27 どんなに思ったって君はもういない
あれから100年の月日が流れて、私自身も隊長としてはベテランの域に入ってきた。
流魂街出身で入隊して十数年の女性の隊長ということで、中々厳しく、辛い日々を強いられた事もあったが、黒木を始め、多くの隊長や部下に支えられ、何とか今日までやって来た。
決してあっという間とは言えないけど、何だかんだもう100年だ。
100年たった今でも、あなたはまだ帰ってこない。
「やあ、名前ちゃん」
『どうも』
目立つ女性ものの羽織を着て相変わらずへらへらしながら声を掛けてくる男に目を向ける。
「今夜、隊長たちで一杯やるんだけど、名前ちゃんもどうだい?」
あー、と言葉を濁すととあっちもすぐに察してきた。
「じゃあ、また今度一緒に飲もう。あんまり無理しちゃ駄目だよ」
そうやって笑って返してくれるこの人は、きっとあなたを覚えている数少ない人物だ。
『京楽、、、』
「ん?なんだい?」
『ありがとう』
少し目をパチパチさせながら固まっていたが、すぐに言いたいことがわかったみたいで、礼を言うことじゃないよ、と呟き、手を振ってきたこの人の後ろ姿を見送る。
今日はどうしても行かなきゃ行けない場所がある。
歴代隊長の慰霊碑というこの場所に一応、真子の魂はあると言われている。もちろん、他の隊長格の方もだ。
死んだのかはわからない、今も生きているのかもしれない。
それでもここに来てしまうのは、あなたがいたという証が唯一この墓石に刻まれているからだろう。
「あれ、珍しいお客さんが居るんやなぁ」
この間の抜けた訛りが貴方であって欲しいと何度願ったんだろう。訛りとしては若干違うのだけど。
『毎年この場所に私は来てるわよ。珍しいのはあんたでしょ?』
それもそうやなぁ、なんてケラケラ笑いながら返してくるこいつは、あまり好きではない。藍染と一緒にいる時間が長かったからだろうか。
「苗字隊長はどうしてこの場所に来るん?」
『恋人に会いに来るのがそんなに不思議?』
「けど苗字隊長は平子真子さんが死んだなんて思ってへんやろ?」
わざとその名前を出してくる辺りこいつは性格が悪い。幼かったとはいえ、こいつは全て知っているはずだ。それでも強がって普通に振る舞うのは、こいつに弱い姿を見せたくないから。
『…………そうね。けど強いて理由をいうなら真子が護邸にいた証はここにしか残っていないからよ』
「苗字隊長が藍染隊長を嫌いな理由がようわかるわ。」
『あんたも嫌いよ』
「酷いなぁ」
そんなことを言ってケラケラ笑うこいつが疎ましい。
『市丸、あんたは何しに来たわけ?』
「いやぁ、そない邪険に扱わんくったてたってええやん」
『律儀に花が飾ってあるのを見ると、ムカつくの』
「やっぱし会いたいん?」
『当たり前でしょ』
「いなくなって何年もたつんに?」
『好きなんだから仕方ないでしょ』
「健気やなぁ」
『ほっといて』
冷たいなぁとまた笑いながら呟く。
『あんたの元上司にも言っといて。余計な花はいらないって』
自分で伝えればええやん、って返される。けど、あいつとは極力話をしたくない。ましてや真子の事なんてもっと嫌。
市丸がいなくなり、ようやく二人きりになれた。
『早く帰って来てよ、馬鹿真子』
返ってくるはずもないけど、思わずそう呟いてしまうのは毎年のこと。それでもそう言わないとやってられないのも毎年のことだ。
本当に生きているかどうかなんてわからないけど、生きているって信じているのは、そうじゃなきゃあたしが生きていけないから。必ず会えると信じているから、こうやって護邸に残っている。真子たちが帰って来たとき、おかえりって言いたいから。
隊舎に戻ると、見慣れた姿を見る。
『あんたに残業頼んでないんだけど』
「名前さんが残るのに副隊長の俺が残らないなんて出来ないっすよ」
『…………残業代つけないから』
え、そこはつけましょうよ!ケチるところじゃないっすよ!、と喚くこいつを横目に資料をまとめる。黒木が毎年ご丁寧に残るのも恒例だ。いつもは仕事をサボることに全力を注いでいるくせにこの日だけは毎年欠かさず残業に付き合ってくれている。
素直になれないけど、ありがたいと思っている。
『…………あんたさ、100年あっという間だと思った?』
「そうっすね、まあ、短いとは思ってないっすよ」
『1年前何してたか覚えてる?』
「随分脈絡ない質問っすね」
まあ、副隊長してたことくらいは覚えてるかなぁ、なんて言う。
『あたしあんまり覚えてないんだよね』
「え、名前さん去年も隊長でしたよ!?」
あまりにも人を馬鹿にした返答にグーパンをいれる。うめいているけど放っておいて話を続ける。
『1年前に何を感じていたのか覚えてないの』
100年前は覚えてるのにね、自嘲的な笑いがこぼれた。
「きっと帰って来ますよ」
『…………情けない姿見せたわね』
「いいんじゃないんすか、今日くらいは」
『泣かないわよ』
「いつでも俺の胸貸しますよ」
『死んでも嫌』
「え、名前さん酷くね?」
ぎゃあぎゃあ文句を垂れるこいつを放って仕事を続ける。
100年という時の流れに恐ろしさを感じる。あと何年待っていれば真子は帰って来るのだろう。本当に生きているのだろうか。仮に生きているとして、真子はどれくらい私のことを考えてくれているのだろうか。私は1日だって忘れたことはないよ。
「名前さん!聞いてますか?」
『…………何よ』
「だから!先日十三番隊で行方不明だった女性隊士が見つかったようです。」
『ふーん、、、』
「見つかったそうなんですが、ただ……」
『人間に死神の力を譲渡したとか?』
相変わらず感がいいっすねぇと苦笑いをされる。まだ、公にはなってないけどその見方が一番あってるんじゃないんすかねぇ、と一言付け加えた。
「今、六番隊が調査に行ってるみたいです」
『確か、朽木の妹だっけ?』
「らしいっすね!そんで新しく六番隊の副隊長になった阿散井って男がいるんすけど、朽木女史の幼馴染みだそうで」
『あっそ』
「まあ、四大貴族の当主の義理とはいえ妹っすからまあ、除隊がいい線じゃないんすかねぇ」
『除隊ねぇ』
「確か、志波元副隊長の心を継いだ女性隊士っすよね?」
『そうよ』
「いいんすか?」
『あたしがどうこう言ってどうにかなる問題じゃないでしょ』
「平隊士だったけど、中々強かったんでもったいないっすね」
『まあ、違反は違反よ』
「それにしても、その譲渡された人間、大虚追い返したみたいっすよ」
『まあ、譲渡が成功する辺り、そこそこの霊圧持ち主でしょ』
「興味ないんすか?」
『あんまりね』
「まあ、まだ確定した訳じゃないんすけどね」
突然、警鐘が鳴り響いた。この鐘がなるのはあまり好きではない。100年前を思い出してしまう。黒木の顔つきも変わった。
「恐らく朽木女史の件ですかね……」
『きっとね』
「いってらっしゃいませ」
『隊舎は任せる』
「はい」
各隊の隊長が一番隊に集まる隣に藍染が並ぶが、目は合わせない。この男は相変わらず嫌いだ。
「火急である」
総隊長の言葉で始まった隊首会は少し雰囲気が引き締まる。
「先日、行方不明になっていた十三番隊の女性隊士が見つかった」
やっぱりその話か、という気持ちと嫌な予感が入り交じる。
「じゃが、女性隊士が人間に死神の力を譲渡していたことが発覚した」
嫌な予感が当たった。彼女に面識はないが、海燕の死の間際にいたということは浮竹から聞いていた。恐らく海燕の心を受け取ったのは彼女だろう。あいつの心を受け取ったのが彼女だとしたら、彼女は全くの他人とは思えないというのも事実だ。
「先程、中央四十六室から判決が出たのじゃが、朽木女史の双極での死刑が決まった」
隊長の間でざわつきが起こる。当の六番隊長は落ち着いているようだけど、恐らく内心は動揺しているのだろう。
だが、この判決はあんまりだ。あまりにもおかしすぎる判決に口を出したくなる。
『死神による人間への死神の力の譲渡は確かに重罪ですが、そこまで重い刑は聞いたことありません。ましてや平隊士、せいぜい除隊が妥当なのでは?』
「確かにそうだねぇ。山爺、いくらなんでもひどすぎるんじゃないの?双極を使っての死刑なんて並々ならぬ悪人しか聞いたことないよ」
「兄らに関係ない。我が家のことだ。口出しはしないでもらおう」
『あんたの妹とか関係なくこの判決はおかしいわよ』
「私の家の者に出た判決が兄に何の関係がある」
「ぺいっ!」
総隊長の一声で一番隊舎が静かになる。
「人間は殺してきたのか?」
「左様」
人間に関しては興味があまりないけど、あまりにもおかしすぎるこの判決は気になる。似たような前例での中央四十六室の判決は霊力剥奪のうえ、除隊だったはずだ。
考え事をしてるうちに、隊首会が終わってた。
思わず隣の男を見てしまうのはなぜだろう。なぜだか、この男が何かしでかした気がしてならない。
「僕の顔に何かついてるかい?苗字くん」
『胡散臭い笑みがついてるわよ』
「相変わらず僕は嫌われてるね」
困ったような笑みを浮かべるけどそれすら胡散臭い。
『中央四十六室の全員を操ることってあんた出来るの?』
「そんなことをする人間に僕は見えるのかい?」
この発言には思わず話を聞いていたのだろう、京楽や卯の花隊長が苦笑いをしていた。
『そうね、けっこう見えるかも』
これはけっこう本気だ。参ったな、と困ったようにしてるけどそれすら演技に見える。話していても不愉快だ。一言挨拶をいれてから一番隊舎を離れる。
歩きながら考える。確証はないけど、それでもこの男が一枚噛んでる気がする。それでもってこれから何かが起こる気がしてならない。
それでもってこの事件が100年前の事件と繋がっている気がするのは私だけだろうか。
なぜだか耳障りな警鐘が耳から離れないのは、きっとあの日の夜と似てるからだ。
あなたがいなくなった日にこんなことが起こるだなんて、皮肉だなと思わず空笑いがこぼれた。
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