その日は珍しく二人の休みがかち合って、それじゃあ祝いだと昼間から缶ビールを開けた。

オレとしては洗濯物もしたかったし、洗い物もしたかったし、常備食材なんかも作っておきたかったし、ここのところ忙しかったから部屋が荒れていて、だから片付けとか掃除とか、そういうことをしたかったのだけれど榛名はツマンネーこと言うなってと缶ビールを押し付けてきて聞かなかった。プリン体オフ、糖質ゼロのビールはあまり好まない。しかしこの家にはプリン体も糖質もないビールだけが山ほどあった。榛名がCMのイメージモデルだからだ。どうせならもっと日本酒とかプレミアムビールのCMでもとってこいと思う。オレは榛名に負けて缶ビールを片手に洗濯機を回し、掃除機をかけた。ちらりとベランダを見るとよくよく晴れていたので、そうだ布団も干そうと思い立つ。

榛名はソファーに寝っ転がって撮りためたスポーツニュースや芸能ゴシップを眺めていた。これは榛名の宿題のようなものだった。ストレッチやロードワークの一貫のように、いつの頃からかニュースを手当たり次第に撮りためて休みの日に消化するようになった。それがオレには意外で仕方がなくて(なにせオレの知るところの彼はニュースや世論やゴシップなんてものにはとことん興味がない)スポーツニュースはともかく芸能ゴシップなんか見るんですね、と言ったことがある。返ってきた答えといえばなんのことはないバラエティー番組に出たときに横に座った人の名前も知らなければもちろん未婚か既婚かもわからず怒られたからだという。

榛名らしい、と思った。自分だって芸能人に全く詳しくなんてないけれど、そういうことに榛名はとことん疎いという印象が強くあったから。缶ビールがいつの間にか空っぽになったので冷蔵庫からハイボールを取り出す。最初こそやりたいことがあるのに酒なんてと眉をひそめたけれど、飲みはじめると空の青いうちから飲む酒は旨い、ような気がする。プルタブを引くとプシッという気味のいい音がする。ちょうど返事をするように洗濯機がピーピー鳴いて洗濯が終わったことを告げた。

オレはハイボールを煽りながら洗濯機のほうに歩いていき、洗濯籠にすこし湿った衣類を突っ込んで居間に持っていく。榛名は金を持っているくせに庶民的なものが好きなようで、彼が買った寝床はどこにでもある普通のマンションだった。オートロックがついてはいるけれど、でもそれだけだった。お隣さんはOLと三人家族だし、つまりはそんなに高くない。本当に普通のありふれたマンションだ。玄関をあければ、システムキッチンとテレビとソファー。右手には洗面所と風呂と洗濯機。部屋は寝室と榛名の部屋と、いつの間にかオレの部屋になっていた一室の3つだけ。

オレは榛名が寝っ転がるソファーの横に座り込むとハイボールを床においた。洗濯物をぶちまけて、一緒に持ってきたハンガーにかけていく。テレビは相も変わらず録画されたニュースを流していた。『ついに結婚!』の文字がバンッと映し出された画面にどうやらゴシップニュースであると検討づける。そういえば。

「アンタもそろそろ結婚とか考えた方がいいんじゃないですか」

タカヤどうせならオレんとこ来いよ、と誘いかれられたのはもう何年も前のことだろうか。そのままずるずると今を続けてきたけれど、気がつけばオレも榛名ももう四捨五入すれば三十路である。腐れ縁がこんなにも続いていることにも驚いたけれど、男二人が三十も間近になって昼間っから女っ気もなしに安酒を飲んでいるのはあんまりではないだろうか。オレはもとより、プロ野球選手で、収入もあって、顔もそこそこなこの男がそんなにも寂しくって、いいのだろうか。ちらりと横目で榛名を見るも、彼はビールをぐびりと飲んだだけだった。もしかしたら聞こえてなかったのかもしれない。オレはもう一度言うことにした。

「アンタもそろそろ結婚とか考えた方がいいんじゃないですか」
「なんで」
「いや、なんでというか、もうそういう歳ですよ」
「結婚したって飯食って酒のんでセックスするだけだろ」
「いや……?いや??こう、なんでしょう、ただいまとかおかえりとか言い合ったりとか、キスしたりとかあるでしょう」
「タカヤいんじゃん」

榛名がつまらなそうに言う。そういえば、たしかにオレと榛名は一緒に飯を食って、酒を飲んで、セックスをするし、ただいまもおかえりも言うし、キスだってする。オレはなんだか納得してしまって、そうですね、とだけ応えた。床においたハイボールをとって、一口のんでから置く。洗濯物を全部ハンガーにかけ終えたので抱えるようにしてベランダに持っていき、物干し竿にカン、カンとかけてから寝室に布団をとりにいく。よいしょ、と声をこぼしながら布団を桟にかけて、ついでだから少しはたいておこうと布団叩きを取りに部屋にいき、まだ残ったハイボールと一緒にまたベランダにもどる。ごく、とゆっくり酒を煽りながら布団を叩く。いい天気で、いい空で、酒はうまい。

あれ?

ちょっと待てこれはおかしいんじゃないか。ハイボールが空っぽになった。布団叩きを地面に投げ落としてオレは榛名のもとへともどる。その前に冷蔵庫からビールを取り出した。榛名が「オレも〜」と気の抜けた声をだすので、はいはいと答えながら榛名の分のビールも取った。榛名にビールを渡してソファーの横に座り込む。テレビはサッカーのダイジェストに変わっていた。ゴールシーンばかりが細切れに映し出される。

「アンタもそろそろ結婚とか考えた方がいいんじゃないですか」
「タカヤがいんだろ」
「オレはいないと思ってひとつ」
「んだァ、それ」

けらけらと榛名がおかしそうに笑う。

「どうしたってお前がいんのにいないってのは無理だろ」
「結婚とオレとはまた別のはなしじゃないですか」
「なにタカヤ結婚してーの?」

榛名が起き上がってまじまじとオレを見る。まあ座れよ、とソファーのあいたところをぽすぽす叩くのでオレは素直にソファーに移動した。そんなオレの頭をまるで小さな子どもにするみたいに榛名の左手が撫でた。

「タカヤのいう結婚ってなに」
「もう三十路ですよオレら」
「うん」
「プロ野球選手榛名元希的にはもうしておいたほうがいいと思うんです」
「タカヤがいんのに?結婚ったって、さっきも言ったけどよ、飯食って酒のんでセックスするだけだぞ」
「おかえりもただいまもキスもあります」
「それ全部タカヤとしててさ、それ全部タカヤとが一番楽しいってオリャ思ってるワケだけどお前はいやなの」

榛名の声があんまりに穏やかなのでオレは驚いて榛名を見た。オレの頭を撫でる手を振り払う勢いで視線をあげたものだから、オレの頭を撫でていた左ではころんと落ちて首筋を撫でた。そのままするりと頬をくすぐる。榛名が言った。

「お前がオレといるのになんの疑問もないようにすんのに何年もかけたのにそれでもオレに誰かと結婚してほしいワケ」

あれ?と思う。思ってる間に触れるだけのキスをされる。反射で閉じた瞼をひらくと榛名は悪ガキさながらに笑っていた。もう今さらだろ、と言って、それから、酒はウメーかと聞いてきた。オレはちょっと考えたあとに、次は日本酒とか、プレミアムビールのCMでもとってきてくださいよ、と返した。



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