「爆豪、おまえ何かしたいことはあるか?」

職員室に呼び出されてやって来たはいいものの、呼びつけた男の言うことが爆豪にはすぐに理解ができなかった。

爆豪、おまえ、なにか、したいことは、あるか。頭のなかで単語ごとに区切ってゆっくりと言葉の意味をなぞる。たっぷりとした沈黙のあとに口からでたのは「はぁ?」という間の抜けた相づちともつかない声だった。眉間に皺をきざみ、唇をむずむずとさせて訝しげな様子を隠しもしない爆豪を、けれど、相澤は咎めたりはしなかった。くしゃくしゃに絡まった長い黒髪を大きな手のひらでかき混ぜる。

「あー、っとだな。お前 体育祭の賞品のI・エキスポでごたごたしただろ。お前だけじゃないにしろ、あれじゃ賞品としては成り立たないだろうってな。それに、寮生活になってから爆豪だけ外出規則が厳しいのもあって不自由させてる。お前は言われたくないだろうが、校長とオールマイトさんがな。気にしてる」

珍しく言いにくそうな相澤の話を聞きながら、爆豪は「なるほどな」と思った。いきなり呼びつけてなにを言い出すのやらと警戒していたが無駄でしかなかった。しかし、遊ぶ暇などない、友達ごっこや青春ごっこをする時間などあると思うなと釘を刺してきた男が、したいことはあるか?などと聞いてきたのなら誰だって警戒するだろう。爆豪はちっとも悪くない。ただ意外に思えたこの話も言い出しっぺが目の前の男ではなく、校長とオールマイトなら、まあそういうことも言い出すだろうなとすこしだけ納得できた。

「で、だ。話を戻すぞ。爆豪、お前なにかしたいことはないか」

爆豪は視線をさげる。職員室の床は、人の出入りが激しいわりにはきれいなもので目立ったゴミは見つからなかった。したいこと、考え出せばきりがない。そんなもの、たくさんあるに決まっていた。なにせ、相澤の言うとおり外出規則は厳しいし、爆豪に至っては五駅以上離れた街へ行くことだって良い表情をされない。門限だって他の生徒よりうんとはやく、致し方がないとはいえ、どこの箱入り娘だと言いたくなったのは記憶に新しい。

爆豪がぼんやりと思考する間、相澤は急かしたりせず、じっと待っていた。

「なんでもいいンか」
「無理のない範囲ならな」

やりたいことなんてたくさんあるに決まっている。登山にいきたい、実家に置いてきたザックをとりにもいきたいし、CDショップに新譜を見に行って、スポーツ量販店でランニングシューズとトレーニングウェアを買いたい、参考書もそろそろ新しいものがほしかったし、寮生活をはじめて台所用品の揃えが悪く買い足したいものがいくつもあった。どれも他愛なくできるように見えて、今の爆豪には難しいことだった。

爆豪は考える。なんでもいいんだよな?ともう一度念をおせば、相澤はとりあえず言ってみろと爆豪を促した。






日曜日。午前十時。

爆豪は相澤が運転する車の助手席に座っていた。黒のクーパーなんて似合わねぇなと考えていたら顔に出ていたようで「オレのじゃない」と言う。爆豪はさして車の持ち主に興味があったわけではなかったから「だろうな」と返すに留めた。

ゆるやかに車が走り出すのが意外だった。あまり飛ばすタイプにも思えなかったけれど、丁寧にハンドルを撫でるイメージもなかった。いや、そもそも車のイメージがない。

「運転できたんだな」
「なんだって、できないよりはできた方がいい。合理的だろ」

その考えには爆豪も賛成だ。できないよりはできるほうが、ずっといい。

なにかしたいことはないかと聞かれたあの日に、爆豪はたくさんのしたいことの中から一つを選んだ。ダメで元々。言ってみろというなら言ってやろうと思って口にしただけだったのに、案外すんなりと受諾されてしまった。

「アンタと一緒に出掛けてみたい」

そんなことでいいのかと呆れた様子の男は、けれど、こんなときでもなかったらたった一人のただの生徒と外出なんてするはずがないことを爆豪は知っていた。

爆豪は相澤が好きだった。どうなりたいとか、こうしたいとかはなかった。ただ好きだった。どこまでも平等で、過度な期待もしなければ、勝手に失望もしない。フラットで、誰にでも厳しくて、誰にでも優しくて、シンプルで、そうしてきちんとした大人だった。あまり隣にいることを許されたりはしなかったけれど、ほんのすこし交わる時間の居心地の良さは、爆豪にとっては初めて知るものだった。だれかと同じ空間にいてここまで穏やかな心地になれるものなのかと、爆豪は相澤に会って初めて知った。

相澤は忙しい人だから、一緒に出掛けたいなんて希望が通るなんて思っていなかった。新しく保護された子供の面倒も見ることになって、相澤個人の時間は以前よりもっと目減りしたように思う。

(忙しいから無理だって突っぱねりゃいいのに)

けれど、相澤は平等にやさしいから。保護した子供に自分の時間をわけてやるように、爆豪にも平等に自分の時間をわけてくれるのだ。





市街地を抜けて海岸通りを滑るように走る。どこに向かっているかはきかなかった。当日はアンタに任せるといえば、すこし遠くで飯でも食うかと溢していたのを聞いただけ。

そんなつもりはなかったけれど、よくよく考えればデートのようだった。二人して、普段とはちがう服をきて、相澤なんて髪をハーフアップにして、人差し指にすこしゴツめの指輪もしていた。

「指輪なんてするんだな」
「たまにな。捕縛布がないときに、すこしでも攻撃力が高い方がいい」
「攻撃力?」
「指輪をつけて殴った方がダメージがデカい」

そりゃ合理的だ、と思わず吹き出せば相澤は冗談だと言った。絶対本気だったくせに。いいな、と思う。こういう血の気の多いところも爆豪の好みだ。きっと、なにを聞かされたって爆豪は相澤のことをいいなと思うに違いなかった。

やがて車が速度を落としてたどり着いたのは、海辺の横にあるレストランだった。白い壁に赤い屋根の可愛らしい建物は、傍らの男の趣味だとは思えなかった。

「今日、アンタ意外性しか見せねぇな」
「どれのことだ」
「車も、服も、指輪も、店も」
「期待はずれか?」
「ンなこたねぇよ」

むしろ好きだ、とは言わずに爆豪は相澤の横に並び立つ。今更だが食べれないものはないかと聞いてくるので、本当に今さらだと笑ってやった。


[newpage]



店内とテラス。どちらがいいかと尋ねられたので爆豪は相澤に任せることにした。相澤はすこしばかり考える様子を見せたあとに「せっかくなので、テラスで」と言ってから、ちらりと爆豪に視線をよこす。任せたのだから、どちらでもよかった。

相澤はこの店に目当てがあったらしく、たいして種類の載ってないメニュー表を眺めるとすぐに爆豪に手渡す。

「もういいんか」
「カリオストロにする」
「じゃ、同じやつ」
「気にせず選べ。あんまり良くないことかもしれんがお前に財布を出させる気もない」
「同じやつでいい」

じぃ、と瞳を見つめて繰り返してやれば、相澤はそれ以上はなにもいわなかった。店員を呼んで、カリオストロをふたつとコーヒー、それとレモンスカッシュ、と告げる。

「レモンスカッシュ?」
「コーヒーは俺の」
「頼んでねーけど」
「飲みたくないなら残せ」
「べつに」

そういうわけじゃない。やたらと嫌みな言い方をするなと相澤を見ればにやにやと笑っていた。いつだったか、合理的虚偽と言い張ったときの表情に近い。爆豪は頬杖をついて舌を打つ。からかわれているのは癪だったが、相澤が楽しそうなら爆豪もそれでよかった。



やっぱりテラスの方が良かったんじゃないかと後悔したのは頼んだメニューが運ばれてきてからだった。潮風は気持ちがいいけれど、風に運ばれてくる砂が危なっかしい。店員が爆豪と相澤の前に湯気のたつ皿を並べる。なにも知らずに頼んだ爆豪は目の前に置かれた楕円形の深皿をまじまじと見た。

カリオストロというのはどうやらパスタらしかった。ミートソースであえられていて、具材はみじん切りされた玉葱と、たくさんのミートボール。

「このあいだ、テレビでやってたアニメ映画に出てきたんだよ」
「アニメ映画なんて見んのか」
「たまたまな。その話をプレゼント・ マイクにしたらこの店を教えられたから、ちょうどいいと思って連れてきた」
「ちょうどいいって?」
「食べたいなって思ってたところに、お前と出掛けることになった。ちょうどいいだろ」

相澤はフォークを手にしてくるくるとパスタを絡めとると仕上げにミートボールを突き刺し、大きく口を開けて食べ始める。ゼリーしか口にしているところを見たことがないからちょっとだけ面食らった。はやく食べないと砂まみれになるぞと言われて、爆豪も慌ててフォークを手に取った。

すっかり食べ終えて、相澤は食後のコーヒーを。爆豪は相澤が勝手に頼んだレモンスカッシュを。ゆっくりとグラスの中身を減らしてゆく時間は毎日 強くなろうと暴れ、走りまわっていることを忘れてしまいそうなほどに穏やかだった。

ザザ、ザザ、と鳴る波の音と、シュワシュワ、パチパチと、弾けるレモンスカッシュの音を聞く。ストローを回せば、氷までもがカラコロと音を出す。

「なんでレモンスカッシュなんだよ」
「なんとなくだよ」
「コーヒーでもよかったろーが」
「レモンスカッシュ似合うだろ」
「はぁ?」

爆豪は相澤を見る。いたって普通の表情だった。なにもおかしなことなど言ってませんよという風に、爆豪を見て瞳をやわらげる。ほらな、とでもいうように目尻を下げるので、なんだかこちらが間違っているかのようだった。

「お前、髪が黄色でレモンっぽいし、個性も爆破で、炭酸っぽいだろ。それに透明なのも、お前に似てるよ」

こくり、と相澤がコーヒーを飲む。爆豪も相澤に倣おうとしたけれど、そんなことを言われたすぐあとに、レモンスカッシュに口をつける気力はなかった。なんて恥ずかしいことを言うんだろうか。爆豪は気を紛らわせるために、ストローを指先で摘まんで揺すり、グラスのなかで氷を鳴らした。

ずいぶんとゆっくりしたように思う。午後二時。いい頃合いだった。会計は、宣言通り相澤がすべて持った。一応、ご馳走さまでしたといえば相澤はひらひらと手を振った。来たときと同じように爆豪は助手席に乗り込む。相澤に似合わないクーパーはやはり滑らかに走り出した。



海岸通を抜けて、高速に乗り、市街地までくると雄英高校はすぐそこだった。今日一日が終わるのだ。爆豪は満足だった。特に実のある話をしたわけではない。ただ、車にのって、海を見て、パスタを食べて、レモンスカッシュを飲んで、また車にのって戻ってきた。それだけだ。買い物にも行けていなければ、実家になにかを取りに戻れたわけでもないけれど、爆豪には十分すぎるほどの一日だった。

車を走らせる相澤の手つきは優しい。ハンドルを撫でる指先に光る指輪が視界にはいり、爆豪は相澤にどこで買った指輪なのかを聞き忘れていたことを思い出した。

「攻撃力の高ェ指輪」
「ん?」
「どこの?」

尋ねれば、相澤は片眉をあげ、右手を顎に添えて思考する。別にそこまでして思い出さなくたっていい。でも、どうやら相澤は真剣に思い出そうとしてくれているようなので、爆豪は黙って相澤の答えを待った。

ーー待った、のだけれど。相澤は黙りこくったままなんにも言わなくなってしまった。雄英高校はすでに視界に入っていて、あとは裏門に回り、車を朝と同じところに停車させるだけときた。

「なあ、先生」
「ああ、悪い。思い出せん」
「ンな無理せんでいーわ」
「気に入ったのか」
「……嫌いじゃねぇ」

会話を交わしながらも車は走る。裏門を通り、ちょっとした並木道を抜け、校舎裏の駐車スペースまでくると、朝とまったく同じ位置にクーパーを停める。エンジンが切られたのを確認して、シートベルトを外し、車から降りようとすると相澤から呼び止められた。

「ンだよ」
「手出せ」

言われるがままに右手を差し出せば、相澤は人差し指から、いわく攻撃力を高めるためらしい指輪を引き抜いて、爆豪の手のひらに落とした。

「やる」
「いや、いらねぇよ」
「気に入ったんだろ。どこで買ったかも覚えてないしな」
「これ無かったらアンタ攻撃力落ちるんじゃねーの」

ぎゅ、と。手のひらの指輪を握りしめながら問う。まだほんのり相澤の体温が残っている気がして、そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。相澤は爆豪の憎まれ口を、やはり咎めたりはしなかった。かわりにどこか挑発的な声で言う。

「まだまだお前よりは強いよ、当然」

だから貰っておきなさい、とまで言われ、爆豪は結局指輪を握りしめたまま車を降りた。並び立って校舎まで歩く道すがら。

「いつか返す」
「爆豪がオレより強くなったらな」

今に見てろと思った。そこまで言われたらなにがなんでも強くなって、そら見たことかと笑ってやりたくなるのが爆豪だった。

「絶対返してやっからな」
「楽しみにしている」

相澤がわずかに笑う。レストランのテラスでレモンスカッシュが似合うと言われたときのような気恥ずかしさに襲われる。しかし、気を紛らわせるものなんてなくて、爆豪は手のひらのなかの指輪をさらに強く握りしめることしかできなかった。


[newpage]



あの日、爆豪がもらった 曰く「攻撃力の高い指輪」は雄英を卒業し、プロヒーローとなり、そうして青天の霹靂としかいいようがないが、相澤と付き合うようになり、さらには一つ屋根の下で暮らすことになってもなお爆豪のもとにあった。部屋の引き出しにしまいこんだり、机の片隅に置いておくような真似はせずに、チェーンに通して首から下げ、眠るときと風呂のとき以外はずっと身につけていた。相澤はそんな爆豪に特別なにかをいうことはなかったから、爆豪はいつも相澤からもらった指輪と共にいた。

例外なく。爆豪は今日も変わらず相澤からもらった指輪をネックレスのように首から下げていた。仕事帰りだった。連勤が続いたものだから、せめて暇な日はさっさと帰れと上司に事務所を追い出されてしまったために陽はまだ高い。冬のわりには気温も高く、洗濯でも回して干せばよく乾きそうだった。

晩飯はなににするか、そういえば昨日の肉じゃがが少し残っていた気がする、せっかく陽のあるうちに帰れるのだから掃除機でもかけるか、などと考えながら住宅街を抜け、大きな川にかかる橋を渡る。きらきらと川面が光を反射して目がちかちかとした。川に良い思い出はあまりない。輝く光をきれいだと思うこともなく爆豪は歩を進めた。

カツン、と金属が擦れる嫌な音がした。発信源を探すと、数歩先で銀色のなにかが転がっていく。銀色の正体に思い当たって爆豪は慌てて捕まえようとしたけれどあと少しが間に合わず、橋のうえから飛び出して呆気なく川へと身を投げてしまった。

「ゆびわ、」

幼い子供のような声で呟く。知らず握りしめた胸元に、けれど硬い感触は返ってこなかった。グッと唇を引き結ぶ、ギリギリと歯を噛み締め、ややあって力を抜く。ふらふらと欄干に歩み寄って川をのぞき込むも落としたものが浮かび上がってくるわけもなかった。これだから。

爆豪には、川に良い想い出などひとつもない。



「……爆豪?こんなところでどうかしたか?」

どれくらいの間 呆けていたのかはわからないが高い位置にあった陽はずいぶんと下がり、川はオレンジ色をしていた。声がしたほうへと目をやれば相澤が怪訝な顔で爆豪を見ていた。相澤は爆豪の顔をみるなり瞳を険しくさせる。

「本当にどうした?なにかあったか?」

爆豪はなにも答えなかったから、仕方なく相澤は爆豪の様子をじっと観察する。顔は真っ白で色をなくして、心なしか唇まで蒼く、欄干に身を預けている姿に力はない。でも、一ヶ所だけ。ぐしゃ、と握りしめられた服の胸元にようやく気がついて納得する。

「……なんとなくわかった。指輪か?」

相澤が尋ねれば、どうしようと顔に書いたまま爆豪はこくり、と頷いた。相澤は爆豪に近寄り、目下の川を眺める。オレンジ色の光を反射する川は、水の量が多く流れも速い。

「もう帰ろう」

爆豪が頭をふる。でも、と小さな声が言うのも気にせず、相澤は爆豪の手をとった。ひどく冷えきってただでさえ顔色をなくしているのに、爪の先まで白くなっているのが可哀想でならなかった。体温を分け与えるようにしっかりと繋ぐ。

「そこにはもうないよ。諦めなさい」

相澤は、爆豪が指輪を大切にしているのを知っていた。別になにか意味があってくれてやったわけでもなかった指輪だった。なんの気持ちもこもっていないもののために、こんなにも身体を冷たくさせてしまったことが申し訳なかった。



常日頃 首から下げていた指輪は大切なものだった。毎日クロスで磨きあげるというほどのものでもなかったけれど。まだ爆豪だけが相澤を好きだったころ、なにかしたいことはないかと言って「爆豪だけの相澤」でいてくれたときにもらった指輪は、恋仲になっても、一緒に住むようになっても一等大切だった。指輪を一撫でするたびに昔の自分に今をみせてやりたいと思えた。相澤が褒美とはいえ、仕事とはいえ、二人きりで外出してくれたことが奇跡のようだった。爆豪にとって、相澤が何気なく寄越した指輪はそんな奇跡の証拠だった。

結局、相澤の手に引かれて帰路につき、予定していた洗濯も掃除機も遂行されることはなく、晩飯だって昨日の分がすこしだけ残っていた肉じゃがと、忙しいときのためにと爆豪がこしらえた常備菜という出来合いものになってしまった。爆豪は首がいやに軽くて落ち着かず、胸元に手を運んでは何も掴めず眉尻を下げた。

「次の休みは?」

相澤が唐突にそんなことを言う。肉じゃがの肉をつまみ、白米のうえに乗せてから米と一緒に口に放り込む。ゆっくり咀嚼してから、言われたことをはかりかねている様子の爆豪など気にもせずに相澤は言葉を続ける。

「久しぶりに一緒にでかけよう。指輪、買いにいくぞ」
「…………いらねぇ。無くしたのは悪かったけど、新しいモンがほしいわけじゃねぇ」

たっぷりとした沈黙のあと爆豪が苦々し気に吐き出した。睨み付けるように相澤を見る瞳には、やはり今一つ覇気はなかった。相澤が小首をかしげる。立て肘をついて笑いかけてやれば、爆豪は小さくうなり声をあげてたじろいだ。

「買うのはお前にだけじゃない。揃いの指輪だよ」

いらなかったか?と相澤が聞けば、爆豪はパクパクと無意味に口を開け閉めしたあと、ギリ、と歯の欠ける音が聞こえそうなほど強く食い縛る。

「アンタほんっと腹立つ、そういうとこあるよな。いるわ、めちゃめちゃいるわ」
「オレもだよ」
「……クソ」

悪態をついてお茶に手を伸ばす爆豪になおも相澤は笑みを絶やさずにいれば、とうとう耐えかねた爆豪が「その顔やめろや」と吠える。相澤は元気になったのなら良かったと食事を再開させた。

それから。

示し合わせた休みの日に、ジュエリーショップへ赴いて「買うのは揃いのひとつだけだぞ」とからかわれるまであと一週間。さみしくなった爆豪の胸元にあたらしい銀色が光るまで、あと三ヶ月。きっとその頃には爆豪が川に落とした指輪は下流へと流れ、いつかの海へとたどり着いているだろう。

あたらしい銀色が馴染む頃、爆豪は川を見ても苦い思い出より先に胸元の指輪を思い出し、そっと一撫ですることになる。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -