臨也には子供がいた。顔のそっくりな子供。名前は知らない。けれど実の子だとわかる赤い瞳、そうでなくともそっくりなのだけど。臨也は複雑な心地でいた。わざわざ死に目に会いに来ることもないだろうとおもった、形の良い眉を顰める。まさか死に水を取りに来たわけでもあるまい。


臨也は自分そっくりの子供と言うにはもう大分成長した青年をみる。

「臨也さん」

青年は臨也を父とは呼ばなかった。臨也としても父などと呼ばれた日には身体を震わせ、目を瞬き、眉間に深く線を刻むことだろう。

「俺は臨也さんを父だとおもったことはありません」
「俺だって君を我が子だと思ったことはないよ。なにしにきたのさ」

臨也は早口で言った。気分が悪くなる。そんなことを言いにきたのか。視線だけで告げる。臨也にとって、青年は過去の産物だ。それも飛び切り不愉快な。青年を我が子だと思っていなくとも臨也には、青年がいつ、どのようにして生を受けたのか、彼の母が誰なのか、きちんと把握していた。

高校生の若い時分、想いを寄せていた人物がいた。その人物は、臨也と同じ性別だった。愛に飢えた化け物で、なのに無駄に見てくれがいいものだから。身体だけの関係をたくさんの女性と持った。来るものは拒まず去るものは追わない。その言葉そのものだった。おもしろくなかった。とても。なので臨也も同じように女性に手を出した。無意味なことをしたと、今更ながらに思っている。結局、目の前の青年を生み出してしまった。苦い過去を思い出させる、いや、苦い過去そのものを。

「用がないなら帰ってよ」
「用ならあります」
「なに?」

厳しい口調の臨也を青年は飄々とした態度で交わす。臨也はそれが気に入らない。

「いやね、母が死んだんですよ」
「それで?俺に養えって言うの?他をあたりなよ」
「ちがいます」
「じゃあなに」
「母が死んだとき、後悔したんです、なにも話を聞いてやれなかったんです、だから、臨也さんが死に目だと聞いたので、母に出来なかったことをしようと思ったんです」


勝手な話だと思った。父だと思っていやしないくせに、よく知りもしない我が子自身の心を慰めるために利用されるなんて、臨也はますます嫌気がさしてきた。もはやこの青年の存在すら疎ましく感じた。

けれど臨也はもう長くないということをちゃあんと理解していた。若い死は、誰の涙も誘うことはないだろうことも。青年は嫌みなくらい臨也にそっくりだった。

「そうだね、」

今は気に入らなくとも、どうせ後にはなにもなくなるのだからと、臨也はさまざまなことをあきらめた。過去の苦い想いも、青年に利用されることも、そのすべてを良しとした。

「君はもう行くあても寄る辺もないんだろう?じゃあね、ばけもののところに行くと良い」
「ばけもの?」

いきなり渋面をほどいて軽やかに語る臨也に青年は少し驚いた風に問い返した。臨也はふふと笑う。臨也は未だに自分は彼のことが好きだったんだなあとおもった。

「俺が好きだった人だよ、青森にいる。詳しくは教えてあげない」
「なぜ急に話してくれる気になったんですか?」
「別に意味はないよ、君に言うことはなにもね」

臨也は青年の胸にとんと指をあてて言う。すこぶる機嫌が良くなった臨也に青年は少しだけ臨也という人間の底を見た気がした。

「もし、あなたのいう人に会えたら、見舞いにくるように言っておきましょう」
「いらないよ、ああ、名前くらいは教えておこうか、彼は平和島静雄って名前」
「ありがとうございます」

軽く会釈して、青年は臨也に背を向ける。病室と廊下を繋ぐ戸のノブに手をかけたとき、臨也がぽつりと声をこぼした。青年はさとくその声を拾う。

「存在が薄れると言うことは、悲しいものだね」

ぱたんと静かに戸をしめた。リノリウムの床を靴底でたたきながら考える。いや、閃いたという方が近いだろう。きっと、あの人は、臨也さんは平和島静雄という人物の中に少しでも存在していたいのだと。だから容姿がやたらに似ている自分を送るのだと。実に人間らしいじゃないか。

青年は笑った。とんだギブアンドテイクだ。しかしまったく悪い気はしない。平和島静雄に会うのが楽しみだなあ、胸中で呟いたつもりが口から滑り落ちていて、青年はまた笑った。

楽しみをくれたお礼と言っちゃあなんだけど、もし平和島静雄に 会えたのならば、父の元に行くように言っておいてあげよう。きっと最高の親孝行になるだろう。



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