朝一番、着信音に起こされた。電話は悠人からのもので、オレは五コール目にしてやっと通話ボタンを押す。なかなか繋がらなかったにも拘らず悠人の声は平静そのものだった。むしろ、ここ数日の見事な秋晴れを思わせる朗らかな声音ですらある。起き抜けの耳にはひどく優しく聞こえる声で悠人がいった。

「焼き肉食べたくないですか?」
「……奢りなら」

もそもそと答えて欠伸をひとつ。ぐう、と腹が鳴るのを感じる。聞こえたわけでもないだろうに、悠人は声をあげて笑ったあとに「じゃあ十三時に駅に」とだけ告げて電話を切った。


どうせ焼き肉だからと黒の七分袖にジーパンで駅に向かう。まだ秋になったばかりだと思っていたけれど、太陽が隠れるとすこし寒い。それに肌を撫でる風も冷たかった。上に一枚羽織って来ればよかった。空はさっぱり晴れていて、羊雲と鱗雲がふよふよ流れていた。街路樹が紅く色づいていて、ああいいな、カルビが食いたくなる、なんて。自分は結構食べるから、奢りというならきっと食べ放題だろう。昼下がりから焼き肉だなんて最高だ、ついでにビールも飲めれば。そうだ、飲み放題もつけてもらおう。駅に向かう足取りは軽い。

待ち合わせ場所にはすでに悠人がいた。ジーパンに深緑のシャツを着て、くすんだ赤のライダースジャケットを羽織っていた。悠人はオレを見つけるなり猫のように近づいてくる。オレの服装を見て「寒くなかったですか?」と尋ねる。オレは、まあ、とかなんとか適当に返しながらも早くいこうと急かす。悠人も、そうですね、なんて適当な返事をして、じゃあ行こうかと歩き出す。なんとなく横並び。足の向く先が、先程オレの歩いてきたほうだったので、なんでわざわざ駅なんか待ち合わせにしたんだと言うと、しれっとした顔でちょっとでも一緒に歩きいからだと宣った。二人揃ってのたのた歩いていると、街路樹が立ち並ぶ道まで戻ってきた。ああ、やっぱりカルビみたいだ、なんてボンヤリ考えていたら、悠人が横で声をあげた。

「すごい真っ赤になってる、カルビみたい。」
「バカだろ」

まさか同じことを考えるなんて思わなかった、というのは嘘で実はちょっと予想していた。変なところだけコイツと似るのだ。

「いいな、たくさん食べたくなる」
「そのつもりだ」
「そりゃよかった。お腹も減ったし、急ぎましょう。どうせならお酒も飲もうよ」

まったくもって、変なところだけよく似てる。


連れてこられた焼肉屋は、食べ放題などではなかった。ちゃんと一皿一皿に値段がついてる普通の焼肉屋だ。しかもなんだかお値段がお高いようにみえる。

「お前金あんのか?」
「一応銅橋さんを満足させるつもりでは来てるけど、でも足りなくなりそうだったらごめんね。どこか牛丼屋にでもいこう。満腹にはさせてあげます」

オレはメニューを睨みながら本当に遠慮なしに食べてもいいものか悩んでいた。それに気づいたのか、悠人は「らしくないなあ」と呆れてみせる。そんな悠人にムッとしたいところではあったが、メニューにのった値段を見てやはりまた悩む。とりあえず米でも食うかと、丼ものを頼むことにした。

結論からして、たいそう満足した。とりあえずで頼んだ牛鉄火丼は旨かったし、カルビもハラミもロースも食えて、なんとビールまで飲めた。野菜もそこそことって腹もしっかり満たされた。そんなに品数も頼んでなかったように思うが、確かに腹は膨れていた。

「お金、足りそうでよかった」
「おう、そりゃよかった」
「満足しました?」
「まあな」
「それはよかったです」

それでさ。悠人が言う。すこし顎を引いて、なんだか今から勝負でもするような表情で。

「セックスしたくないですか?」

明け透けな言葉に瞬きひとつ。それから、平らげた肉の数々を思い出す。どれもうまかった。いい肉だったし、酒も飲めた。そんでもってタダ飯。拒否権はないように思えた。ひどい罠だ。

「オレはさ、街路樹の朱色みて、カルビが食べたいだなんて言ったけど、そんなものよりよほど銅橋さんの髪を撫でてすいて、恥ずかしがるあなたにキスのひとつ、してやりたいなって思ってたよ」

秋晴れのような声だった。表情はいまだ好戦的でぎらついていたけれど、声だけは朗らかでやさしい声だ。ひどい罠だ。くそったれと吐き出しそうな言葉を噛み潰して、我慢できずに舌打ちひとつ。ちゃんと満足させてあげますから、と悠人が笑った。


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