恋をするのにそれまでの時間はまったく関係ないのだと少女漫画のヒロインは言ってのけた。絶賛ながらくの片想いを拗らせた私に彼女の言葉はものすごくキいた。部活を涙ながらに引退して、私たちの学年は受験モードだ。放課後かけていったグラウンドはもう違う子達のものになっている。寂しいと思うものの参考書を手放せない私は、ちらりと阿部くんを窺い見た。彼はどこの大学にいくのか、みんなそれとなくなんとなく彼に尋ねていたのを知っている。それにきちんと答えていないのも。私が聞いたら答えてくれるだろうか。ちなみに私は家から電車で三駅のところにある大学にしようと考えている。まさか一緒なんてことはないだろうけれど。

「ね、阿部くんって大学どこにするの」

平静を装おって尋ねてみる。どうか彼の耳にはまるで天気の話や晩御飯の話のように軽く聞こえていればいい。私が彼に恋をしてから野球に響かないようにとその気持ちをひた隠していたのだけれどそんなことはもうなくなって、私と阿部くんを繋ぐ、野球とか、試合とか、そんなものはなくなっていて。だからというわけではないけど、私は阿部くんに対する気持ちをここのところ小出しにしている。付き合うまでは夢見ていないけれど、まあでもそうなれたら、そりゃいいんだけど。ドキドキしながら阿部くんの答えを待つ。眉間に皺をよせて、ちょっと迷っているようだった。言うか言うまいか、考えている。あ、私まだそこのラインなんだ、とすこし落ち込む。うーん、と阿部くんが唸った。

「まだ絞ってる最中なんだよ」
「……へ?そうなの?」
「結果次第だな」
「判定の?」

思いがけない言葉に私は間抜けな声をあげる。しかしそれに続く彼の言葉が要領を得ない。判定なんて、大学を決めてからじゃないとわかるわけもないし、かといってそれ以外に結果次第となるようなものは浮かばない。阿部くんはまたわずかに考える素振りをみせる。いつもならこのあたりで、無理に言わなくてもいいよ、なんて言うのだろうけれど今日はグッとこらえた。ちょっと待てば言ってくれそうだったから。

「阿部くん?」
「……企業の野球チーム、の結果。大学ったって最後は就職だろ。その就職したときに野球チームがある会社、それもそこそこちゃんとしたチームのとこに行きてーから、結果みてから、そこの就職に強そうな大学にする」

私は、阿部くんに返す言葉を持たなかった。私は浮かれきっていた。たしかに受験は憂鬱だし、野球から離れてしまったことは寂しかったけれど、私の恋にかんする障害はさっぱりなくなったに等しく、恋仲にはいかなくてもいいところまではいけたらな、なんて思っていたのだ。だって、阿部くんは野球、野球、野球ってそればっかりだったし、そんな彼と野球が切り離されているのは今しかなかったし。野球に向いていた興味や関心がすこしくらい私に向かないかな、なんて。

なのに、彼ったら!この、男は!!

恋をするのにそれまでの時間は関係ないの、可愛らしいヒロインは言っていた。私は少女漫画のヒロインじゃなかったからこんなことになってしまったのかもしれない。

たとえば阿部くんの野球に捧げた時間がさっぱりなかったとしたら、きっともっとずっと違っていたのだとおもう。かわりに、私が好きな阿部隆也でもなくなるけど。阿部くんの時間はこれまでもこれからも野球のためだけに使われるんだろう。彼、きっとそれで幸せなんだろう。


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