落としたよ、とレンが差し出した手のひらには、金色の懐中時計があった。

大事にしているのだろう、くすんで深みのある色になった時計は、ちょっとトキヤとは結び付きにくい。レンから見た彼は合理的で、機能派のイメージがあった。懐中時計はデザインこそ趣があるけれど、時間が狂いやすいし、持ち歩くには服装を選ぶし、そもそも、時間をみたいと思っても懐から出して蓋をあける手間がある。どちらかというと、どんな服にもあわせられて、視線をやるだけで時間がわかる腕時計の方がよっぽどトキヤ"らしく"あったし、今時は自動で時間を調整してくれる時計もある。時間に厳しく細かい彼には、懐中時計よりも腕時計が、よほど似合っていた。懐中時計を差し出されたトキヤは僅かに目を細めた。「ありがとうございます」と添えて、レンの手から懐中時計を受けとると、丁寧に懐にしまう。ちらりと袖口から見えたトキヤ腕には、最新型の腕時計がつけられていた。ふぅん、とレンは思案する。

「懐中時計なんて、あんまりイメージないな。仕事道具……でもなさそうだね」

何かあるの?と言外に尋ねる。もし「あなたには関係ありません」と突っぱねられたらそれはそれ。一つ肩を竦めて、また落とさないように気を付けてね、と言って、この話は終わらせるつもりでいた。突っぱねられるだろう、とも思っていた。しかし違った。今日はことさら機嫌でもよかったのかもしれない。トキヤは懐中時計をしまったあたりを指先でなでた。柔らかい表情だ。

「これは、HAYATOのものです」
「……へえ。ねえ、良ければ、オレに見せてほしいな、どんなデザインか興味があるんだ」
「かまいませんよ」

本当に、今日はどうしたのだろうかとレンは思う。トキヤはレンが小さく驚くのをよそに、閉まったばかりの懐中時計を取り出して、レンに差し出した。レンはおずおずとトキヤの手から懐中時計をうけとる。金色の、小さな星がいくつか彫られた懐中時計だ。銀色のラメが控えめに散らされている。HAYATOのものだという懐中時計は、なるほどHAYATO"らしい"デザインをしていた。

「開けても?」
「ええ」

許可をとって、カチリと懐中時計を開く。文字盤はシンプルで、上下左右に星のイラストが描かれているだけのものだった。華奢な針が示す時刻は六時二十六分、朝か夜かまではわからない。

「ねぇ、イッチー」
「なんですか」
「今って何時かな」
「そうですね」

トキヤは自身の腕に視線を投げる。十五時四十三分です。穏やかな声が告げる。レンはまた懐中時計の時刻を確認する。やはり針は六時二十六分のままだ。

「これ」
「ええ、止まっています」
「治さないのかい?」
「HAYATOのものですから」
「その時間は?」
「さあ?HAYATOにきいてください」

トキヤは笑った。レンから自然な動作で懐中時計を取り戻すと、パタンと音をたてて懐中時計をとじる。星のイラストがいくつか描かれ、銀色のラメが散っている。

「今、HAYATOってどこにいるのかな」
「どこでしょうね、きっとゆっくり眠っているのかもしれませんね」
「ねえ、イッチー。今何時かな」

トキヤがまた自身の腕に視線を投げる。

十五時五十二分です、と几帳面な声が告げた。



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