いつだって迷わず捨ててほしかった。もしインターハイでお前達についていけないようなことがあったらきっとそこがオレの限界だろうからお前達は迷わずにオレを捨ててゴールを目指してほしかった。もしお前が生活していくなかでオレよりも好きだと思える人が表れたのなら男でも女でも構わないからやっぱり迷わずにオレを捨ててゴールを目指してほしかった。けれど、結果としてインターハイではまったくついていけなくなると言うことはなかったし、ちょっと厳しいときやもうここいらかな、ってなったときにみんなが助けてくれてオレはゴールを踏めたし、今泉はいまだにオレと付き合っていて、オレの前でこれでもかと言うくらいに顔をしかめてオレを見ている。

「オレは手嶋さんにいつも呆れさせられている気がします」

ちょっと怒ったように今泉は言った。ちょっとだけしか怒ってないのは、きっともう慣れっこになってしまっからかもしれない。オレは今泉によくよく念を押していっていた。お前顔がいいし、才能もあるし、金もあるし、まだ若いし、これからもっとたくさんの人にも出会うから、なにかとオレを天秤にかけなきゃいけなくなったときは迷わずにオレを置いていけよって何回も何回も言っていた。最初にこのような話をしたのは付き合う前だった。


たぶん、というか絶対にオレの方が先に今泉を好きになっていたんだけど、告白してきたのは驚いたことに今泉からだった。手嶋さんは青空の色が好きだと聞いたので、とはにかんだヤツはオレの好きな青色を背負ってオレに告白してきたのだった。好きです付き合ってください、のありふれた一言がやけに可愛らしく響いて聞こえて、断らないといけないと脳が訴えていたのについコクリと頷いてしまったのだ。オレはたしかに今泉のことが好きだったし、そのとき今泉がオレのことを好きだと思う以上にオレは今泉のことを愛しく思っていたけれど、その想いはけっこう長いことあたためて拗らせてきたおかげで独りでに完結してしまっていて、だからこそ今泉の将来とか未来とか価値とかそんなことを考えて考えて考えつめて今泉を好きなことは誰にも言わないでおこうと決めていたのに。頷いてしまったのは惚れた弱味だった。オレは今泉にはどうしようもなく弱くていつだって負けっぱなしで、そんなことはとうの昔に何十回と経験してきたのに。オレは青空を背に夕焼けに照らされたみたいな頬をした今泉を見ながら親心を滲ませるように言った。

「もし気が変わったらいつでも捨ててくれてかまわないから」

今泉は夕映えの頬をさっと宵の色にかえた。きっと悲しんでいたのだと思う。



好きがたたって別れを切り出す強さもなかったので、付き合ってしばらくしても考え方は変わらなかった。別れるときは捨ててもらうと決めていた。勝手な話だとわかっちゃいるが、やっぱりオレは今泉が思っているより今泉のことが好きでいて、自分から今泉を捨てるような真似ができるなんて想像のうえでもできそうなかった。でも今泉に捨てられるところは現実のように想像できた。それは今泉の将来とか未来とか価値とかを考えていた頃の延長線でしかなかったので、色やにおいさえもつけられるほどに鮮明な想像であり妄想だった。ただ、今泉は情のある男だったから一度手にしたものを無惨に捨てることはしないだろうし、育ちがいいからいろんなことが馬鹿丁寧で、だからきっとオレを捨てるときも迷うのだろうとおもった。

「もしお前がなにかとオレとで選択を迫られたならいつだってオレを捨てろよ。将来であったり、女であったり、男であったり、親であったりさ。なにかはなんだっていい、でも捨てるのはオレにしろよ」

寝物語を聞かせるように言った。今泉はやっぱり悲しそうにしたけれど五回もすぎれば「オレはアンタをくまのぬいぐるみのように欲しがったわけじゃありません」と怒るようになり、十回を越えれば呆れを含み「はいはい」といってオレの頭を撫で付けるようになった。寝物語を聞かせていた王子さまはいつしか王様の手を持っていて、十五回目をすぎたころからオレは今泉の手に慰められ五歳も満たない子供のようにあやされながら眠るようになった。

機会があればいつだって言ってきた言葉に今泉はもはや動揺すら見せなくなったが今日ばかりは違ったようで、いつしかのように呆れと怒りの間をとった様子で(しかし怒りの方が幾分強い)ため息をひとつ重苦しく吐いて、いまだ湯気のたつココアを飲んだ。一口含んでゆっくりと飲み落とす様を眺める。今泉が眉間に皺を寄せて「あのさぁ」と遠慮のないものいいで溢す。

「手嶋さんはオレがどんな思いでアンタに告白したと思ってるんですか。オレが最初っからゲイだとでも思ってるんですか。アンタあのときオレの方が先に今泉のこと好きだったよ、とか言ってこっち喜ばせておいて、気が変わったら捨てろって言われたときのオレの気持ち考えたことありますか」
「そんな昔のこと根深く掘り起こしてくるなよ」

宥めてやると今泉はじとりとした視線で批難してくる。王様が王子さまに戻ったみたいでちょっとばかしくすぐったく思えたけれど笑ったらきっともっと怒るだろうから懸命に堪えた。けれど、月日を重ねて飄々とする癖が板についたオレはこんなときでもちゃかした声しか出せなくて今泉はなかなか宥められちゃくれなかった。シャープな輪郭を崩すようにむっと頬を膨らせて僅かばかり幼さを見せながら今泉は不平を垂れる。

「いいえ、この際だから言います。手嶋さんオレのこと好き好き言うくせにオレのことちっとも考えないじゃないですか」
「そんなことねーよ。考えたからこそいつでも捨てろっていってる」
「オレの人生とかじゃなくって気持ちの話です。なんでオレのことが好きなくせにオレに愛されてくれないんですか」

ころん、と音がたつように今泉の唇からこぼれた言葉が自分でも驚くほどオレの胸を撃った。なんであいされてくれないんですか、だって。伊達に告白にバラの花束なんかじゃなくてオレの好きな青空を従えてきた男はやっぱり違う。オレが好きな男はやっぱりやっぱり格が違う。口をあんぐりと開けて呆然としていると拗ねたみたいに今泉が手嶋さん、とオレを呼んだ。いとおしいとこれほどまでに思っていることをどうやって伝えたらいいかがオレにはさっぱりわからない。

「今泉、オレはさあ、お前が大事で、だからお前の重荷にはなりたくなくってさ、それだけなんだけど、それほどなんだけど、さ」
「手嶋さんのことを好きだって思ったときに、男だとか親だとか将来だとか全部考えたんですよ。オレだって。それで、そういうの全部よりも手嶋さんがいいって思ったから告白したんです、アンタが言ってるナニかとやらはもう比べて選んで全部捨てたあとなんです」
「……うっそ」
「本当、」

今泉が勝ち気に笑った。オレはぱちぱちと目を瞬く。今泉はまだ若い。将来とか未来とかがこの先にあって、才能も金もあるし顔もいいし、きっといろんな出会いがある。オレは自分で言うのもなんだがわりとお荷物になるような人間で、たぶんというか絶対に今泉にとって利益は産めない。だからこの先にあるいろいろに対してオレが不都合になったら今泉は迷わずオレを捨ててほしかった。なぜならばそれが『最善』だからだ。オレは今泉が好きで大切で大事で、だから好きなものを好きなようにしてほしくてそうする折りにオレがいて困るくらいならやっぱりオレのことを捨ててほしくて、でもそれは今泉が愛しいからで。

「オレは手嶋さんを選んだわけですけど、手嶋さんは?」

今泉がはにかんで言う。あいにくと青空は背負っちゃいないが言葉がでなくて返事がわりに押し付けた唇はココアの余韻も手伝ってオレが好きなチョコレートの味がした。

まったく、オレが愛した男はにくいね。


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