ふと、なにかが薫るように訪れた思考は、ひどく私をたまらない気持ちにさせた。

部屋でぼんやりとテレビを見ていた。バスケのプロ試合、大ちゃんが初めて公式戦に出た時のビデオを意味もなく流していた。快活に動き回り、少し悪どい顔をしてバスケを楽しむ彼はチカチカと眩しい箱のなかでせわしなく走り回っている。あの頃はもっと、純粋な笑顔だったのに、だなんて昔のことを引きずり出してはどうにもならないことだと切り捨てる。あの時、彼と同じ場所で過去も未来も予想し一緒のものを見た気になってはいたけれど、大ちゃんや彼ら選手と私との間には薄っぺらく幅も数センチほどのカラーテープで遮断されていた。大ちゃんだけでなく、選手のみんなはコートに住んでいたけれど、私はそこにはいけなかった。カラーテープの奥へ一歩でも入り込めばたちまち息が苦しくなった。それほどに。

ダン、ダン、ワーワーと賑やかなテレビを横目に少し懐かしさを増した箱入りのアルバムを二冊取り出した。テレビ台の下に置いてあるそれは、いつもチラチラと私の視界に入ってきたけれど、なんとなく触れる気にはなれなくて卒業式に配られて以来開くことなかった卒業アルバムだ。薄い水色のアルバムと、黒に赤いラインのアルバム。

水色のアルバムをぱらぱらと捲ると頬が緩むような、胸が痛むような気持ちになった。なにかを決別するにはまだ若すぎたあの頃、私はなにを考えていたのか。四角く切り取られた日常だった景色はまったく知らない日のようだった。ぱらりぱらりとページをめくり、黒いアルバムに手をのばす。ぱらり、ぱらり。どちらも同じ、過ぎた日々だ。あの頃は、この頃は、なにか周りとは違うとても厄介で悲しいことに取り込まれているのだと勝手に思い込んでは悲壮ぶっていた。たしかに思い起こせば今ですら悲しくて寂しかったとは思うけれど、淡い実感として残るだけで、器用なことに美しく消化されている。

「楽しかったなあ」

今よりは、きっと。そう考えるとなんだかいつも今ばかり苦しい気がして嫌になる。テレビがワッと歓声をあげた。視線を投げると大ちゃんが笑って拳をつきあげている。会場では私も立ち上がって声をあげたなあ、と思いながらきらきらした笑顔の大ちゃんを眺めた。大きな口を開けて、瞳を細めて笑っている。どちらかというと中学時代に似た笑顔だ。その、嬉しそうな、顔が。ふわりと凪いだ、大きな口が自然な動作で閉じられ、唇が小さく動く。

びっくりして、私は手元のアルバムを放り投げ、テレビにかじりついた。巻き戻してもう一度見る。

大ちゃんは、たしかに私を呼んでいた。あんまりのことに呆然とする。しかしすぐにハッとして放り投げたアルバムを拾い上げた。ぱらり、ぱらりとページを捲る。過ぎた過去に色をのせるように記憶を探った。そういえば、ああ、たしかに。彼はいつだって私を呼んでいたのだった。さつき、と。なんてことはないたった三文字を変わることなく。

遮断されたと思っていた。みんな私がとうに入れぬ場所で息をし、傷ついて、なんにも分けてはくれないと悲観していた。男の子なんて単純なんて言葉を理解もせずに口にして。

携帯電話を探す。着信履歴の一番上を確認もせずにコールする。たった三コールで繋がった電話の向こうで彼は笑っていた。

「だいちゃん!!」
「バァカ、おっせぇよ。さつき」

なにひとつ変わらない声に、私はたまらず泣いてしまった。なにもかもちゃんとここにあったのだ。




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