。ころりころりと話が進んでいって、男鹿のところの親父さんの強い希望により神社で式をあげることになった。

男鹿と―――ヒルダさんが。

神前結婚と決まれば、やれ衣装はやはり白無垢だの、ヒルダちゃんにはお引きのが似合うだの、でもやっぱり色打掛の方が華やかねぇ、などと話が進んだ。

なぜ、俺はこの場にいなければいけないのだろうと考える。これは男鹿家の結婚式なのだ。男鹿家に入る予定もなければ、それこそ部外者でしかない俺は、この場にいるべきではない。不自然だ。学生時代は男鹿と付き合っていたし、それなりの関係をもったけれど、それだけだった。男同士では恋愛の域を超えることはできないのだ。男と女であれば、種族の違いはいとも簡単に(それはこの家族だから、とも言えそうだが)超えられるのに。それ以前に付き合っていると知っていたのは俺と男鹿とベル坊とヒルダさんくらいなもんで、世間一般では付き合っていたのは俺と男鹿ではなく男鹿とヒルダさんには違いなかったのだ。

ベルちゃんはどれがいーい?と美咲が言う。大きくなったベル坊は艶やかな衣装をジッと見つめたあとに、静かな声で「男鹿の横にいるなら古市がいい」と言ったので、すこしだけ泣きたくなった。その時はぐっと堪えたのだけれど、古市ならこんな服を着なくたって男鹿の横に立っていればぴたりとはまるんだから、とまで言われてしまって耐えられなくなってその場を後にした。

それからしばらく、いやに用事を作っては男鹿家に行かないようにした。男鹿からも連絡はなく、いく必要すらなかった。一度だけ、俺がこんなにも大変な思いをしているのに、というぐずったれたメールがきたが、俺も大変なのだと返して終わってしまった。そうしていると時間が経つのは早いもので。カレンダーは結婚式の前日を告げていた。


****


快晴も快晴。空が青い。目に痛い。社の朱色と空の青が泣きたくなるくらいにきれいだった。結局、二人がどんな衣装で結納をするのかを知らない。男鹿はきっと袴だろう。昨日、スーツを用意していた俺に袴を着て来いとメールでのたまいやがったのだ。しょうがなし、貸し衣装屋を駆けずりまわってあまり目立たなさそうな袴を借りた。きっと浮くだろうからと、ほのかも巻き添えにして和服にした。財布が悲鳴をあげたけれど聞かないふりをした。これで男鹿が袴じゃなかったら神聖なる式の直前だろうとアイツを殴り飛ばすだろう。

「いい天気だねー!きっとヒルダさん綺麗なんだろうなー、お兄ちゃん残念だね、」

残念だね、とほのかが言ったのでギクリとした。もしかして男鹿とのことをほのかは知っていたのだろうかと背中が冷える。しかし、俺がなにかを告げる前に、結婚しちゃったらヒルダさん奪ったりとかできないねー。と言ったので、ゆっくりと息を吐いた。

「ばか、もともと奪うつもりもねぇよ。そりゃ、男鹿ばっかりがいい目見んのはアレだけど」

あははと笑うほのかは上機嫌で、ああ、俺もこれくらい楽しそうにうれしそうにしなければいけないのにと悲しくなった。大事な友人の、恋人だった男の、そして俺の失恋と言うには成り立たない感情を憐れんでくれている子供の親の、その二人の幸せを心底から願えないことが悲しかった。

ぱたぱたと白い鳩が空を飛んだ。うらやましいと、すごく思った。


*******


式が始まりますので、と若い男が告げる。参道に並んで新郎新婦を待つ人たちは当たり前だが俺も知っている人ばかりで、これも当たり前だがスーツの人が多かった。神埼先輩は和服だったが、あとは当たり前のようにスーツや式服だった。みんな似合わない真面目くさった顔をしていて、こちらも無意識に表情が引きしまった。ベル坊がトタトタと走ってきて俺の横を陣取る。ぎゅう、と手を握るので、こちらも握り返してやる。

「古市、絶対、絶対走れよ」

ポツリとベル坊がこぼすのに首をかしげる。

どういうことかを尋ねる前に、しゃりしゃりと砂利を踏む音がして、新郎新婦の入場がはじまる。しょうがなしに、口をつぐんだ。握られた手をやんわりとはずして、ベル坊の髪を撫でてやる。男鹿はやはり袴姿で、ヒルダさんはお引きを身にまとっていた。

「きれいだな」
「……ん」

言うと、ベル坊はしぶしぶという風に返事をする。それがなんだかおかしくて笑ってしまった。だんだんと二人が近づいてくる。せっかくの晴天で、せっかくの結婚式だというのに、ヒルダさんも男鹿もむっつりとしていた。なんなんだ、あの二人は!!と厳粛な空気を壊して突っ込みたいのを堪える。にこにことしていても不気味というものだが、もう少しどうにかならなかったのだろうか。考えれば考えるほどおかしくて、見れば見るほど笑えてきて、くっくっと喉で笑う。あと数歩で俺の前を通るな、とか、笑えよ、と言ってやろうかだとか。そんなことを考えているとグイと後ろから押される感覚。

「へ?うわっ」
「男鹿!!!」
「古市!!!!!」

俺が声を出すのと、ベル坊が男鹿を呼ぶのと、男鹿が俺を呼ぶ声が重なった。あーやばいこれ倒れる、と思った瞬間、今度は前から腕をひかれる感覚。

「え、へ、は?」
「は行フル活応だな」
「ありそうな言葉だけどフル活用な」
「んなこといいから走んぞ」
「はああああ!!?」

走ると言った男鹿は本当に走り出した。今通ったばかりの花道を逆走して前後にいた神主さんかなにかそういうお付きの人を避けて。腕を掴まれている俺はもつれる足で男鹿についていく。

「ちょ、男鹿、待て!待てってば!!!」
「辰巳ー!!あんたなにやってんのー!!!」

ざわざわと神殿内が揺れる。後ろから美咲さんの怒号が聞こえる。バタバタと鳩が逃げ出して、厳粛な空気は霧散した。

「うっせー!オレは古市としか結婚しねーんだよ!!」

後ろも振り返らずに男鹿が叫ぶ。高校時代の参列客はひぃひぃと笑い、指笛を吹く。振り向けば、みんな笑っていた。先ほどまでシンとして厳かに、いや、心なしかつまらなさそうにしていたのに。

「走れ!!!」
「いいぞー!このままハネムーン行っちまえ!!」
「あっはっはっは!なにこれ!!すごい青春なんだけど!!城ちゃんどうしよう俺、あーもう本当面白い」

ベル坊が走れ走れと叫ぶ。ヒルダさんはやれやれと肩を竦めながらもベル坊を後ろから抱き締めていた。誰かがはやし立てては夏目さんがひいひいと笑い転げている。しゃがみこむほど笑うか。そう言いたかったけれど、もうきっとどんなに声をあげても届かないだろう。空は依然青い。鳩は飛んでいなかった。袴はひどく走りづらくて、掴まれた腕は痛かった。けれど、それでも。



(きっとどこまでも走っていけるような気がするんだ)



空を飛ぶ鳩をうらやましいと思えたことすらもう思い出せないでいた。なにせ、目の前には走るべき道があるのだから。



#おがふる結婚企画より



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