彼に出会ったのは桜が舞う、爛漫の春だった。そよ風のような声を響かせながら、彼は群衆と会話していた。私はなんとなく群衆へ視線を投げた。ぱちり。彼と目があった気がした。瞬間、大きな風が吹いた。まるで少女漫画でヒーローとヒロインが運命的に巡りあったみたいだった。

それからというもの、彼は私の世界そのもので、彼が空に声をなげれば気持ちは晴れたし、瞳を伏せれば柔らかな緑を彷彿とさせた。彼は自然を司る神様みたいだった。私は彼の瞳に宇宙を見たし、鎖骨の窪みに海を見たし、ぴんと伸ばされた指の爪先に星が瞬くのを見た。彼のことが大好きだった。当たり前のように好きだった。まるで私の気持ちに馴染むように彼は存在していたのだ。恋と呼ぶには盲目的で、信仰に近い思いだった。熱に浮かされたような、はたまた、魔法にかけられたような恋だった。

「あなたを好きになってしまったんです」

群衆にまみれながら神様に告げる。彼は笑った。

「このオレだからな、仕方がない」

仕方がない。神様の言葉に私は深く頷いた。彼は好きにならざるを得ない人で、彼は群衆に好かれるべき人なのだ。このとき、一陣の風が吹いたように感じたけれど、私は気にもとめなかった。

仕方がない気持ちを抱え続けて季節が一周しようとしていた。冬は眠る準備を始め、春が目覚めようとしていた。神様と出会った季節が再びやってこようとしていた。

その日、私は厚手のコートを押し入れにしまいこんだ。もう厳しい冷え込みはなくなると夕方のニュースでいっていたからだ。重たい服が好きではない私は、明日から身が軽くなることを喜びながら布団に潜り込んだ。

夢を見た。西洋映画に出てきそうな黒いドレスを見にまとった私は、同じようなドレスをきた友達をしきりに慰めていた。薄暗いチャペルのような建物の前には、やはり似たような黒服の群衆がいて、みんなさめざめ泣いていた。リンゴンと重々しく鐘がなった。建物からたくさんの人が出てくる。なにかを担いでいる。

ーーあれは棺だ。

棺の蓋は開いていて、なかには彼が眠っていた。神様が死んでいた。棺が運び出されると群衆の泣き声が大きくなった。リンゴン、鐘がなる。私は一人泣けないでいた。群衆に取り残されてなお、涙を流せないでいた。彼が、神様が死んでいる。とてつもない衝撃が私を襲った。悲しみや憂いではない。失望だった。私は彼に完璧でいてほしかったのだ、死すら及ばない素晴らしいなにかであってほしかった。私の神様でいてほしかったのだ。

ピチチ、と鳥が鳴く声で目が覚めた。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。起き上がり、ぐっとのびをする。清々しい朝だった。めっきり寒くもない、まだ早い桜の匂いがする朝だった。カーテンを引いて太陽の光を浴びる。窓を開けると、そよ風が頬を撫でる。熱は朝になれば引き、魔法は夢が醒めるように覚めていた。

私はもうちっとも神様のことが好きじゃなくなっていた。



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