25 思っているほど、孤独じゃないんだ

苗字名前という副隊長がいる。
実際問題は苗字副隊長が入隊した頃から俺は知っている。
霊術院を2年で卒業し、二番隊四席として異例の入隊をしてきたこの人は護邸の有名人だった。
当時二番隊の五席という立場だった俺の上司にあたるわけだ。
だが、入隊早々、早くも部隊長になった彼女のあたりはけっこう強いものだった。
まあ、上下関係を大切にする二番隊だからこそ、いくら強いからといって新人に部隊長を任せることに関して反対意見が多かったんだろうな。俺としてはけっこうどうでもいいんだけど。
まあ、俺は面倒なことは当時から嫌いだったから巻き込まれたくねえなぁくらいにしか思わなかった。



とにかく、二番隊の席官の間ではけっこう殺伐とした雰囲気が流れていた。
まあ、部下にも問題はあったと思うけど、それ以上にあの人にも問題はあった。

とにかく仕事は何でも一人でこなす。部下を頼るなんてもっての他。
圧倒的な強さを持ってたから、生意気だとは言う人はもう少なかったけど、敬遠されがちな存在になってった。
そして皆が口を揃えて、天才はいいよなぁと言うようになってた。





俺自身もそう思ってた、あの時までは。
体調が悪くて、それでも重要な任務をこなさなければならないときがあった日、俺は意地でも任務を全うしようとしてた。

頭が痛い。喉も痛い。身体が痛い。けど何より痛いのは心だ。ずっと一緒に頑張ってきた同僚が死んだんだ。同僚だけじゃない。部下だってたくさん死んだ。
前の任務で生き残ったのは俺だけだった。俺の気持ちを汲み取ってだろう、軍団長が俺をこの任務にあててくれたのは。
苦しかった。辛かった。俺だけ生き残ったことが。だからこそ、この任務は俺が成し遂げななければいけない。
そんな雑念ばっかり考えていたからだろう。俺は致命傷を負った。しまったと、思った時にはもう遅くて、俺は気を失った。






「あれ、生きてる……?」

『何を馬鹿な事を言ってるの』

「……苗字四席?」

『随分勝手な真似をしてくれたわね』

「なんで、なんで、俺を助けたんですか?」

無茶苦茶なことを言ってるのはわかってる。それでもそう言ってしまったのは心のどこかで、死んでしまった方が楽だと思ってるからだ。仲間を見殺しにした自分から逃げたかった。

『あんたが勝手に突っ込んでって相手と倒れてったんでしょ?任務は終わったし、一応部下だから四番隊に連れてったら、あんたが回復しただけ』

情け容赦ねぇ

『それよりあんたさ、自分がしたことわかってんの?体調が悪いときに任務に来るのは迷惑なんだけど。それを助けてあげたのに、どうして自分を助けた、なんて責められなくちゃいけないの?あたしは任務を全うしただけ。そして部隊長として当然の事をしただけよ。死にたいんなら任務じゃないときに勝手に死んでよ。』

本当に迷惑だった、と一切の慰めもない言葉を返された。確かに、苗字四席がしたことは普通のことだ。ぐうの音も出ない。

『あんた、前の任務のこと、随分気にしてるみたいだけど、あんたが弱いからいけないんでしょ』

容赦なくこの話題を持ち込んで、ずけずけと言い放つこの人は、きっと遠慮という言葉を知らないんだろう。

『同僚や部下が死んで悲しいのはわかるけど、あんたが今することは違うでしょ』

厳しいことを言われてるとはわかってるけど、それでもムカつかないのは何故なんだろう。

『守れなかったんだったら次は守れるくらい強くなればいい。ただそれだけよ』


じゃああたし帰るから、と言って帰ってった。なんだかわからないけど、すごい気が楽になった。簡単に思えるその言葉は中々口に出せない。そうだとわかっていても人は1度失ったあと、1歩を踏み出せない。この人もきっと何かを失って、そして今があるのだろう。この人は踏み出したのだろう。改めてこの人の強さを実感した。



思えばちゃんとこの人の事をちゃんと見てなかったのかもしれない。誰よりも努力をして、仕事もきちんとこなしていて。

程なくして俺は七番隊の三席に昇進した。その数年後に苗字四席は苗字副隊長へと昇進した。
相変わらずすげぇスピード出世だなと思いつつも、中々上手く馴染めてない副隊長を心配に思った。かつて、同じ隊だったっていうのもあって少なからずこの人には思い入れはある。
そして、任務をした年数が少なかったのもあるけど、俺は忘れられてた。悲しい。まあ、気にしてねえけど。いや、かなり気にしてるけど。
七番隊に来ても、相変わらず修行大好き人間だった。だか、ちょくちょく人に仕事を押し付けるようになった。特に俺は副隊長の被害者だった。ひでぇ。



そんなまじめな修行大好き副隊長に恋人が出来たと聞いた時は何かの冗談かと思った。しかも相手平子隊長かよ!!全く逆な人じゃねえか!!と思ったのはきっと俺だけじゃない。そう言ったら仕事を増やされたけど。


平子隊長はどちらかというと世渡り上手で誰とでもすぐに打ち解けられる。
反対に、苗字副隊長は自分から溶け込もうという感じの人ではない。

だけど、なんだかんだ上手く行ってたみたいだ。平子隊長と付き合うようになって、副隊長は前より雰囲気が優しくなったし、よく笑うようになった。恋は人を変えるっていうけど、本当なんだなと思った。

前は全く笑う人ではなかった。笑うことはあっても作り笑いで、辛そうだった。
平子隊長といるときはよく笑って、冗談も言って、何よりも誰も頼らなかったあの人が平子隊長を頼っていた。

端から見てもすごい好きなんだろうなぁと思う。だからこそ幸せになってほしいと思う。誰よりも不器用に生きてるからこそ、幸せになってほしい。





だけど、幸せとは冷酷なもので。苗字副隊長が任務で重症を負ったそのすぐ後に、平子隊長殉職の報せが届いた。また、我らが隊長の愛川隊長を含め、8人の隊長格の殉職にかつての上司たちの裏切りは言うまでもなく、苗字副隊長を動揺させるものな訳で……
そんな冷酷な現実を見たくなかった。


怪我がひどいのに、総隊長の所に行って、話をしている副隊長はあまりにも弱々しかった。いつものあの人とは思えないほど、弱々しかった。
気がつけば、俺は隊首会に乗り込んでいた。らしくないとはわかってる。だけど、そうしてしまうのは、俺の中で、副隊長を大切に思ってるからだ。いつもみたいに、飄々としていて、毒舌で、一見冷たく見えるけど、どこか暖かい、そんな副隊長であってほしいと願っているからだ。そんな姿を見たくないと思ったからだ。




かつて、俺の心を救ってくれた副隊長の心を救いたいなんて大それたことは言わない 。この人は今、すごい傷付いている。だけど、少しでも、副隊長の力になれるなら、俺は喜んで副隊長の下で働こう。これから七番隊を待ち受ける困難はきっと多いだろう。それでもそう思っているのは俺だけじゃないはずだ。七番隊の皆がきっと思ってる。


前を向こう、あまりにも細くて薄い肩を支えながら、自分にも言い聞かせるようにそう呟いた。

[ 27/40 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -