冬はいつだってむなしい。

瀬戸はすこし眠気の混じる思考のままにぼやいた。十二月の公園はあたりまえだけれど人なんていない。吹き抜け状態で風通りのよすぎる公園のベンチは、瀬戸の身体を否応なしに凍てつかせる。ちらりと傍らの原を見やれば、彼は器用にベンチの上で両膝を立て、踞るような姿勢を取っていた。尻を浮かせてはいないので三角座りのようにも見えるが、頭が下がりすぎて真ん丸になっている。その姿はやはり踞るというほうが近いような気がした。

そもそも、瀬戸がこんな寒々とした公園のベンチに腰かけているのは原のせいだった。朝一番。それこそWCが終わったために部活もしばらくはお休み、加えて冬休みが始まったから、学校からはそれなりに課題が出ていた。部活のお休みは三日間で、その間に最低でも半分ほどは課題を消化するようにと花宮からお達しがあったばっかりの、そんな今日の朝一番に原は電話を掛けてきた。
瀬戸としては電話よりも枕の方が魅力的だったものだから無視を決め込むつもりでいたのに、原はどうにもしつこくて、電話が切れること三回と、その後コールが響くこと五回目で根負けして通話ボタンを押した。

そんなわけで落ち合った公園だけれど、原はいっこうになんにも喋らなかった。瀬戸がいくら人の言うことを先読みするからといって、なんにも喋らない人間の思考までもは読みきれない。仕方がないので瀬戸は原の名前を何度かよんでは見たけれど、原が口を割る切っ掛けにはならなかった。

「原、いい加減オレも寒いんだけど」

冷たい風にさらされてどれだけの時間が経ったかはわからないが、そろそろ頬の皮膚がピリピリと痛みを訴えてきた。さすがにこれ以上かわいた沈黙が続くようならばせめて暖かい場所に移動したかった。ちらりと原を見やれば、彼はようやっと垂れた頭をゆるりと持ち上げた。あんまにも緩慢な動作だったものだから、なんだか未知の生物を見ているような気持ちになる。原はゆっくりと頭を本来の高さまでもたげると、これまたゆっくりとかぶりを振った。今まで膝と腕に覆われていたためか幾分と血色の良い肌が見えるが、唇は一文字に結ばれていて、彼の機微は今一つ窺えない。

「原がもう暫くなんにも言わないなら移動しよう。オレはいい加減さみーよ」

言ってやれば、原はちょっと考えたあとに喉をならした。この場合は唸ったのかもしれない。彼の口角がほんのわずかに下がる。そうしてやっと、瀬戸はすこしだけ原に呼び出された意味がわかった。

「冬になっちまったね」
「最悪だよ」

瀬戸が決して間違えないように言葉をかけてやれば原は吐き捨てるように返した。どうやら間違ってはいなかったようだ。証拠に彼はスン、と鼻を鳴らしたあとに強かに舌を打った。冷えて張りつめた空気に響いた音がいつかのスナップ音のようだったから、原はもう一度舌を打つ。

「因果は巡る糸車、ってさ」
「アレの場合は自業自得が精々じゃない。花宮だってわかってやってる」
「理解と感情は必ずしも一致しないし、すべての物事が正しく、正当であり、当然である必要はないじゃん。正しいだけの世界って存在しないってオレは言い切れるよ」
「うん、そうだね、だから原は今なんにも言えないんでしょ」

原の口角がますます下がる。氷が溶けるみたいにゆっくりと原の姿勢が崩れていって、ベンチに乗せられた足はようやく地についた。そのまま膝が伸ばされていき、上半身がずるずると滑っていく。ほとんど腰と頭を支えにしてベンチに仰向けにもたれ掛かる形になった彼は、息をわざと白くしながら空へと吐いた。

「こんなときに瀬戸ならなんて言うの」
「……そうだな。『今や我らが不満の冬』とか」
「それいいね」
「そりゃよかった。ねぇ、オレはあったかいところに行きたいんだけど」
「それもいいね、よっ、と」

少なからず気がすんだのか、反動をつけて原が立ち上がる。コーヒー奢るね、と言った彼はもうほとんどいつもと同じように見えたし、それこそ先ほどまでの未知の生物とはほど遠いように思えた。彼は瀬戸を待たずに公園を出ていこうとする。振り返ることすらしない。瀬戸は先ほど原がしていたようにわざと口のなかに熱をためて息を吐き出した。白い煙はほんの一瞬だけ原の背中を隠したけれど瞬く間に霧散する。その光景に覚えた気持ちには知らないふりを決めると、冷えて固まった筋肉を無理矢理動かして原のあとを追った。一歩一歩踏み出す度に、凍ってしまったように動きの悪い間接が痛む。『今や我らが不満の冬』。言い得て妙だと我ながら思った。

だって。原だけじゃなくって瀬戸にだって「何に」とは言いがたい色々な不満があった。

それは例えば、WCが終わってしまったこと。例えば、興味がないと言いながらも最終決戦を見届けたあとにあっけなく淡々とした日常を作り出す花宮のこと。例えば、試合に負けたことを悔しがれないことや、勝ったことを喜べないこと。原だけじゃない、瀬戸だって不満だった。どうしてそういう現在に至っているのかはわかっている。だから誰も言わないままに花宮の演出する「淡々とした日常」に流されてやってる。

「理解と感情は別、ね」

瀬戸は一人ごちた。やっぱり原は振り返らない。舌打ちをひとつ、それからため息をひとつ。白い煙が立ち上る。瀬戸はその煙が霧散する前に小さく呟いた。

「さびしいね」

きっとこれから何度もやってくる冬に、原も瀬戸もずっと不満を覚えて生きていくのだろう。だって、瀬戸がどんなに理解していても冬はむなしさを連れてくる。



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