01:タイムマシンがあったらいいのに

夢を与える仕事なんて皆は言うけど実際は女の泥々したところが見える仕事だなぁ、これが私がアイドルをやっての感想だ。アイドルになれるのはほんの一握り、ステージにたてるのはほんの一握り、歌えるのはほんの一握り、皆に名前を覚えてもらうのなんてほんの一握り。センターにたてるのはたった1人だけ。
この仕事を好きか嫌いかなんかで推し量ることなんて出来たことはなくて、生きていくためにやるしかなかった。
中学2年生の時に両親を事故で失って、親代わりになった親戚は両親の財産を使いきってどこかへ逃げた。唯一の肉親の祖母は京都に住んでいたため頼ることが出来なかった。両親を亡くした1か月後に財産までも失い、途方にくれた私がその時に見つけたのはアイドルオーディションのチラシ。急いで申し込んでアイドルになり、事務所の力で高校に通うことができ、寮で暮らせた。とは言っても高校はほぼ授業に出れなかったしテストの成績が良くないと卒業出来なかったために仕事の合間を縫ってずっと勉強をしてたため眠れることなんかほとんどなかった。寮で暮らしてたと言っても睡眠をとる場所という認識だったし、仕事の都合上、地方に飛んだりもしてたのでホテル暮らしが半分以上を占めていた。
それにアイドルになってからは習ったこともないダンスを練習し、初めて人前で歌った。もともと目立つことが好きではなかったし、苦手意識があったけれどもなんとかして生活していくためには努力するしかなかった。
生きていくために歌だってそこそこ出来るようになった。躍りだって間違わずに正確に出来るようになった。笑顔だっていつでも作れるようになった。知らない人とだって初対面でも話せるようになった。全て生きていくために身に付けたものだった。
あだ名と呼ばれ、多くの人に応援してもらっている。総選挙だって選抜メンバーに入るどころか3位以内には入れてもらっている。
何も文句はないはずだ、身寄りのない私をここまで育ててくれた事務所や、応援してくれているファンには頭があがらない。だからこそステージ上ではアイドルでいようと思ったし努力した。
ただ時々思ってしまうのだ、普通の生活を送りたかったって。暖かいご飯を食べて、家族と話して、部活だってして、勉強もそこそこ頑張って。14歳まで当たり前だと思っていた生活は当たり前ではなかったのだ。全てを無くしてから気付いた。それでもこれほどまでに恵まれた環境にいて、特別な生活を送らせていただいてるのに、願ってしまうのだ。






その日は特別な日だった。総選挙と呼ばれるファンによる人気投票の日で自分自身、24歳という年齢でもあったし10年の節目で最後という覚悟で挑んだ総選挙だった。これからの人生をどうしたいかとかは別に決まってなかったけどとにかくこのアイドルという仕事は年内で終わらせようと思っていた。その後に芸能界に残るか残らないかは正直決まってないと周りにはいってなかったけどこの世界でしか生き残れないだろう。今の私にはアイドルとしてのあだ名という実績しかないのだから。
総選挙で2位としての演説の時に卒業を発表したらファンやメンバー、関係者の方々も泣いていたのを見ると本当にアイドルのあだ名は愛されていたのだと思う。
総選挙の結果では1度も1位にはなれなかったものの毎年3位以内には入れてもらった。悔いは残る結果となってしまったけどこの結果には感謝しかない。思わずらしくもなく声を詰まらせてしまったが、頑張れとの応援をしてくれた。暖かく見守ってくれたファンやメンバー、関係者に恩返しをするために残りの日を精一杯過ごさないと、と改めて誓ったはずだった。



本当にたまたまだった。打ち上げが終わった帰り道、恐らく観光で来ていただろう小さい子が道路に飛び出るのを見た。交通事故で両親を亡くした経験からかもしれない。メンバーの制止も振り切り、子供を庇ったのと同時に経験したこともない痛みを感じた。子供の無事を確認し、次に思ったのは自分自身の立場だった。メンバーが顔色を変えてこちらに駆け寄るのを見て今の自分は相当血を流しているのだと思った。もしかしたら死ぬのかもしれない。

結局何も返せなかったなぁ。ファンの人たちの応援もあったのに1位は取れなかったし。自分自身の人生なんて後悔ばかりだった。






「名前さん」

名前を呼ばれて起きる。

「え、おばあちゃん?」

私の知る限りおばあちゃんはつい数年前に死んでいる。

「起きないと高校の入学式に間に合いませんよ、」

高校の入学式の頃におばあちゃんは生きてはいたけれども京都にいたはずだ、どうしてここにいるのだろう。っていうか私は高校生をもう一度やり直すのだろうか。

「あれ、おばあちゃん京都にいたはずじゃ、」

「何を寝惚けたことをおっしゃってるんですか、私なら2年前からあなたと東京にいますよ」

「だっておじいちゃんは京都に、」

「おじいさんならばいつも心の中にいるから平気ですよ。それはあなたも同じです。あなたのお父さんとお母さんも心の中にいるでしょう。」

顔を洗ってらっしゃい、とため息をつかれる。
よくわからないけど夢の中の私は今日から高校1年生でおばあちゃんと暮らしてるらしい。

それでも私が経験した高校1年生の頃に比べればましだ。入学式はおろかテストの日しか登校せず、きちんと睡眠すら取れてなかったのだから。

遅刻しますよ、と言われてようやく制服に手を通す。セーラー服なんて衣装でよく着てたから24歳でも抵抗はない。制服を着たら朝ごはんを食べるように促された。

「秀徳高校はあなたのお父さんが通ってた場所でもありますからね、お父さんはバスケ部で主将をしてたのよ」

「へぇ、」

それは初知りだ。思えばお父さんとお母さんのことをよく知らないのかもしれない。たった14年では知れることなんて一握りだった。

人が自分のために作ってくれる暖かいご飯を食べるのなんて何年ぶりだろうか、思わず目頭が熱くなった。

「おばあちゃん、いってきます」

いってらっしゃい、そんな言葉を聞いたのも10年ぶりだ。出来るなら、夢だけでもいいからきちんとした高校生活を送りたい。そう思いながら新しいローファーに足を通した。

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