じゃあまた明日なとふられる手を掴んだのは、もう募る寂しさに耐えられなかったからだろう。

合宿が終わり、古賀と手嶋は仲直りをした。明確に喧嘩をしていたわけではないので仲直りというのは少し語弊があるかもしれないが、ともかく、二人の間にできた溝はきれいに埋まりついでに花まで植えられた。二人は恋人同士になった。青八木はそのことを素直に祝福した。手嶋のことは好きだし、古賀のことだって嫌いではないし、それになりより、やっぱり手嶋が嬉しそうにしていたから、青八木は喜ばない理由などなかった。でもそれは思い違いだったようで、すこしの時間がたつと喜べないことの方が増えていった。自惚れでもなく手嶋の一番は自分であると青八木は自負していた。手嶋と自分で一対の、ひとつの生き物のようであると思っていた。正反対のように見える自分達は、二人合わさると綺麗に補いあえる、そういうふうにつくられた生き物で、だからこそ手嶋の横に、背に、寄り添うのは自分であると思えていた。
古賀と付き合いだした手嶋は、世間的に思い描くような「恋人」の総称に不自然なく古賀を横において連れ添った。その光景は青八木をたまらない気持ちにさせた。ただひとつ青八木にとって救いだったのは、まだ二人は背を預けあうようなことがなかったということ。だが、青八木は理解せざるをえなかった。きちんと、受け入れなくてはいけなかった。

青八木一は、もう手嶋純太の一番ではない。

手嶋には笑顔が増えた。それは本当に本当にいいことだ。二人のことは嫌いじゃない。そんな二人が喜んでいる。とても、とてもいいことだ。でも、それでも。

手嶋の手をつかんで俯いたままなんにも言えない青八木に、手嶋は苦く笑ったようだった。もう顔なんて見なくても、空気だけでわかるのだ。お互いのことは。そういうふうにつくられたから。

「青八木、今日は一緒に帰ろう」

手嶋がいう。顔をあげて純太を窺う。困っているようには感じられない。

「じゃあ、そういうことだから、古賀はまた明日な」
「ごゆっくり」

古賀は手嶋の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、一人先に帰っていった。オレたちも帰ろう。あやすような声に頷いて青八木と手嶋も帰路につく。

古賀と一緒になるのもアレだしな、と手嶋が言うので、裏門を歩いてくだる。話もあるし時間もあるから正門からの方がよかったかもなあ、と傾斜に足をとられながら手嶋が笑う。青八木はなんにも言えなかった。なにを言えばいいかもわからなかった。引き留めてしまったけれど、青八木はたしかに古賀と手嶋のことを祝福していたし、それに嘘はない。ただ、そう、寂しかったから。寂しかった、だけだから。

「純太」

呼び掛けられてかは知らないが手嶋が青八木の手をとった。先程と逆だな、と思う。そのまま歩き出すので青八木は転けそうになる。青八木が転けたらオレも転けるからな、と言われて、慌てて歩幅を合わせた。その様子に手嶋が笑う。

「青八木はさ、生まれたての雛鳥みたいなものだよ。オレがお前をずっと横においてたばっかりに、オレが横にいるのが自然なように刷り込まれちゃったんだな、って思うよ。ごめん」
「ちがう」
「青八木が古賀とのこと、おめでとうって言ってくれたの嬉しかった。でも青八木がこうなっちゃうこともオレはわかってた」

手嶋の声の温度があたためられた牛乳のようにまろい。しらず、手を握る力が強くなる。次に紡がれる言葉を、待ちたくなかった。けれど手嶋は滑らかに喋る。

「でも、オレは青八木と付き合ったり、それこそキスやセックスをしたいとは思わないんだ。青八木は、どう?」
「思わない」
「だよな、青八木はオレの一番だよ。相棒だし、親友だ。恋人じゃないだけで、それはかわらない」
「でも」
「寂しい?」

先回りをするように手嶋がいう。青八木はただしく頷いた。寂しい、それだけ。

「オレもだよ」
「それはうそ」
「ほんと。でも青八木とは寂しいと思うところがちがう。オレは青八木との今までが、例えば頑張ってきた練習とか、勝ち取ってきたレースとか、そういうのを、愛や恋に染め直したくなかった、そうなっちゃうかもしれないことが、寂しくてたまらなかった」

青八木はオレの一番だよ、ずっと、ずっと一番で、だからそこからいなくならないでほしかった。変わりたくなかった。

手嶋はそう溢すと繋いだ手をほどいた。その手は青八木の髪をなで、後頭部の形を褒めるようになぞる。

「オレは、古賀よりも純太のほうがすきだ」
「なんだよそれ」

手嶋の声はまろい、柔らかい。眠りたくなるような声だ。青八木は瞳を伏せる。

「だから、古賀が純太のこと悲しませたら怒る」
「……あはは!それは頼もしいな」

この坂を下りたら。
青八木一は手嶋純太の一番の親友になる。