手嶋が死んだという報せを受けたのは、夢みたいにきれいに晴れた日だった。部屋の窓からのびやかに澄み渡る青空を見ながら、右耳に入り込む淡々とした声を聞き流していた。携帯電話越しに報せを持ってきたのが古賀であったことも相まって、本当に夢の中のできごとのようで、青八木はにわかには信じられなかった。

葬儀にはたくさんの人がきていた。手嶋は誰とでもよく話す人だったから、知り合いは多かった。場内をふらつきながらいろんな人の話を小耳に挟む。驚いた、まさか、悲しいね。そんな言葉が飛び交うなかで、手嶋の最期を話すものもいた。口ぶりからして彼の住んでいたアパートの管理人と、警察だろう。それと、手嶋の母親も会話にまざっていた。なんでも、手嶋は数日前から部屋をきれいに掃除していたらしい。引っ越すのかと思っていたけれどそんな話もなく、しばらくしたら連絡がつかなくなったそうだ。手嶋の死体は山奥で見つかり、死体と一緒にいくつかの遺留品も発見された。彼の愛車であるロードバイクと、総北高校の制服、自転車競技部とかかれた黄色いユニフォーム、彼の気に入りのCD。遺留品は大きめのビニール袋に一緒くたに纏められて、地面に埋められていたらしい。埋められていたものは、まさしく高校時代、手嶋純太を構成していたすべてだった。高校を卒業して何年もたっていた。写真は陽に焼けて色が抜けるくらいには時が過ぎていた。青八木はもう二十五を越していたし、それは手嶋だって同じであった。

手嶋は遺留品が埋められた地面の上で、小さく丸まり、猫が眠るみたいにして死んでいたそうだ。遺留品を埋めるために使ったであろうシャベルも発見されており、自殺と判断されていた。手嶋の母親は「そうですか」と絞り出してうつむいた。警察は手嶋の母親の肩に手をおいて適当に宥めながら、白い封筒を手渡す。遺書かもしれません。警察がいう。これは皆さんにもお伝えしたいと思いますのでご挨拶のときに開けましょう。震えた声で彼女は呟いた。

手嶋の遺影をみて、いいお写真ですね、だなんて言ってやれず、ただ無言で見つめる。遺影の中の手嶋はなんだか誇らしげにしていてすこしおかしい。場内は依然ざわついていた。信じられないと皆が口にしていた。手嶋の母親が、棺の横にたつ。

「みなさま、」

マイクを通して声が響く。今日はお集まりいただきまして、生前彼は。そんな話が時おり嗚咽を挟みながらたらりたらりと続く。参列者は未だに実感がわかず、ただぼんやりと彼女の話を聞いている。青八木だって実感などわいていなかった。やはりまだ夢のような心地でいた。長いような短いような演説は、手嶋を知るものにとっては知りすぎた話でしかなかった。

最後に。

彼女がいう。

「純太の残した手紙が見つかったそうですので、勝手ながら読み上げさせていただきたく思います」

彼女は封筒をちょっと躊躇ったあとに、びりびりと乾いた音をたてて破いた。中にはいった紙切れを取り出して、目を見張る。

ぼんやりとした表情で彼女がかざしたものは、手紙ではなく一枚の写真だった。抜けるような、馬鹿みたいに青い空の写真だった。

青八木も彼女と同じように目を見張る。青空の写真から手嶋の遺影に視線を写す。顔しか写っていないけれど、青八木には、手嶋が人差し指をピンとたてて空を指しているように思えた。青八木がゴールテープを切るときに決まってしていたポーズだ。参列者がざわざわとしだす中、青八木はこっそりと場内を出る。喪服の懐から携帯電話を取り出して、すこし離れた所からざわめきながらも肩を丸めて落ち込んだり、悲しんだり、はたまた驚いたり、呆然としている参列者の写真を撮った。ついで、晴れ渡る青空も写真におさめ、しっかりと保存する。

「いちばんだ」

青八木は呟く。参列者はさながら表彰台を眺める選手たちと似ていた。みんな一点を注視して、肩を丸めて落ち込んだり、悲しんだり、はたまた驚いたり呆けたりしている。みんなが注視する先は必ず誇らしげに笑う勝者がいる。

(当たり前だ!青写真は見えていた!!)

遺影のなか、誇らしげに手嶋は笑った。やはり青八木には、遺影に写る彼は人差し指をまっすぐにして、空を指しているように見えた。よく見れば、彼の棺はちょうど15センチばかり高い位置にある。

青八木は先ほど携帯に保存した写真を眺める。帰りに現像して手嶋に送ってやろう。墓前にも添えてやろう。青八木も手嶋も二十五を越えていた。けれど、どうやら手嶋はあの頃のままだったのだろう。ずっと一人、走り続けていたのだろう。

彼は策士だから今日の天気だって知っていたに違いない。それは、夢のようにきれいに晴れた日のことだった。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -