26 泣かないよ、昔、君と見た綺麗な空だったから
何らいつもの日常と変わらない日々が流れている。
ただ変わったのは私の日常だけで、もしかしたら少し前に戻っただけなのかもしれない。
そんな風に錯覚したいけど、無理なんだっていうことはわかっている。
だってあなたに出会ってしまったんだから。
どんどんあなたがいたという日常がなくなっていくのが、怖くて仕方ない。
いや、違う。あなたがいなくなったことが日常になるのが怖いんだ。
慣れてしまうのだろうか、私はあなたがいないという日常に。
私は忘れてしまうのだろうか、あなたのことを。
あなたは忘れてしまうのだろうか、私のことを。
考えてもきりがないことはわかっている。けど、考えてしまうのは私にとってあなたが全てだったからだろう。
「名前さん」
『黒木』
こいつの呼び方が変わったのは私が隊長になってから。正確にいうと、七番隊長への昇進が決まってからだ。私がきっと隊長という呼び方を嫌うとわかっているんだろう。
「えっらいボーッとしてらっしゃいますけど、そろそろ隊首会っすよ?」
『……わかってる』
「そんなら、よかった」
てっきりさぼんのかと思ってたんで、と失礼なことを相変わらず言ってくる。
ムカつくけど、それでもこの変わらない日常がなんだか安心する。
『中々、副官章似合ってんじゃない?』
そんな皮肉めいた言い方しかできないのはいつものこと。けど、こいつを副隊長に任命したのは私だ。
「そりゃあ名前さんが任命したんすから当たり前っすよ」
そんな風に笑顔で返してくるこいつを見て少し安心する。
『頼りにしてる、黒木』
「もちろんです」
「これから隊長任命式を行う」
総隊長の言葉が他人事のように感じる。自分のことなのに、上の空だ。やっぱり考えてしまうのはあなたのことばっかり。
11年前の喜助さんの隊長任命式の後に初めてあなたとご飯を食べたんだっけ?いきなり押し掛けて、変なことを言って、それでもあなたは笑って全てを受け止めてくれた。昔の事なのに今でも鮮明に覚えていて、昨日のように感じてしまう。もう、あなたはいないのに。
情けなくて自嘲的な笑いがこぼれた。
「さん、名前さん!」
『うるさいなぁ』
「あんた話聞いてましたか?隊首会終わってますよ?」
『聞いてたわよ』
いいや、絶対聞いてない!とぐちぐちとうるさい黒木を横目に見る。小姑みたいだ。
「いやぁ、上手く関係を築いているみたいで、安心したよ」
『京楽隊長』
「話は上の空みたいだったけどね」
図星を付かれて苦笑いをする。それを見て黒木がほらやっぱり、と言ってくる。ムカついたから腹に1発入れた。
「緊張してたら誰でもそうなるさ」
『浮竹隊長、今日は身体の調子悪くないんですか?』
ついこの間まで、体調を崩していたように思える。よく海燕が、うちの隊長は身体が弱いからほっとけねぇ、とぼやいていたのを思い出した。
「ああ、身体の調子はばっちりだ」
そう言った途端、むせ始めたが、まあ気にしない。海燕が、隊長!大丈夫っすか?と言っている。大変そうだ。
『京楽隊長は副隊長を任命なさらなかったんですね』
「いやぁ、まだ気分じゃなくてねぇ」
まあどうにか回るよう頑張るよ、と言ったこの人もまた大事な部下を失った一人だ。
「なんっつーか、隊長羽織に着られてるって感じだな」
失礼極まりないことを言ってくるこいつも変わらない日常の1つだろう。
『…………そりゃあどうも』
なんだよ、怒ってんの?、とケラケラ笑いながら返してくる海燕に少し安心する。
変わっていくことが多くなってきたこの頃、変わらないものを見つけることは困難になってきた。
「きっと」
京楽隊長が、口を開いた。
「何でもない風に飄々と帰ってくるよ、平子君は」
他の皆もね、とさも当たり前のようにそう呟いたその言葉はずっとずっと欲しかった言葉だ。
『ありがとうございます』
昔の私だったら素直にそんなことを言えなかった。
『帰って来たら、心配させた分、殴ってやらないと』
思わず熱くなる目頭を抑えるように、無理に笑って返したたのは、強がっている証拠。
だってそうでも言わないと今でも涙がこぼれそうなんだもん。
あなたを好きということだけで私は変われた。
たくさんの日々を過ごしていくなかで、きっとたくさん私は変わっていくんだろう。けど、あなたを好きということは変わらない。あなたと過ごした日々も変わらない。
例え、この世の全てが終わるとしても、待っていよう。あなたの帰りを。
例え、他の皆があなたを忘れたとしても、私は覚えていよう。
例え、あなたが私を忘れたとしても、私は覚えていよう。
例え、あなたが私を嫌いになっても、私は好きでいよう。
いや、ずっと好きなんだろうなぁ。
全てが変わっていったとしても、この気持ちだけは変わらない。
離れてしまったって、どれだけの時間が過ぎたって、絶対に変わらない。
空を見ながら1つの決心をする。
泣かないよ、昔、君と見た綺麗な空だったから。
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