好きだったんだよなあ、と後ろ姿を見て思う。襟足が少し跳ねている。眩しかったんだよなあ。たぶん同じ学校にならなかったら今泉の襟足が跳ねていることなんて絶対気がつかなかった。きらきらきらきら光ってみれたものじゃなかったから。

「今泉」

呼び掛けると、ヤツはひどくゆったり振り返って「なんですか」と返した。かわいいかと聞かれるとあんまり可愛くはない。ムスッとしていてちっとも笑わないし、先輩の威厳なんて作らせてももらえない。知ってんだぜ、オレ。お前がオレのこと認めてる半分、実力不足を感じてる半分なこと。そういう隠せない素直さは年相応でかわいいと、思わないこともないけれど。

奢ってやるよ、というとよくなついた猫のようにするすると寄ってきた。「ありがとうございます」と言うので何がいいと聞いてやれば「イチゴ牛乳」と答える。

「そんなの学校にあったっけ?」
「最近。下駄箱の横の自販機に」
「遠くね?」
「奢ってくれるんですよね」

仕方がなしにオレたちは下駄箱まで移動することになった。下駄箱っていえば正面玄関だ。オレたちがいるのは裏門に程近い部室前だった。遠くね?と思うが今泉はそれが飲みたいのなら仕方がない。

今泉ご希望のイチゴ牛乳はパックかと思いきや紙コップだった。三十円安い。遠慮したのかと思って今泉の顔を見たけどあんまりわからなかった。正直、三十円の値下げよりも手間を減らしてほしかった。校舎裏の自販にあるなかから選ぶとか。

今泉はイチゴ牛乳を受けとると階段に座ってお行儀よく飲み始めた。オレは七十円を自販機に食わせてやって、紅茶花伝のミルクを押した。程無くして出来上がったミルクティー取り出す。ベンチならまだしも階段に座る今泉の横に腰を落とすのもおかしな気がして立ったまま飲むことにした。座った今泉の旋毛がみえる。

──好きだったんだよなあ。

こいつの走り方とか、表彰台にのぼるときの右足とか、トロフィーを受けとる右手とか、花束を抱く左手とか。今泉のその栄光が、すごく好きで妬ましくて。身長もでかいけれど、それだけじゃなくって。オレからしたらこいつは壇上の男なのだ。すべてのレーサーの旋毛を見下ろしていた男で、そりゃあもうオレはせめても黒い頭は見せまいと見上げるのに必死で首を痛めていたのだ。同じチームにならなければ、こいつはイチゴ牛乳ごときで頭のてっぺんなんて見せなかったろう。きらきら飛ばす光を、イチゴ牛乳ごときで。イチゴ牛乳ごとき、なんかで、花になんてかえなかったろう。

今泉を包む光の粒子は弱まったようにおもう。今泉が劣るようになったとかではなくて、ただ単にオレがちゃんと結果を直視できるようになったのだろう。

「ありがとうございました」

飲み終わった今泉がいう。オレはまだミルクティーが残っていたので犬を払うみたいに手を振りながら「いいって」とこぼした。今泉は慣れたように「じゃあお先に失礼します」とまた部室の方へと爪先をむける。ゆったり、見せる背中にかからないように切り揃えられた髪の毛の、やはり襟足は跳ねたままだ。造りはいいのに少し抜けているところも、思えばそうだ、年相応でかわいいと思えなくもない。

じっと見送っているとふいに今泉が振り返った。

「また奢ってくださいね、手嶋先輩」

オレは吃驚して肩をはねあげる。きらきら、光は淡くなったように思う。ちゃんと今泉を見ることができるようになったのだと思う。それでもやっぱりまだちょっと。

「かわいくねーなあ」


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