「ひとりでも生きていけるふたりが、それでも一緒にいたいから」

テレビから流れる音声に相澤はふと顔をあげた。持ち帰った仕事に没頭していたせいか、家の外はだいぶ暗くなっている。書類から意識をそらす原因となったテレビへ視線をうつせば、結婚雑誌のCMが流れていた。白いタキシードをきた緑谷が、またも白いドレスを着て、空から舞い落ちてきた麗日を軽々と受け止める。顔を見合わせて微笑みあったあとに強く抱き締めあうと、緑谷は麗日を下ろす。向かい合って立った二人は手を繋いで歩き出す。三十秒ほどのCMは公開された当時、ひどく騒がれたことを思い出す。それは緑谷と麗日が婚約発表をした次の日だったというのもあるし、CMがなかなか良くできていたというのもある。キャッチコピーが時代に則している、という点でも話題になった。

「ひとりでも生きていけるふたりが、それでも一緒にいたいから、ねえ……」

口にだして呟く。キャッチコピーというのは往々にして人の心に響くようにできている。いつもなら相澤の心には響かなかったであろう言葉が今日はなぜか相澤の心にも響いてしまった。持ち帰った書類がなかなか終わる兆しを見せないからか、多忙を極める恋人ともう一週間ほど顔を会わせていないからか、CMのふたりが、あんまりにも幸せそうで羨んでしまったからか。相澤はがしがしと髪を乱雑にかき混ぜ、重たい息を吐いた。書類はやめだ。集中力はもう戻ってきそうもなかった。床に放置していた携帯電話を見るも、なんの通知もきていないようだった。



緑谷と麗日がひとりでも生きていけるように、相澤と爆豪だってひとりで生きていける。そもそも義務教育が終了する歳のころになればだいたいの人間はひとりで生きていけるだろう。食生活やワーカーホリック気味なところを度々あげ連ねては同僚や生徒から「生活能力がどうかしている」と指摘されるが、栄養補給ゼリーはなかなか捨てたものではないし、休む間もなく仕事をしている方が感覚は冴えるし、日付も追えるというものだ。爆豪と恋仲になってはじめの頃は眉間にシワを寄せてはギャンギャンと文句を言われたものだし、彼の手によって衣食住をずいぶんと変えられはしたけれど、別に昔のままでいたって生きていけはしただろうと今でも思っている。いい大人だから、生きていくだけなら容易いものなのだ。

爆豪と顔を会わせたのはさらに一週間を過ぎたころだった。彼は出張土産を片手に「生きてたンか」と家に上がり込んできた。もうそこまで前線で活躍することも少なくなってきたから、生き死にに関しては爆豪のほうが気にかかる。昔からいつだって生傷が絶えなかった。今日だって長いこと出張で、危険な前線を駆けていたのだから。見たところ目立った怪我はないけれど、服をぬがせばどこかしら傷はあるだろう。

「飯は?洗濯とか溜めてねぇか?」
「留守番のできない子供じゃないんだ、勘弁してくれ」
「似たようなもんだろ。アンタのことは信頼してるけど、アンタの生活は信用してねぇ」

それは何が違うんだと思ったけれど、いやに機嫌が良さそうだったので言わないでおいた。彼は台所に足を向けると冷蔵庫を開けて「なんもねぇな」と舌を打つ。無駄に苛立っている風に装っているけれど、声が楽しそうなものだから舌打ちだって無意味なものだった。

相澤は爆豪を好きにさせておくことに決めてテレビをつける。タイミングがいいというのか悪いというのか、明るくなったディスプレイが映し出したのはもう何度とみた結婚雑誌のCMだった。真っ白いタキシードを着た緑谷が、空から舞い落ちてきた真っ白なドレス姿の麗日を抱き止める。「ひとりでも生きていけるふたりが、それでも一緒にいたいから」と、二週間ほど前に相澤の心を揺らしたキャッチコピーが流れる。

テレビから視線を剥がして爆豪を探すと、彼はなんにもない冷蔵庫に見切りをつけたのか、財布を片手に玄関へと向かっていた。

「買い物か?」
「なんもねーからな。晩飯、鍋にするけど」
「着いてく」
「いらね」

いらないと言いながらも爆豪は壁に肩を預けて相澤をじっと見る。どうやら待っていてくれるらしい。あんまりにも素直じゃなくって笑ってしまいそうになる。相澤は立ち上がって、仕事用の鞄から財布だけ取り出すと、よれたスウェットのポケットにねじ込んだ。

「外、さみーぞ」
「まあ大丈夫だろ」

どうせ近くのスーパーだ。歩いて十分。コートを出すのは面倒だった。爆豪は眉をしかめたけれど特になにも言わなかった。

スーパーまでの道のり、爆豪との間にたいした会話はなかった。相澤は沈黙の中で、結婚雑誌のCMを思い返していた。相澤も爆豪もひとりで生きていける。どんなに生活がずさんでも、冷蔵庫のなかが空っぽでも、洗濯物が山になっていたとしても、別に生きていける。けれど、傍らで歩く彼と一緒にいたいなと思う。一緒に生きていけたらと思う。結婚には興味なんてなかったけれど、好きな人が当たり前のように隣にいるのが結婚というならば、爆豪と結婚したいと思う。

相澤は爆豪の腕をとって、そのままするすると撫でるように手のひらを動かした。爆豪の手のひらに触れて指を絡めるように手を繋ぐ。爆豪の顔をみやればまた眉をしかめている。

「外だぞ」
「寒いからな」
「寒いって教えたったろ」

人差し指の腹で彼の人差し指を撫でてやると、ぐう、と喉をならして押し黙った。

「結婚するか」
「はぁ?」
「ひとりでも生きていけるふたりが一緒にいたいって思うのが結婚なんだろ」
「はぁ?」

スーパーがもうすぐそこまで見えていて、相澤は名残惜しみながら繋いでいた手をほどいた。離れる間際にまた人差し指を撫でてやった。



爆豪と結婚したならばどうなるだろう。婚約発表などはしたほうがいいのだろうか。マイノリティの塊のような話にきっと世間は沸き立つだろう。悪い意味で。爆豪はメディアにも世論にも受けがあまり良くないし、メディアに限って言えば相澤だってメディア嫌いを公言してきた分、受けも悪ければ印象も悪い。これはきっとアレコレ書かれるだろうなと想像に難しくはない。もちろん、爆豪も相澤もそんなこと微塵も気にする質ではない。

白菜を両手に真剣にどちらがいいかを悩む爆豪を眺める。相澤からしたらどちらも同じ白菜だけれど、爆豪からしたら違うのだろう。じぃ、と赤い瞳で白菜を親の仇のように睨み付けていたけれど、結局選ばれたのはどちらの白菜でもなく、什器のすみに積まれていた別の白菜だった。

「レジ行くぞ」
「もう終わりか」
「もう終わり」



ほかほかと湯気のたつ鍋は珍しいことにキムチ鍋ではなかった。爆豪は自分の取り皿にふんだんに七味とキムチをいれているので彼だけはキムチ鍋仕様だけれど。疑問に思っていると爆豪は呆れたような声で「どうせアンタはゼリーばっかり食べてたんだろ。いきなり刺激物はナシだ」と言った。ありがとうと返せば、フン、と鼻をならして、それでも満更でもない風なのが可愛らしいと思う。

テレビがまた、結婚雑誌のCMを流す。話題になった分、いろんな番組のスポンサーとしてCM枠を取っているらしかった。爆豪が相澤の視線につられるようにテレビをみる。苦いものでも食べたような顔をするので、彼と緑谷の関係は相変わらずなのかもしれない。

「アンタがスーパー行くときになんか言ってたの、これか」
「まあ当たらずも遠からずってとこだな」
「ほぼ当たりじゃねぇか」

吐き捨てながら、爆豪は鍋のなかから白菜を箸で摘みあげると、相澤の取り皿に入れた。白菜のあとから肉やキノコなんかもついでのように取り分けられる。

「ひとりで生きていける、ねえ」
「別におかしくはないだろう」
「んー」

爆豪は考えるようにして、けれど、なにも言わずに鍋のなかから肉をつまみ上げると真っ赤になった自分の取り皿にいれた。汁もよそい、七味を追加して食べはじめる。相澤も彼に倣って食べるのを再開した。



シメの雑炊まできっちりと食べきって、二人並んで洗い物をする。爆豪が洗ったものを、相澤が布巾で拭いて片付ける。合理的な共同作業だ。爆豪が土鍋の泡をすすぎ落としているのをぼんやりと眺めていたらおもむろに声をかけられる。せんせー、と懐かしい呼び方をされてすこし背筋が伸びた。どうやら爆豪はそんな相澤に気がついたようで、ちょっとだけ吹き出す。

「お前な、先生はやめろ」
「悪かったって」

いまだに笑いの波が収まらない様子の爆豪に気恥ずかしくなりながらも、本来言いたかったことがあるのだろうと話の続きを促した。

「結婚ってアンタ言っただろ」
「言ったな」
「オレは、アンタが『オレがいなけりゃ生きていけない』ってなるんだったら、したいと思う。オレがいなくてもいいけど、それならいたほうがいいとかじゃなくて、オレがいなきゃダメってぐらいじゃないとやだ」

キュ、と蛇口を閉める音がいやに響いた気がした。渡された土鍋を反射的に受け取りながらも爆豪を見れば、いつになく真面目そうな顔をしている。いや、白菜を選んでいるときと同じかもしれなかった。しかし、にやにやしたり、茶化したりという雰囲気はない。

「結婚なんて、別に永遠の証明じゃねぇ。まして、満足するためのもんでもねぇ。でも、アンタがオレじゃなきゃダメだって意思の表れに使うんなら、オレは結婚したいとおもう」
「お前、いつからそんな熱烈になったのよ」
「アンタを追っかけて、飯つくって、ベッド潜り込んでやってもまだ手ぬるかったっつーんなら謝るわ」
「いや、そうだったな」

持ったままだった土鍋を布巾で拭く。鍋だけは乾燥させるというので、仕舞わずに水棚の上に伏せておいた。

「まあ、それじゃあやっぱり結婚するか」
「はぁ?」
「お前今日そればっかりだな」
「アンタがあんまりにも突拍子もないからだろ」
「婚約発表もするか?緑谷たちみたいに結婚雑誌からもオファーがくるかもな」

言って、想像したら笑えた。相澤が白いタキシードを着て、同じように白いタキシードを着た爆豪が爆破の個性を器用に使って空をとぶから、相澤もまた個性を使って爆豪の個性を消して彼を落下させる。落ちてきた彼を抱き止めて、キョトンとした顔の彼を笑ってやれば、ふいに目尻にキスを贈られ、驚く相澤を他所に勝ち気に笑われる。抱き止めたままの爆豪をおろしてやって、手を繋いで、後ろなど振り返りもせずに走っていく、いや、ここは爆豪だけが振り返って中指をたてるかもしれない。

その後、各メディアや、ネットで非難轟々の嵐を受ける。いろんな苦情を目にして、耳にいれながら、相澤と爆豪は暢気に笑って、爆豪が作ったご飯を食べ、真っ暗な部屋でふたりベッドに横たわりお互いの身体に触れ合って眠る。

なかなかに良い話だと思う。そしてこれは爆豪とじゃなければ出来ないとも。

「やっぱり結婚はしよう」
「オレじゃなきゃダメ?」
「爆豪じゃなきゃダメだよ」

爆豪は相澤の返事を聞いて、またも満更でもない風だった。じゃあ明日は役所にいかないとな、とまで言う。思っていたより乗り気なようだ。

「お前とじゃなきゃ生きていけないオレを、お前はどうしたい?」

戯れのように聞いてやれば、爆豪はすこしだけ考えるそぶりを見せたあと、相澤の腕をつかんで引き寄せ、軽くキスをした。

「どこまでも愛してやりたい」

にやりと笑みを深める彼が可愛らしい。耳元に唇を寄せて、それなら先にお前のことを可愛がらせてくれよと囁けばふるりと身体を震わせて、うなじを赤くする。相澤が爆豪でなくてはいけないのなら、爆豪だって相澤でなくてはいけない。道理だ。爆豪が相澤をうんと愛するのなら、相澤だって爆豪をうんと愛してやりたい。これだって道理だ。

明日は役所にふたりでいこう。そうして、今日も明日も明後日も、愛し愛されて生きるのだ。





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