本当はそんなに仲良くするつもりなんてなかった。ただそれだけは確かなこと。だって、那月であろうと砂月であろうとどっちだってよかった。柔和なキャラクターだろうと、ツンケンとした横暴なキャラクターだろうと、俺の人生に深くかかわることなどなく、一過性のものだと本当に思っていた。グループを組んだとしても、そこからユニットとして組むことに(もしかしたら)なったとしても、俺と、那月、もしくは砂月とは永遠に無関係だと思っていた。俺は俺で、那月は那月で、砂月は砂月だったからだ。

バタバタとみんなが走っている。なんだい騒がしいと話を聞く前に「やっべぇ!どうすんだよ!誰か眼鏡捜せ!!」と、おチビちゃんが叫んでいる声が聞こえたので、ああ、またもう一人のシノミーかとあたりが付いた。

「なあに、おチビちゃん。またシノミー暴れてるの?」
「那月じゃねぇよ。砂月だ」
「どっちだっていいよ」

一言切り捨てて拳を握るシノミーを見る。握りしめられた拳のもう一方には消火器。ふぅん、とただそれだけ。やだなあ、かかわると痛そう。怪我しそう。そういうの、いやだなあ。というよりも、その消火器どこの?だとか、そんなことをつらつらと思いながら、ふ、と好奇心。

「那月」

普段は那月のことも名前で呼ばないのだけれど、なんとなく、呼んでみた。意味はない。ただどんな反応をするのかなーとか、そんなくらい。ニィ、と笑ってシノミーを見る。本当、俺としては、四ノ宮那月だろうと、四ノ宮砂月だろうと「そういう容貌」の「そういうキャラクター」という位置づけだったので、どちらでも同じで、どちらでも良かった。那月、と呼ばれたシノミーは、握りしめた拳をほどいて、手に持つ消火器をけたたましい音とともに床に落として、少し呆けたあとにそれはもうあからさまに傷ついた顔をした。

「……砂月?」
「はぁ?」

それに戸惑ったのは俺よりもおチビちゃんの方で、俺はと言えば結構間抜けな声がこぼれた。

「おい、どうした砂月、」

なにかと面倒見のいいおチビちゃんがシノミーに声をかける。腹痛いのか?那月も痛がってんのか?つか本当にどうした?と次々質問で埋め尽くすのに一切とシノミーは答えを返さなかった。答えは返さなかったけど否定の言葉を漏らす。

「ちがう、ちげぇよ、那月じゃ、ねぇ」

那月はこんなことするわけねぇだろ。苦しそうにつぶやいた言葉はなんだか、砂月という存在が、那月という存在を擁護しているように聞こえた。

あの日は砂月がふらふらとどこかへ姿を消して、戻ってきたと思ったらそれはもうシノミーであり那月だった。そしてその日から砂月は俺の前では滅多に出てこなくなった。那月がそんなことするわけない。そんなこと、だなんて、どんなことなのか俺にはまったくわからないのに。

「那月、最近元気だな」

おチビちゃんは嬉しそうに言った。そういえば、那月と同室の彼は砂月から受けるいろいろなものに一番近しいのだった。

「やっぱりもう一人のとは付き合いにくいの?」

聞いてみると、おチビちゃんは眉根を寄せて、こぇーんだよ。とだけ返した。一転不機嫌になったしまったおチビちゃんは、砂月のことが嫌いらしい。

「はやく那月だけになればいいのに」
「そうだね」

おチビちゃんのつぶやきには無責任に返事をしておいた。





別の日。うずくまるシノミーを発見した。最近気がついたのだけれど、自身には他人に興味というものをあまり持っていないらしい。嘘。大分前から気がついていた。

「シーノミー、なにしてんの?」
「……あ?あー、最悪」

不機嫌そうな声に、あ、こいつ砂月だ、と気がつく。

「あらま、那月くんじゃない」
「嫌な奴だな、おまえ」
「どっちだって一緒じゃないの」
「名前呼ぶんなら那月に呼んでやれよ、俺じゃなく」
「どっちだって一緒だってば」

どうやら本当に元気がないのか、腕が振り上げられるどころか、手を握り締めることもしない。けれど、うずくまった体勢から壁沿いにずるずると立ち上がる。頭はたれたままだけれど。

「那月はこんな俺みたいな奴じゃねぇよ、もうまじで、お前くんな、こっちに」

切れ切れに紡がれる言葉がなんだか泣いているみたいに聞こえて、珍しくて、へーふぅんと適当に相槌を返しながら砂月の頬に手を添えた。クイ、と顔を上げさせる。そうして、びっくりさせられる。まさか本当に砂月が泣いているだなんて思わなくて、珍しくて。

「へぇー、泣くんだ」
「うっせぇ、ばーか、」
「なんで泣いてるの?」
「関係ねぇよ」

ぐずぐずと鼻を鳴らし始めた砂月がひどく可哀想に見えた。紛れもない同情心。かわいそうに。そう思って、ふんわりと髪をかきまぜてやった。オレンジの自身の髪と違い、きれいな金色は星の色のようにも思えた。

「かわいそうに、」
「ほんとにな」

憎々しげに返る声は手を払いのけなかった。同情心を皮肉で返されても、かわいそうに、と心から思えた。

「俺はちっとも那月を守れてないんだな」

じゃあ、お前は誰が守るんだろうな、そこまでは口にしなかった。




那月を見るとぐずぐずと泣いていた砂月を思い出した。シノミーという単体ではなく、砂月が守る那月を見て。ふわふわと笑っている那月の裏で、砂月は那月を大切にしてやれないと泣いていた。砂月の身体は那月の身体だ。砂月の腕を切れば那月の腕だって切れてしまう。砂月が起こした行動は、那月が起こしたものと変わらない。意識のもとは違っても、畏怖の目は砂月だけでなく那月にも少なからずむくことを、彼は理解してないではなかった。理解したうえできっと行ってきた暴挙を、俺がきっと崩してしまったのだろう。先日あたりに至った思考は、なんとなくの不条理さを与えた。世の中条理にいくことの方が少ないけれど。なにせ、砂月は後悔ばかりなので。

那月の代わりに行動すれば、那月の時間を奪ってしまったと影で悲しみ、那月のためにと周りを一掃すれば、那月を人から遠ざけてしまったと後悔する。存在すべきじゃなかったと思いこみながらも、那月が傷つかないならばと眉根を寄せて立っている。不憫で仕方がなかった。前足をなくした猫のようで、そうとなれば、那月は絨毯の上で眠る猫のようだった。

「砂月」

那月の時に、砂月を呼んでみたけれど、那月は不思議そうにするだけだった。

「シノミー」
「どうしたの?」
「なんでもないよ」

意味はないとわかっているのだけれど。可哀想なものにやさしくしてあげたいと思うのはなにも不思議なことではないように思えた。

それからも、砂月はなかなか現れなかった。数回、二人きりの時に現れたけれど、彼は嫌悪感を丸出しにして威嚇していたし、なにより、那月に対して、砂月と呼んだことをひどく怒っていた。やさしくされることを怖がっていて、そんな様子に、だから駄目なんだと偉そうにケチをつけては一人で笑っていた。

だから気がつかなかったのかもしれない。砂月が悲しそうにしているのは那月のことでだろうと決めつけていて、結局同情心だけでは無関心とさほどかわりなかったのかもしれない。

とうとう砂月は現れなくなった。まったく、全然、一向に。

果たして、砂月の髪を撫ぜてかきまわしたのは砂月を可哀想にとおもったあの瞬間だけだった。奇遇に会った時も、わざと「那月」と呼んで、たまに「砂月」と呼んでやって、でもそれだけだった。

「シノミー、幸せ?」
「えー、おかしなこときくねぇ、幸せだよ!ぽかぽかするもん」

暢気な答えにむなしくなった。当たり前だ。砂月が出てきていないのだから、那月はなにも傷ついてはいないのだ。傷つくのは砂月の役目だったのだ。砂月の髪はきらきらと星の色に見えたのに、那月の色はただただ金色だと認識するだけだった。

砂月はあんなに近づきがたかったのになあ、と考えて、自分が近寄ろうとしなかったことを思い出す。近づこうとしたときにはもう砂月はいなかった。那月しかいなかった。だから最近、おチビちゃんは上機嫌で、校内破損は少なく、学園は平和だった。

「シノミー」

呼んでみる。この呼び方は主に那月と砂月をごちゃまぜにした、どちらでもいいときに使う呼び方だった。正直、那月は俺の中でどちらでもよいのだ。砂月であろうと、那月であろうと。そういうキャラクター。

「那月」

呼んでみる。思い出すのは砂月ばかりで、目の前の「那月」は至極不思議そうにする。

「砂月」

呼んでみる。泣いていた星の色。嫌そうにつらそうにして、なにもかも幸せそうになかった。

ああ。思いだしては空しくなって悲しくなった。シノミーは不思議そう。那月も砂月も。

那月と呼ぶたびにもう出てこなくなった砂月を思いだす。思い出してしまう。砂月はこれから先、那月の時間を奪わないように、身体を傷つけないようにと身をひそめてしまうのに。那月が幸せになれるようにと、いなかったことになってしまうのに。

「那月、那月、ごめんね」

俺の中ではいつの間にか那月は砂月になっていた。不器用でどうしようもなくて。砂月が本体になっていた。そんなことないのに。でも言いきれなかった。那月という言葉の中に、どうしても砂月を見つけてしまって。

「ごめんね」

すがりつくような言葉は俺と砂月にしか意味を持たない言葉で。



僕のエトワール


消えてしまって、もう光らなくなってしまった星の色。あの時名前を呼んで、触れなければよかった。消えてしまうならもっと触れておけばよかった。もうなにも照らしてはくれないのだけれど。



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