好きになった理由も経緯も省くが我ながら面倒なやつを好きになってしまったモンだと思う。本当に、本当にだ。

好きにはなるのは理屈じゃない。でももう少しイージーモードから始めたかったというのが実のところ。まず性別が男、それはいい。他校の年下、それもいい。そいつの学校が霧崎第一、これは少しよくない。そしてそいつはバスケ部で花宮真の所有物、このあたりが最悪。さらに霧崎第一バスケ部は仲間意識が過剰を通り越して全員がセフレ以上恋人以上家族未満の位置づけでつるんでいて、花宮真なんてスタメン五人を産んだってツラをしている。

諏佐佳典が好きになったのは、霧崎第一の瀬戸健太郎!!!




◎ はじまり


そこまでじゃないにしろ、それなりに意を決して告白したら瀬戸は眠たげな雰囲気をまったく隠しもせずに「オレはいいけど花宮にきいて」と言ってきた。

「花宮?花宮は関係ないだろ」
「いや、オレ花宮のだし」

ここではいそうですか、と諦められるほど素直じゃなかったオレはお付き合いを前提にとりあえず友達からはじめることにさせた。全力で頑張った。




◎ ちょっとすすんだ

何度か友達として遊んだのが功を奏したのか、瀬戸がエスプレッソに浸した砂糖をマドラーで掬い上げながら「諏佐さんと付き合ってもいいよ」と言った。オレは自分でもわかるくらいに目を丸くして瀬戸をみる。瀬戸は救いあげた砂糖をちろりと舐めてから「まあ花宮がいいよって言ったらだけど」とのたまった。そんなこったろうと思ったよ!!!!

「今すぐ花宮から許可をもぎ取るから花宮の都合を教えろ」
「たぶん諏佐さんがいきなりいくと反対されるからオレから懐柔してみるよ」
「花宮は毒親か」

瀬戸がいうにはあながち間違ってはいないらしい。瞳を細めながら、オレも人のことあんまり言えねーけどと呟かれた言葉は聞かなかったことにしておく。




◎ 話してみた

瀬戸は晩御飯のメニューを尋ねるように、あくまでも自然に花宮に言った。

「諏佐さんと付き合いたいんだけど」

すると、花宮はぴたりと動きを止める。まるで時間が止まったみたいだった。大袈裟なリアクションだ。きっちり三秒たったころに花宮が嫌味なくらいゆっくりと唇を開く。

「なんで」
「付き合いたいなっておもったから、どう?」

花宮が患者に死を宣告する医者のような雰囲気を纏うのに対し、瀬戸は努めて普段通りの気安さを保ち続けた。ショッピング先でシャツの色を尋ねるのと同じ声で花宮に問いかける。花宮は瀬戸につられて徐々に普段と同じ雰囲気を持ち直しつつあった。不健康な色の人差し指を軽く曲げて顎に添える。ふむ、と探偵が悩むポーズをとった花宮は視線を床に投げた。

「あの人あれでいてそれなりに性悪でずる賢くて利己的だから反対したい気持ちがある」

おや?と瀬戸は思った。

「でも反対はしないんだ?」

花宮なら「いやだ」もしくは「だめだ」の一言でバッサリと切り捨てると思っての言葉だった。花宮はなおも床に視線をやったままで、いやむしろ睨み付けながら言う。

「オレや今吉さんよりはすっごく善良だからポイント加算でちょっと悩ましいライン」

実に忌々しげな声である。

「あと何ポイントためたら許可でそう?」
「とりあえず一回サシで話してみてそっからだな」
「そっか、都合つける?」
「それは諏佐さんにさせる」

ここでやっと花宮の視線が瀬戸にもどる。至極真面目な表情は人を見下すときのものでもなければ、猫を被った優等生のものでもなかった。たまたま近くで話に聞き耳をたてていた原がこてんと首を傾げる。

「花宮は瀬戸ちゃんの父親なの?」

原の疑問に答える声はもちろんなかった。




◎ そうはいうけど

花宮は霧崎第一バスケットボール部のスタンディングメンバーのことが好きで好きで仕方がないのは霧崎第一バスケットボール部のなかでは常識に近い。しかもこの好きがマリアナ海溝よりも深くエベレストよりも高くアフリカ象よりも重たいことも合わせて周知の事実である。想像の域をでないが、花宮はきっとこの五人と同じ墓に入るつもりだろうと、霧崎第一のバスケットボール部はみんな思っている。おそろしいので確かめたことは誰ぞない。

瀬戸の「諏佐さんと付き合いたい事件」の一時間後、花宮のもとに原がきて、いつ諏佐さんと面談するの?と尋ねてきた。花宮は眉間に深い皺を刻みながら返す。むしろ都合をつけずにずっと逃げ回ってやりたい、と。花宮は真っ当に(というのもおかしいけれど)霧崎第一の面々を大事にしているので瀬戸が「付き合いたい」と言ってきた意思をばっさりと切り捨てることができなかった。しかもワガママの多い原ではなく、あまり自らの意見を押し通さない瀬戸の滅多とないお願いだ。叶えてやりたい気持ちがある。けれど反対したい気持ちの方が花宮にしたらやっぱり強い。

原は花宮のそんな気持ちを知ってか知らずかあきれた声で言った。拗ねているともとれる声だった。

「そんなこというけど花宮も今吉さんと付き合ってるじゃん」
「でもお前らはオレのなのに」
「オレらが花宮のなら花宮もオレらのであるべきじゃないの?」

原の言い分を聞いたときの花宮の表情はまるで天啓を受けた信者のようだったと後の目撃者は語った。花宮がごくりと唾を飲み込む。目をこれでもかと見開いてなにかを言おうと口を開いてはなにも言葉が出てこずに閉じられる、ということを何度か繰り返す。そうしてやっとのことで花宮が声を絞り出した。

「別れる」
「は?」
「……今吉さんと別れてくる」
「まっ、」
「やめろやめろやめろ待てやめろ!」

これに黙っていなかったのが山崎だった。いつから聞いていたのか山崎は身ぶり手振りで花宮をとめる。別に暴れているわけでもなければ、動いてもいないのに山崎はなぜかとおせんぼのポーズで花宮を止めにかかる。

「花宮が別れるって言おうもんならあの人ここに乗り込んできたあとに面白がって引っ掻き回すからやめろ、本当にやめろ花宮」
「そもそもオレは今吉さんのものじゃなくて今吉さんがオレのものなんだけど原がそうじゃないっていうなら別れる」

花宮が心なしか頬を膨らませて言う。まるで子供だ。山崎はほとほと呆れましたと顔面に大きく書いて、がっくりと肩を落とす。

「お前の所有欲と支配欲よ」
「そもそも健太郎が悪い」

完璧に拗ねてしまった花宮はその日一日なにを言われても「そうだな」としか返さなかったらしい。




◎ 許可を得た

なんやかんやとあって諏佐はめでたく瀬戸と交際する権利を勝ち得たわけだが、これがまたいつの時代のご令嬢だと言わんばかりに制約が多くて思わず額に青筋を浮かべた。横で腹を抱えてゲラゲラ笑っている悪友もとい妖怪改め今吉翔一にも殺意が芽生える。そもそも今吉がちゃんと花宮をどうにかしていればこんなことにはならなかったのではないかと理不尽なことすら考えてしまう。

今吉に「アレおまえの恋人だろなんとかしろ」と言えば「ワシには無理」と返される。真顔だった。

「諏佐に一個教えたるけどな、別に花宮だけちゃうからな、アレ。霧崎連中みーんなあんなんやで。ワシ花宮と中学から付き合ってんのに高校入った途端スタメンからの別れろコールやぞ。しかも花宮はそれを「ええやろ」みたいな顔で見よるだけやぞ。そんな連中の真ん中にいよる花宮どうにかしたらワシがちゃう意味でどうにかされるわ」
「マジかよ」
「マジや。ちなみに花宮と別れろコールひどかったん自分の恋人と古橋君やから」

今吉のタレコミは諏佐が机と仲良くなるには十分だった。薄々気づいてはいたことだったけれど。

「ちなみに恋人の記念日は全部アイツら仲良う集まりよるから諦めや」

諏佐が長い溜め息を吐く。まあなんかあったら協力しあおや、と笑う今吉が心強かったなんて絶対に教えてやらないと諏佐は誓った。ちなみに今吉というカードはジョーカーに匹敵するとても強いカードであるが、今の諏佐には知る由もない。




◎ あれもこれも許可制

はじめてのデートは散々だったと諏佐は語る。門限が暗くなるまで、だなんて一体全体どこの小学生だ。身長が180をゆうに越えた男が暗くなる前には帰ってきなさいって言われたからと出会い頭に告げるのに前途多難どころではないなにかをたしかに感じた。友達として遊ぶのは門限もなにもなかったのに恋人に昇格してからのルールが厳しすぎる。別に夜に帰してもバレないんじゃないかと脳裏によぎっただけで声に出してもいないのに「バレるよ、花宮 今日オレの家にいるし」と瀬戸によって否定された。もう一度言うが声には出していなかった、断じて。

諏佐はこの際はっきりさせておこうと口を開く。

「花宮に許可が必要なことはなんだ」
「デート、キス、セックス、お泊まり、あと家に来るのも、オレの家に私物置くのも無許可だとダメ。例えばオレが諏佐さんに時計を借りてそれを返し忘れて持って帰ったとするでしょ。翌日には不燃ゴミになってるから」
「クソが」
「頑張ってね」
「お前はそして他人事か」
「だってオレはどっちでもいいから」

諏佐さん次第だよ、と穏やかに言ってのける瀬戸を横目に、諏佐は今吉になにから愚痴ろうかとそればかり考えていた。とりあえずマジバは絶対におごってもらう。絶対にだ。




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