例えば彼が歩くとき、決まって右足から踏み出すように。例えば彼が制服の上着に袖を通すとき、決まって左腕から通すように。いつだって彼の世界は彼の法律でがんじがらめだった。これはこう、あれはああ、それはそうしておかねばならぬ、そうでなければ。

そんな彼を取っつきにくく感じてしまうのは、きっと仕方のないこと。あれはああ、これはこう、それはそうして。いっそ執念。彼の中の宗教。見えない神様は彼の目の前にしか存在しないのだ。

「しーんちゃん」

呼び掛けると、視線だけで「高尾か」と返事が来る。確認のような瞳の動きはびっくりするくらいに淡い。ブザーが鳴ると同時にポスンと軽やかな音でゴールを潜り抜けたボールは寂しそうにコートの端で転がっていた。落とす必要のない首を落としたあのボールに、神様は宿っていない。見えないけれど、見えるはずもないのだけれど、神様が宿るとすれば。

ありがとうございました。と頭を下げてコートから離れる。祝勝会はきっと不参加。凜と伸びた背筋を追いかける。生真面目な指に手を伸ばす。

「真ちゃん!さっすがエース様。今日もいい仕事でした。おしるこで乾杯する?」

ぎゅう、握りしめることに成功した手のひら。収まった指は三本。しっとりとして少し冷たい指先。きっと神様の宿る指。

高尾自身、馬鹿な話だと思うのだ。高校生にもなって神様だなんだ。ましてや占いだなんて、小学校でもう信じられなくなった。けれど、彼を見ていると、彼の指を、そして、彼がゴールを睨む様を見ていると、どうしても。信じるだとか、信じないだとか、そんな次元ではなくなるくらいに真摯に考えてしまう。

彼の周りの空気は冷たい。ひんやり。神聖なもののようで、少し息が苦しい。彼の瞳は淡く。コートに立つ背中は怖いくらいに清らかだ。ブザービートがなる直前、気がつけば彼の後ろへと走り出す。きれいなフォームを後ろから眺めて、ああ、と声にならない息を漏らす。

何度見ても、一瞬の、ピリと張りつめたあの瞬間が。体育館の熱気をシンと沈めてしまうあの瞬間が。どうにも神に祈るマリアのようで。試合が終わる頃、いつも足りない酸素と少しの光にくらくらしてしまう。

例えば彼がご飯を食べるとき、決まって白ご飯を一口最初に食べること。例えば彼が高尾の名前を呼ぶとき、一息だけ空気を飲み込むこと。少しだけ知っている彼の世界の彼の法律は、今日も彼を軸に世界を回す。その指先には小さな神様。見たことも信じたこともないけれど。しかしそれでも高尾は考える、きっと彼の指には神様が宿っているし、彼がゴールと向き合うとき、必死に神様に祈りを捧げているのだろうなと。

なにせ、彼はあんまりにも神聖で不遜な、高尾の―――。





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