「正しい恋愛っていうのはさ、まず男と女がいて、顔付き合わせりゃドキドキしたり、手を繋いだらそわそわしたりして、それからキスしてセックスとかして、そういうやつだと思うんだよ。だからオレたちは全然正しくないの。まずもうオレが男ってところからダメだし、今泉が男ってところもダメなんだよ。男と女がいますってところから間違っちゃってるんだよな。顔付き合わせても特別なことがない限り別にドキドキしたりしないし、手を繋いでもなんかちょっと笑えてきちゃうし、セックスなんかさ、どっちが上か下かってんで何分もかけちゃうんだよ。男と女なら上も下もないんだよ。だって男には棒があって女には穴があってそれがちゃんとひとつずつなものだから考えるまでもなくすんなりしけこむことができるんだ。オレとお前はさ、棒も穴もあるんだよ。困ったことに。穴なんてなけりゃよかった。でもきっとないならないで口とか鼻とかに突っ込もうとするんだよ、馬鹿だから。もしかしたらドタマに穴開けてそこに突っ込んで腰振っちゃうかも。うそだよ冗談だよ。でさあ、そんでさ、まあ下ネタになっちゃったんだけど、ほら、正しい恋愛ってのはさ、そのあと子供ができたりとか、そのあと家庭ができたりとか、そのあとのなにかがあるんだよ。恋ってそれの第一歩目で足掛かりで、そこに続くただのきっかけで準備でとにかくそんな。正しいものには次があるんだよ。でもオレらにはさあ、なんにもないの。正しくないの。なんにも正しくないからなんにもないの」

まるで飲んだくれみたいにぐだぐだと彼はよく喋った。窓を閉め、鍵をかけ、カーテンを引いて、電気を消して、薄ぐらい部屋で二人。一人用のベッドに二人。服を脱ぎ散らかしてお互下着だけになって、寝転ぶこともしないで、向き合って座り込んで。手嶋さんは両手でオレの左手をしっかりと握りしめてうなだれていた。一年の間にちょっぴり伸びた髪が彼の瞳も頬も口許も隠している。彼はよく舌の回る人で、ついで頭も回りすぎる人で、だからたまに空回る。こんなことはよくあった。だいたい手嶋さんの目の下にクマができていて、だいたいレース前で、だいたい彼は切羽詰まっていて、だいたい彼の泣きたい気分のときだ。手嶋さんはプライドが高いから、泣きたいので、さあ泣こう!なんて人ではないし、そもそも人はそんなに器用に作られてもいなかった。そぐわないことに慣れた彼は人一倍泣くタイミングを逃すらしく、かわってそんなときは睡眠時間をたんまり削ってよく回る頭で余計なことを考えるのだ。オレが新幹線で手嶋さんが汽車であったなら、とか、オレが年上で手嶋さんが年下であったなら、とか。そしてその思考はおもに正しさを求めて空回っている。オレとお前がこんな関係だったら今は正しくなっていただろうかと言う。そんなことオレが知るわけもない。

セックスをするつもりだったからクーラーをつけていたけれど、結局なんにもしていないのでむきだしの肩が寒かった。オレは彼の泣きたい気持ちに付き合うために下着一枚でベッドの上に座っている。あらぬところに棒を突きたてられて、身体を裂かれる痛みや、狂ったように身体を重ねたことで味を占めた身体が貪る快楽によって意図的に泣くことを、彼が望んだから、こうして身体を冷やし、冷気が肩を撫でるのに耐えている。手嶋さんはよくしゃべる。

「お前にはきっと他の道がたくさんあるのに、いつどこでそれてしまったのか、そればっかり考えてたんだ。オレがお前を中学の時に憎まなければ、オレがまた自転車に乗らなければ、よかったのかもしれない。あの時自転車をやめようと思っていたオレが正しかったのかも知れない。あれこそが本当の今だったのかも知れない」

もしも、手嶋さんが"彼女"であれば、オレは空いた右手で手嶋さんの冷えきってるであろう首筋をさすり、垂れ下がった暖簾のような髪を耳にかけてやって、あらわになった頬に触れ、頭を撫でてやって、ついでに額にキスでもしながらやんわりと押し倒してやれたのだと思う。しかし、彼は男で、そういう女みたいな扱いをすると女みたいにヒステリックに嫌がるのだ。こんなこと正しくない、手嶋さんがいう。きっと彼は昨夜もたんまりと睡眠時間を犠牲にして今つらつら述べたことを考えていたのだ。無意味なことと知らずに。

ねえ手嶋さん、知っていますか。あなたクマができてますよ。
ねえ手嶋さん、知っていますか。あなた今からオレとセックスするんですよ。
ねえ手嶋さん、知っていますか。あなたの正しさや悩みなんてオレにはまったくどうでもいいことなんですよ。
ねえ手嶋さん、知っていますか。オレがあなたを好きなこともあなたがオレを好きなことも別に嘘ではないんですよ。

言わないけれど、言わないけれど。だって言ったら彼は怒るだろうから。それはちょっと面倒だから。でもそろそろ寒さも耐えがたくて、あとお預けも待ても飽きてきて、ついでに手嶋さんの話も飽きてきたので。手嶋さんは"彼女"ではないけれど、オレは手嶋さんの首を空いた手で撫でて、冷蔵庫から出したカルピスみたいな温度に呆れながらも、そのままするすると手を這わせ頬をさすり、垂れ下がった髪をあげ、耳にかけてやり、額ではなくて唇に簡単なキスをした。別にどこでもよかったけれど、あんまりに唇が青かったから。

「ねえ手嶋さん、知っていますか。オレ、エリートなんです」
「……知ってるけど」
「じゃあ手嶋さん、これは知ってますか。オレはあなたのことをとびきり愛することができるんですけど」

いいながらオレは手嶋さんを押し倒す。手嶋さんはオレの左手をいまだに両手で握りしめていて、変な体勢になっていた。もぞもぞと位置を直すのがなんだかおかしい。

「それは間違ってる」

手嶋さんが小さな声で言った。オレは聞こえないふりをして彼の冷えた身体をあたためることにした。彼の目的通り存分に泣かせてやることにした。

ねえ手嶋さん、知ってますか。正しさなんてオレは要らないってこと。そんなものに対した意味なんてないってこと。いくら言ったところでなんにも変わらないこと。あなたに能弁に語るべきなのはそんなつまらない話じゃなくて「好きだ」って単語ただ一つだってこと。

きっとそんな惱み明後日には違う話に切り替わってるってこと。




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