ともに走り続けている人がいる。私は、まだ幼い純太に見初められて道をともにすることとなった。地上にあるなによりも速く、ただ駆け抜けるために作られた私は、純太を乗せて車よりもはやく走った。純太の友達と平行して風を切り、空を開いた。私は純太と走るのが好きだった。彼はよく笑う子で、よく歌う子で、とても優しい子だった。まだ慣れない手つきで慎重に整備してくれた、厳しい山を足をつけずはじめて登りきったときに労ってくれた、私をとても大事にしてくれた。私は純太のそんな気持ちに応じたかった。

純太の瞳が空でなく、地面を見るようになりだしたのは、純太とともに走りはじめて二回目の春だった。速さを競う大会に出たことがあったのだけれど、彼の順位は芳しくなく、表彰台を一頻り眺めたあと、ゆったりとペダルを踏んで帰路につきながら私に「ごめんな」と謝った。そんなことがもう何回、何十回と続いていて、ついには視線だけでなく頭も垂らす。

「こんなもんか」

力なく漏らされた言葉まで地に落ちてじわりと染みた。彼が言葉を落とした夜、私はことさら丁寧に整備された。普段はきれいにされないところも細かく磨きあげられた。傷だらけで無茶をさせたと彼は笑った。

「もうやめるんだ」

私は純太だって傷だらけで無茶ばかりだと思った。

思い返せば、純太と私の考えることはとてもよく似ていた。純太は私を勝たせてやりたいというが、私は純太を勝たせてやりたかった。私は誰よりも速く道を駆け、風を切り、空を裂くために作られたのだから、純太を勝たせてやれない私は、一番をとらせてやれない私はロードバイクとしてでき損ないでしかなかったのに、純太は「足がもたなかった」「息が続かなかった」と自分を責めた。私は彼のための道具にすぎないし、私の主は彼なのだから、彼は私を理不尽に責めてもいいはずなのに、一度として私を責めることはなかった。「せっかくいいバイクに乗ってるのに、でき損ないの足じゃあな」とちゃかすようにいわれる言葉がつらい。私は私であることがふがいなかった。

もうやめると言って私を押し入れに眠らせたのもすこしのことで、一ヶ月もたたないうちに陽の目を見ることになった。心なしか頬を赤くした彼はまた空を見あげていた。また一緒に走ろうと言って私を喜ばせた。

環境が変わっても彼が一番を手にすることはなかった。いろんな人の背中を見送りながらも彼は懸命にペダルを踏み、私は懸命に走った、でき損ないのバイクと足では、前に進めやしなかった。大きな大会にでることは叶わず、彼はまた俯き始めた。しかしそれもすこしの間で、同士を見つけてからは空を見せることにすべての力を費やしていた。彼は「お前を勝たせてやれなくなった」と申し訳なさそうに言った。私はそんなことどうだってよかった、そんなことよりも、私が勝つことなんかよりも私は純太に勝ってほしかった。彼が直接的な勝利を諦めたことのほうが腑に落ちなかった。

秋も差し掛かろうという頃、私は純太以外を乗せて走る機会があった。彼はバイクに乗るのが上手い人だった。伝えられる力にも、ハンドル操作にも無駄がなく、競うための走りでもないのに、ぐんぐんと景色がすぎた。町を一周して純太のもとに戻る。ありがとうといって純太のもとへ返された私を、純太は、どういたしまして、と受け取った。

その日の夜、私はいつかのようにことさら丁寧に整備された、純太が「もうやめる」とこぼしたときだ。隅から隅まで綺麗にされて、最後に車体を一撫ですると、彼は「思いきり走れたみたいでよかった」と言った。穏やかな声は言葉に嘘がないことを示していた、オレじゃあんな風には走れないからと彼がいう。くやしい、悔しかった。

私は誰よりも何よりもはやく駆け抜けなければいけないのに!あなたを一番にするために私は作られたのに!!

嘆きながら、叫びながらも時間は過ぎて、結局私は彼にゴールをとらせることが一度もできないまま、新たな春を迎えた。彼は、部長になった。また無茶をさせるかもしれない、と彼が固い声で言う。車体を撫でて困ったように笑う。

「今度こそ出る、勝つんだ」

わずかに震える声に、私は不安になった。けれど、続けて告げられる言葉に気持ちは晴れた。当たり前だ、私はそのために存在しているのだから、そんなこと、そんなことより。

「一緒に走ってくれるか」

走るだけじゃない、何よりもだれよりも素晴らしい景色を捧げよう、あなたの視界いっぱいの青を贈ろう。私はあなたとともに走り、あなたを一番にするためだけに存在しているのだから。




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