入学式の日は、ロードバイクではなく徒歩で学校に向かっていた。それが今ではもっぱらロードバイクだ。学校は坂の上にあるものだから、徒歩よりも断然ロードバイクの方が楽だった。バスも出ているけれど、家から学校まではそう遠くもないし、バスを使うほどじゃない。もともと近さで選んだ学校だったから。

もし、本当にロードバイクを辞めていたら、オレは三年間この道を歩いていたのだろう。

休日の練習は朝の八時に裏門に集合して、ピエール先生が門の鍵を開けるのを待つ。最初の頃は正門に集まっていたのだが、裏門坂の方が距離が短く、ついでに斜度が高いから登りの練習にもなるといって自然と裏門に集まるようになった。
坂を登りきるとすでに鳴子と今泉、そして鏑木の姿があった。軽く挨拶をすると威勢のいい声が二つと落ち着いた声が一つ返ってくる。携帯電話を懐から取り出して時間を確認すると八時五分前だった。じゃあもうすぐ残りも来るな、と思ったのと同じくらいに光の反射とともに小野田と、それに続いて青八木の姿が見えた。手をあげて「おはよう」と言うと、青八木もふらりと手をあげた。だいぶしんどそうに坂を登ってくるので、他人事ではないながらも「青八木は坂が苦手なんだなあ」と苦笑する。対して、坂が好きな小野田はにこにことしながら頂上を踏んだ。少しも息が乱れる様子がなく、おはようございます、と軽やかに告げる。おはようと返してやって、小野田が鳴子と今泉の輪に加わるの横目にみながら、青八木に話しかけた。
「青八木、息整えながらでいいから聞いて。今日なんだけど、古賀、杉本兄弟、寒咲は遅れてくる。古賀は合宿で無茶したから念のため病院。杉本兄弟と寒咲は備品の買い出しに走ってもらってる。合宿走りきれなかった一年は段竹先頭に外回りだ」
青八木は大きく息を吐いて呼吸を落ち着けてから、こくりとうなづいた。

部室に入ると、青八木が一番に換気をしてくれるので、オレはホワイトボードにあらかじめ考えておいたメニューを書き出す。昨日の練習で坂と平坦のタイムを測ったので今日はそれによってできた課題の克服だ。パンパン、と手を叩いて注目を集める。
「はい、じゃあ今日のメニューな。今から二時間基礎やってから個人練習。昨日出たタイムでできた課題潰してくこと。必要なら誰かと組んでやってもいい。正午に部室集合して一時間で飯、そのあとまた二時間基礎練習してからチーム練習。六時に解散予定で居残りは九時までな。質問ないなら各自練習」
ぞろぞろとみんなが散っていくのを眺め、自分もローラーの準備をしようとしたところに青八木に声をかけられた。
「純太、よかったら個人練付き合って欲しい、坂」
「いいよ、オレも登れるようになりたいし」

青八木との個人練習は正門から出発して繁華街をとおり裏門まで行ってから、また正門まで戻るルートにした。お互い課題は、坂でのスタミナ不足やコース取り、それと速さだったから、平坦では温存すること、正門のくだりはゆっくりと走って道をみること、裏門坂の登りとくだりは速度を意識し、正門坂の登りではコース取りを意識することを決めた。それとお互いの走りを観察すること。
「じゃあ行くか」
青八木がうなづいたのを確認してから、なだらかな坂を滑るように走る。そういえば、青八木のことはこの坂で見つけたんだった、なんて。どうしても思ってしまう。もしあの時、オレがバスを利用していれば、青八木が自転車に乗っていなければ、もし一分時間がずれていれば、今には至らなかっただろう。そう思うと感慨深いものがあった。青八木に出会わなければ、もちろん今キャノンデールのハンドルを握りしめてはいないだろうし、一年の頃にさんざん惨めな気持ちにならなかっただろうし、インターハイの熱に当てられることもなかったろうし、チームを組むなんて絶対ないし、中学のときの悔しさをえぐりだされることもなければ、胸が震えて叫びだしそうなほどの興奮を知らなかっただろうし、主将になんてなってなんかいない。そうおもうと今に至るまでのきっかけは全て青八木だったんだなあと感じる。不思議な心地にすらなる。今を作った男が、並走している。
「なあ青八木」
オレはなんだかちょっと嬉しくなっていた。この三年間悔しい思いもしたけれど、でもどれも得難く、捨てられないことばかりで、それを作ってくれたのが青八木で、その青八木が今もオレの横にいることにドラマチックさすら覚えていた。どんなときでもべらべらと喋ってしまうのだけれど今ばかりは別で、喋りたいというよりも伝えたいと思った。
「オレあの時青八木に会えてよかったと思ってるし、声かけて良かったなって思ってる、自転車続けられてよかったって思ってるよ」
気恥かしさなんてどこかに置き忘れたみたいに小っ恥ずかしいことを告げると青八木はむっとして少し怒ったみたいな表情をする。そうして、いやに強い声で「ちがう」と否定の言葉を口にした。オレはちょっぴり驚いて目を瞬かせる。青八木が言葉を続けた。そうじゃないだろ。
「オレに会わなくても、声をかけなくてもきっと同じような今があった。純太は自転車が好きだし、どうせ離れられないし、オレがいたから続けたわけじゃない」
「そうかな」
「そうだ」
あっさりと水をさされ、舞い上がっていたのが自分だけみたいでとたんに恥ずかしくなってきた。照れ隠しに人差し指で頬をかく。今は何を言っても恥の上塗りになりそうだった。しばらく無言で走っていたけれど、くだり坂の終わりが見えてきたころに青八木が声をあげた。
「純太はもともと誰かを引き上げることができる人で、あの日オレと出会ったから今オレが横にいるだけで、出会わなかったらオレが別の誰かになっていただけだ、けど、純太と一番を目指すのがオレで良かったと思ってる」
「……やっぱりオレは青八木に会えてよかったよ」


正午に部室、と言っていたけれど、ちょっと遅れてしまった。部室内には外回りに行っていた一年も、個人練習をしていた二年も、遅れてくると連絡があった古賀たちの姿もあった。どうやら本当に最後だったようで、急いで点呼をとる。みんなちゃんと帰ってきていることを確認してから昼休憩に入った。じゃあみんな飯、と言った瞬間に青八木が一年生たちに手を引かれ部室を出ていった。田所さん直伝の酸素音速万回噛食物摂取がみたいとなつかれているのだ。オレは苦笑を零しながらも弁当を持って部室を出る。風の通らない部室で食べるくらいなら、どこか木陰で食べようと思ったのだ、
空いているところはないかとふらついていたら古賀を見つけた。こちらには背を向けているけれど、たぶんメリダの整備をしている。
「古賀、飯は」
背後にゆっくり近づいて尋ねると、古賀は露骨に「なんだ、お前か」というような表情をした。
「お前な、すこしは繕えよ」
「飯は病院終わったあと中途半端に時間が余ったから先に済ませた」
「脚どうだった」
「別にどうってことない」
「そっか」
どことなく気まずい沈黙が流れる。
「飯は」
「あ、ああ。食べる」
答えたあとに移動すればよかったと後悔したけれど、出た言葉はもとには戻らない。今更やっぱり違うところで食べるというのも不自然な気がして古賀より少しはなれたところに腰を下ろした。
古賀を見るとき、どうしても肩や脚を気にしてしまう。痛ましい包帯や、硬いアスファルトに打ち付けた痣が今も残っているんじゃないかと錯覚する。もちろん、そんなことあるわけもない。
古賀はオレの憧れの選手と言っても良かった。今でこそ坂に力を注いでいるが、前まではずっとオールラウンダーを志望していたから、古賀のように走れたらどれほど楽しいだろう、とか、あんなにも飽きるほど走り続けられたらどれほど気持ちいいだろう、だなんて夢を馳せていた。オールラウンダーといえば今泉もそうなのだけれど、今泉と古賀とは別で、今泉のように走りたいと思うことはなかった気がする。高校に入ってからはいつも走りに対する羨望は古賀に向いた。ほんとうに羨ましかった。
だからこそ、古賀が無茶をしたことも、一年をふいにしたことも、オレには重たくのしかかった。ずっと「あんなふうに走れたら」のお手本でいてほしかったのだ。
卵焼きを口に放り込みながら古賀がメリダを整備しているのを眺める。彼が一年の頃よりもメリダは綺麗になったように見えた。それだけメカニックとしての腕が上がったのだろうなと思う。それほどに一年は長かったのだろう、と。
「主将はどうだ」
「まあまあかな」
「変わってやろうか」
「冗談」
「そうだよ、冗談だよ」
ガリ、と石を噛んだような気がした。本来なら、本来ならば。古賀が主将になるはずだったのだ。怪我がなければ、普通にいけば。そのために金城さんからたくさんの教えを受けていたし、一年の頃は先輩たちとオレ達一年とのパイプ役をしていたし、二年の時だって、連絡や事務や補佐に駆け回っていた。オレが自分のことで目一杯の時に古賀は部のことを率先してやっていた。怪我さえなければ、オレがもっとしっかり止めてやれたら、時間を巻戻せたら。
「ごめん」
古賀が一年をふいにしたことは、オレにとって心苦しいこと。
「なにが」
「お前の一年を、たぶんオレが無駄にした」
「はあ?」
古賀は握り締めていたレンチを置いてため息をつく。眉間に親指を押し当てて、まるで頭が痛いと言わんばかりだった。
「オレの一年はオレの一年だし、オレに無駄だった時間なんて存在しない」
「乗れなかったろ、メリダ」
「それでなんだ。だから無駄だったってか、勘弁しろ。勝手に決めるな」
古賀はまたため息を一つ吐いた。眉間をほぐしていた手でメリダを撫でる。
「オレはたしかに怪我をした、一年間まともに走れもしなかった、けど、だからこそ今年お前たちを全力でサポートできる。そのことに不満はない」
「華の舞台に立ってるお前に憧れてた」
「その舞台を今度はお前が走るんだろう」
オレはなにも言えなくなって、また卵焼きを口の中に詰め込んだ。歯で噛み潰すとやはりガリ、と鈍い音がする。
「そんなことよりさっきからガリガリなに食べてるんだ」
「石」
「石?」
「冗談だよ、卵焼き、卵の殻が入ってたみたい」
古賀は「ふうん」と一言こぼすと再びメリダに向き直る。オレはそんな古賀の背中を、肩を、腕を眺めながら、あの時オレを見くびらないで走ってくれてありがとう、と心の中で告げた。

チーム練習はまだ今一つまとまりが悪い。さすが個性もアクも強いやつらだなあと痛む頭を抑えながら考える。血気盛んで、負けず嫌いが多いものだから。だれかを立てたり、人に合わせて走ったりというのがうまくいかないのだ。エースは今泉だから、インターハイでは今泉を主軸に走ることになるだろう。今はみんながどうしても一等賞を取りに行ってしまうから、どうにかしないといけない。チーム二人のときは人数も少ないし、なにより役割がはっきりしてたからペースや意識を合わせることにこんなにも難しさを感じなかった。個人練習を減らしてチーム練習を増やすべきかとも思うが、鳴子も鏑木も個人課題がそれぞれあるし、なによりチームで走って不和を出すのはオレとみんなの実力差だ。個人練習が必要なのはオレだった。
点呼と講評を終えて、居残り希望を尋ねると自分だけのようだった。今泉は家で、小野田は外を走って帰るという。鳴子や鏑木は秘密だといっていたがどこかで練習するだろう。青八木も秘密、と言っていた。どうにもスプリンターは秘密主義でかっこつけだ。

部室に残ってローラーを回す。時間が一秒でも多く欲しかった。がむしゃらにペダルを踏んだって速くなれるわけではないし、練習の仕方もちゃんと考えるべきだと思う。けれど今日、今、オレができることはこれしかないように思えた。チーム練習で感じたのはスタミナ不足だ。小野田たちが一年の頃に走ったコースを走り、タイムを測った。結果、いつもよりいいタイムが出たのだけれど、オレだけがひどく疲れていた。まだ地盤ができていないと感じた。そもそも今泉とは基礎の出来が違うのかもしれない。あいつは地味な練習も生真面目に積み重ねてきたのだろう。オレはというと経歴はそこそこ長くはなったが、それほど熱血なタイプではなかったから、もうこれだけやればいいだろう、と結果を見据えず足りないままに過ごしてきてしまったのだと思う。
部室の壁には去年のインターハイで優勝したときにもらった賞状が掲示されていた。残念ながらトロフィーは校長室にあるし、貼り出されている賞状は複写だが、今年入ってきた部員はそれを見てたいそう興奮していた。
気持ちはわかる。
オレも貼り出されたときは思わず触りに行った。トロフィーには手を伸ばせなかったけど。

ガチャリ、と背後から音がして思わず肩をびくつかせた。振り返ると驚いた風の今泉と視線がかち合う。
「いや、驚いたのはオレなんだけど」
「あ、その、坂に行ってるのかと思って」
「今日は基礎詰めようと思って。今泉はなに、どうしたの?忘れ物?」
「はい、携帯を忘れたみたいで」
言いながら、今泉は自分のロッカーを漁る。オレはペダルをこぐ脚を緩めて今泉を眺めていたが、視線はすぐに賞状にもどった。
「なあ」
思わず話しかけてしまう。オレは今泉が負けたところなんて一度として見たことがなかった。オレが出る大会にはいつも今泉がいて、いつも表彰台に立っていた。思えば、インターハイだって、こいつ以外があの高みに登ることを想像できなかった。総合優勝をとったのは小野田だけれど、今泉が表彰台に立つことが、なんだかまるで当然だったかのように思えた。実際、群衆にまみれて見た表彰式、台の上に飛び乗る六人をみて「おめでとう」と、「すごい」と思ったものの、今泉を見て思ったのが「ああ、似合ってる」だった。ああ、お前その場所本当に似合ってるよ、と。空の青さも、パネルの白さも、熱気を孕む風すらもその日のためにつくられた色彩のようだったから。
「インターハイ優勝してうれしかった?」
「そりゃあ」
バカみたいな質問に今泉は律儀に答えた。
「今までの大会と比べて、一番?」
「なんで比べないといけないんですか」
「いやあ、なんとなく気になって」
なんていうのは嘘で、オレが表彰台に立つ今泉をみて憎いと思わなかったのがあのインターハイの日だけだからだ。興奮や感動もあったけれど、今思い返しても悔しいとかはない。
あそこに立ちたかった、出たかったと思いはしても、それはあの六人の誰かを押しのけて、というものでもなかった。もちろん、もう自転車から降りよう、やめようと思うようなものでもなかったし、むしろ小野田の走りにあてられたのもあってか、すぐにでも自転車に飛び乗りたくなったくらいだ。オレにとって純粋に「いいなあ」と思えた景色だった。だから、勝手な話でしかないが、あの日の優勝が今泉にとっての一番であればいいなと思ったのだ。
「まあでもチーム戦で走って勝ったのは初めてだったので、そういう意味では一番ですね」
気を使ってか今泉が言う。
「そうなの?なんかオレ、今泉は負けなし、ってイメージがあるんだよな、ほら、去年の合宿でお前にイヤミ言っただろ、あれほとんど本心だよ」
「なんで掘り返すんですか、あとオレだって言いたくないですけど負けたことくらいあります」
言いたくないですけど、と今泉がしつこく口にするのに苦笑を漏らす。賞状からまた今泉へと視線をむける。携帯も無事みつかったようでなにやら操作をしていた。
「見つかったの」
「はい、今迎えにきてもらいます。時間もったいないんで」
「ロードは?乗ってくより車のほうがはやいの?」
「今の時間ならそうでしょうね、じゃあ連絡ついたので先に失礼します」
「おう、お疲れ様、気をつけてな」
今泉が軽く会釈をして出ていこうとする。その背中にむかって声を投げる。
「合宿で言ったことは本当だし、オレはお前ばっかり勝つもんだから悔しくて嫌になって辞めようと思ったけど、今はもうそんなこと思ってないし、むしろ逆でさ」
言葉を区切ると、今泉は素直に歩みをとめてオレを見る。
「自転車、一秒でも長く乗ってたいって思ってるし、そう思わせたのはやっぱり今泉だよ」
肩をすくめながら告げる。今泉は困惑を隠しもしないで助けを求めるようにオレを見る。へらりと笑いかけてやると、先ほどのように「失礼します」とわずかばかり声量を少なくした声で言って帰っていった。

九時まできっちり残らせてもらったけれど、なんだかまだ走り足りないような気がして、海でも見に行くことにした。

海沿いを走りながら今日を振り返る。いやにセンチメンタルな一日だった。そういえば久しぶりに青八木と走った気がする。古賀や今泉とイヤな話をしたのも、久しぶりだった。夏の夜空は明るくて、月が海面に光を降らせ続けていた。潮騒の音が車輪の回る音と混ざって気持ちが凪ぐようだった。

今のチームはまさしくドリームチームだった。オレはなんだかんだと言いながら自転車を辞めれずにいて、今もこうしてペダルを踏んでいる。辞める辞めると言いながら未練ばかりで、入学式の日、青八木に出会って都合のいい言い訳に飛びつくように声をかけた。結局、なんでもいいから理由をつけて自転車を続けていたかったのだ。言い訳で、理由で、でも青八木がいなかったら、いつだって投げ出せる場所だったように思う。青八木はオレのことを「引き上げることができる人」だと言ってくれたが、もうここまでだろうと弱音を吐いた時に引き上げてくれたのはいつだって青八木だった。
主将になるはずだったのは古賀だと今でも思っているけれど、主将をやりきろうと思えたのは古賀のおかげだった。見るからに力不足のオレと真正面から対峙してくれた。対等な目線であけすけにモノを言ってくれた。勝てたことがないことも、勝ったことがないことも、古賀は全部知った上で走ってくれた。主将になったのだから、勝てなかったころのオレは捨てたほうがいいと思っていた。古賀だって怪我をしたときの記憶なんて、期間なんてなくしたいだろう、そんな澱のある先輩なんて頼りないだろうと思っていたのだ。でも、それは違ったのだ。「無駄な期間なんてない」と古賀が言い切って、中学の頃のオレさえも救われた気になった。
次の主将になるのは今泉だろう。今泉はオレなんかよりも立派にみんなを引っ張るだろう。あんまり認めたくはないけれど、オレが自転車を降りるのも、乗るのも全部今泉のせいだったように思う。今泉の立ち位置に行きたかった。行けなかったからやめたくなったし、今泉の立つその場所があんまりにも魅力的だから自転車をやめたくなかった。自転車における感情のもとはいつだって今泉だった。
切っても切り離せない人たちが今チームとして集まっている。夢のようなチームだ。夢みた場所を目指すのに、もったいないくらいだ。このチームで勝てたら、あの表彰台に立てたら、トロフィーに手を伸ばせたら。

月が雲に隠れ視界がわずかばかり暗くなる。空を見上げる。大きな雲だった。月はしばらく顔を出さないだろう。かわりに、海の向こうは晴れていて、星がささやかに光っていた。オレはペダルを力強く踏み込む。そのまま腰を浮かせてスピードをあげた。小さな過去から積み上げられてきた今が身体の中で暴れているようだった。心臓がはやく打つ。歌いだしそうなほどに快活で、叫びだしそうなほどに気が高ぶっていた。見下ろす世界を想像する。

このまま地平線まで走り出したい気分だった。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -