もう六年も付き合っている。告白したのは古賀だった。インターハイが終わり、受験勉強に追われるようになった。勉学ばかりじゃ寂しかろうと情けのように残された文化祭の帰り道、もう話す機会も減るだろうからゆっくり帰ろうと言って、わざわざ用もないのにコンビニに寄り、肉まんを買って食べながら帰っていた。二人とも狭くはない歩幅を無理に縮めて歩いていたように思う。純太、と古賀が手嶋を呼ぶ。特に返事も返さないでいると、古賀は言葉を続ける。 「話す機会が減るだろうとお前は笑ったけど、オレはそんな風にはなりたくないよ」 「たとえば?」 「休みの日だろうが、いつの日だろうが一緒にいたいと思ってるよ」 「なんだそれ、恋人みたいじゃん」 手嶋が笑ったけれど、古賀の表情はつられることなく真面目なままだった。 「そうだよ、そうなりたいって言ってる」 古賀の表情が手嶋にうつったかのように、手嶋の表情が硬くなる。高校生だった。まだ、高校生だった。あの日からもう六年も、手嶋と古賀は付き合っている。 △ 片手以上の年数をともにしたのだからと、心もとない財布の中身と相談して、鞄と時計を用意していた。付き合いはじめて最初はそれこそ比較的べったりとした付き合いをしていたけれど、大学生になり、やることも、やりたいことも、できることも増えると当然のように疎遠になった。どんな時でもいつの日でも一緒に居たいと言われて付き合いはじめたわけだが、会えないことに不満はなかったし、正直にいうと、別れを考えることが何度もあった。男同士であることだとか、自分の時間と相手の時間が擦りあわなくて不在着信ばかりがたまっていくことだとか、「女の子と遊んだ」「煙草を吸ってる」「休みなのに用事があることにした」なんてくだらないレベルの内緒にしておかなきゃダメなことがどんどん増えていくことだとか、「いて当たり前、いつかいなくなって当たり前」に慣れていったりだとか。とにかくいろんなことが不安で怖くて、何度も別れようとしたのだ。けれど別れずに一日、一年を積み重ねてもう六年だ。ずるずるとなんにも変えられないまま六年ともいえるが、よく言えば、こんなにも一緒に過ごすことができていた。 これはちょっとすごいことじゃないか?なんて。右手を開いてピンと伸ばした五本の指をぼんやり眺める。今まですこしずつ、古賀と恋仲である事実から逃げていたけれど、五年を越えてやっと素直にすごいと思えるようになっていた。だから、鞄と時計を用意していたのだけれど。 「ペアリング?」 二ヶ月ぶりに会った昼下がり。ちょっと散らかった古賀の部屋でなにをするとはなしにくつろいでいたところに提案されたのだ。 「うん、もうそろそろほしいなと思って。次の記念日に作れたらいいなと思うんだけど」 古賀は携帯電話をいじりながら言う。手嶋は無意識に右手に視線を投げた。五本の指をぼんやり見つめる。 「わかった」 たった四文字、たっぷりと時間をかけて返した。 そんなこんなで紅葉も色づいてきた秋のはじめに、手嶋と古賀はペアリングを作りに出掛けた。よくありがちな「彼女に秘密で作りたいので」なんて理由をでっち上げていろんな指輪を試す。肌の色も近いので、なんて、本当に言い訳でしかない。対応してくれたのは四十路ほどの女性だった。きっと興味のないだろう言い訳に丁寧に返事を返してはあれこれと勧めてくれた。 最初はシルバーしようと思ったのだけれど、肌の色が思っていたよりも白かったようで、リングが浮いて仕方がなかった。でも色として無難なのはやはりシルバーだろうし、と左手の薬指で居心地悪そうにしているリングを眺める。眺めていてもちっとも馴染まない。 「古賀どうよ」 「ういてる」 「よなあ」 うんうんと二人して唸っていたら、見かねた店員が、こちらはどうですか、と違うリングをすすめてきた。 「後々のことを考えると手入れも楽ですよ」 差し出された指輪はホワイトコールドだった。オレはシルバーリングをはずして、ホワイトゴールドのリングをつける。それでもまだ違和感はあって、オレはだんだんと惨めな気持ちになってきた。やはり形に残すなんて、やめよう。こんな、きっとなにをはめてもつけても、浮わついて見えるに違いないだろうし。やめよう。ホワイトゴールドのリングをはずして店員に返す。古賀に帰ろうと告げようとしたけれど、古賀はこちらを見ちゃいなかった。右奥のショーケースをじっと見つめていた。 「あれは?」 「ああ、あちらですか。お持ちしますね」 よくわからないままのオレになにも説明しないまま、店員と古賀が和やかに話す。確かにあのお色味ならきれいに見えると思いますわ、と店員が言う。差し出されたのはピンクゴールド。オレは泣いてしまいたくなった。だってこんな可愛らしい色似合うわけなんてないし、柄でもない。こんな可愛らしい色。 「きみたか」 思わず弱りきった声が出たけれど、古賀は気にもとめずに、着けてみろと促す。オレは諦めてピンクゴールドのリングを薬指に通した。 これがまた、意外にもきれいに馴染んだのだ。 「よし」 古賀が呟いたかと思うと、財布を出して、クレジットカードを店員に渡す。記念日とイニシャルも、と告げたのを聞いてしまって、オレは身体中の血液が沸騰したような錯覚を起こす。体が熱く、頭がいたい。 指輪は短時間で出来上がり、裏面にはしっかり記念日とイニシャルが刻印された。恥ずかしい。なんて恥ずかしい。小さな黒い紙袋に仲良く二つまとめて入れられて、古賀が受け取ってご退店。 オレはてっきりこのまま帰るものだと思っていたのだけれど、店をでて五メートルも歩いていないだろう地点で、紅葉でも見ようと古賀がいった。オレは断る理由もないので頷く。どこの紅葉を見に行くのかなんて知らないのでなんとなく歩幅を会わせてついて行く。頬を撫でる風か冷たくて、すこし血液の温度がさがった。金木犀の香りがそこかしこから立ち込めていた。秋だなあ、と感じる。こんな秋をもう何年も過ごしてきたのだ。傍らの男と。 たどり着いた先はなんてことはない小さな公園だった。滑り台とブランコしかない公園だ。座るベンチもないので、しようがなしにブランコに腰かけて公園に植えられた紅葉を眺める。公園全体にまんべんなく植えられた広葉樹はそれなりに見事なものだった。 「適当に飲み物でも買ってきたらよかったな」 ブランコを揺らしながら言うと、古賀は、いらないと断った。ごそごそと音がするので紅葉から古賀へと視線をうつす。古賀は先程作ったばかりの指輪の箱を紙袋から取り出していた。箱を恭しくあけて指輪を取り出すと、陽の光を受ける指輪を眺めて満足そうに眦を下げた。 「純太、手」 「犬みたいにいうなよ」 「いいからほら」 古賀にせかされて左手を差し出すと、古賀は大きな手のひらで包み込むように受けとる、一度指を絡ませて、繋いで、手の甲にキスをする。それから薬指にするりと指輪を通す。ピンクゴールドのかわいらしい指輪だ。裏面には記念日とイニシャルが刻印されている。それのせいかな、それのせいかもしれない。薬指がくすぐったくて、頬が下がるような、口許がうまくしまらないような、力が抜けていくような心地になるのは。 別れようと何度も思っていたのだ。きっといつか別れるから、こわくないように、いつかをおそれなくてすむように必死になっていたのだ。片手以上の年数を共にして、それはすこしずるい考えだと思ったから鞄と時計を用意していたけれど、本当は作りたくなんてなかったし、形になんてしたくなかったけど、指輪を作りたいと言うのに頷いたのだ。後ろめたかったから頷いたのだ。今でもその気持ちは捨てきれてはいないのだけれど。 紅葉は燃えるように紅く、頬を撫でる風は冷たかった。金木犀のかおりがしている。こんな秋をこれからもこの男と過ごすのだろう。 |