18 夢を見るなら貴方と一緒がいい
使い慣れている瞬歩の筈なのに、いつもより息があがる。
やや雑に瞬歩をしてたどり着いた場所は五番隊の隊首室な訳で。
いつもなら声を掛けてから入るんだけど、そんな余裕もなく思いっきりドアを開ける。
「こらァ、ちゃんと挨拶してから入れやァ、、、って名前か?」
『苗字です』
「…………昼振りやなァ、ほんまに勝手にいなくなったか思ったら今度はいきなり現れよって…………ほんまに振り回されっぱなしやなァ、俺」
一人でごちるように言った平子隊長はため息をついてた。
『…………本当にそうですね、出会った時から振り回してしまいましたし。』
息を整えて、言葉を選ぶように言ったそれは、私の中でずっと引っ掛かってたものなわけで、
「…………覚えとったんか」
少し驚いたように目を細めた姿を見て、この人は覚えてたんだなぁと確信した。
『ずっと覚えてはいましたけど、平子隊長だってことはさっき思い出しました。』
「それで、どないするん」
『どないするとはどういうことです?』
「姉ちゃんの敵やで、俺は」
『…………私は、ずっと、ずっとわかりませんでした。
姉がどうして自分の身を呈してまで何かを守りたがるかを』
「…………」
『死んだら全て終わってしまうのに、どうして自分が生きることよりも、他人のことを守りたがるんだろうって』
「…………」
『平子隊長が私に姉の本当の事を教えてくれた時、姉は殺されたんじゃなくて事故で死んだんだってわかって安心しました。姉はちゃんと旦那さんに愛されてたんだって。』
「…………」
『けれど護邸に入ってから、色々と自分のやってきた無計画な復讐の愚かさについてわかったんです。本当なら、あの時に捕まっていてもおかしくなかった。私のやったことがばれたら護邸に入隊なんて出来なかった。』
「…………」
『あの時、貴方が私に教えたことは刑罰に値する事を知ったのも護邸に入ってからです。隊長である貴方がそれを知らないはずがない。』
「…………」
『もちろん、いけないことです。でもね、嬉しかった。』
『姉が死んでから一人ぼっちなんだって思ってたけど、自分一人で生きていかないといけないって思ってたけど、自分のために何かをしてくれるって事がこんなに嬉しいことなんだって、不謹慎なことは知ってますけど、そう、思ったんです。』
『それに、最近わかってきたんです。誰かのために何かをするのも、私のために誰かに何かをしてもらうのって、すっごい嬉しいんだって。人は一人じゃ生きていけないんだっていうことも、一人で何かをする事よりも皆で一緒にする方がずっとずっと、楽で嬉しいことなんだって。』
『それに、気付けば、なんか、貴方の側にいると、知らないうちに私が、そう、私らしく普通でいられるというか、、、』
言葉が上手くまとまらない。
そんな私の言葉を平子隊長はきちんと聞いてくれている。
『あの時の……いや、ずっと、ずっと私を救って下さってくれて……本当に……ありがとうございました』
気がつけば涙溢れてて。本当に、こんな情けない姿ばかりを見せてると思う。それでもこんな姿を見せてしまうのは、きっと貴方が私の全てを受け止めてくれるってわかってるから。
「礼言うことちゃうやろ、俺は部下を守れへんかったんやで。それに名前が変わってきたんも、名前が努力してきたからやろ、俺はなんもしてへん」
『私が、礼を言いたいんだから、いいじゃないですか。黙って受け取ってくださいよ』
貴方に素直になれないのは、貴方への気持ちが恋と知ってしまったから
「ほんまにわがままな姫さんやな」
そういう貴方は少し笑っていて、少し嬉しかった。だけど、少し複雑な訳で……
『そんな事言われたら期待しちゃいますよ、誰だって』
「ふーん、名前でもか?」
『私だって、普通の女の子ですよ。す、す、好きな人にそんな事言われたら期待しちゃいます。』
最後らへんはほとんど小声になっていて……
少し恥ずかしいけど、だけど事実だ。好きな人から女の子扱いをされたら、嬉しく思ってしまう。だからあんまり期待させるようなことは言って欲しくない。
素直になれない私から出た言葉はあまり可愛い言葉ではなく、皮肉めいたもので……
『平子隊長は女性の扱いに慣れてらっしゃるのかもしれませんけど、私は全然そういう経験したことありませんし……』
本当に可愛くない女だな、とやや自嘲的になる。
そんな私を見て相変わらず平子隊長は笑ってる。本当に子供扱いされてるな…………
「へぇ、そうなんや。目、閉じ」
『?』
「ほら、早よ目閉じんかい」
『は、はぁ』
言われるがままに目を閉じた。何がしたいんだろう、この人は。
そんな事を考えてたら唇に暖かい感触がした。
不思議に思って目を開けてみると、そこには平子隊長の瞼と睫毛な訳で、
恐らく、いや、明らかにこれは…………
驚いて離れようとしたら、頭をがっちり押さえられて何度も角度を変えて口付けをしてくる。
こういう時ってどうすればいいんだろう、それより心臓があり得ない音をたてている。
呼吸が苦しい、口を開けたら、異物が入ってきた。
初めての経験だらけでわからなすぎる、恥ずかしい、それより呼吸困難で死にそうだ。
そんな私を見かねてか平子隊長が離れた。
息がかなりあがってる。そんな私を見て平子隊長は楽しそうに笑う。
『…………どうして、どうして、こんなことするんですか?』
「んー、したかったからやな」
『そ、そんな、ただキスしたいだけなら、違う女の人としてください!』
私の言葉に平子隊長はやや飽きれ気味にため息をつく。
「自分アホやなァ、名前だからキスしたんや。名前だからしたかってん。他の女なら頼まれても断るわ」
『何で、私と?』
「…………あんな、俺は暇ちゃうねんぞ。それにな、お前が思ってるほど優しくもあらへんし、女に見境ないわけやあらへん。」
『は、はぁ』
「好きでもない女にな、飯もそうそう奢らへんし、お節介もやかへんし、キスなんかせぇへん」
『はぁ、え?』
「何やねん」
『え、いつから?』
「さぁなァ、よう分からへんわ、自分でも」
『どうして?』
「好きになるんに理由なんかないやろ」
『私なんか、良いところないし、情けない所しか見せてないじゃないですか』
えっらい自分に自信ないんやなァ、って苦笑いをしている。
だって仕方がない、自分の事があまり好きじゃないんだもの。
「そうやなァ、1つあげるとするんなら、その情けない所が好きやな」
『……どうしてですか?』
「アホみたいに不器用に生きてるところ見てるとほっとけないんや、俺は優しいからなァ」
『…………じゃあ、私が器用な生き方が出来るようになったら、好きじゃなくなるんですか?』
少し拗ねたように言ったら、随分質問攻めやなァって笑われてしまった。だけどそこは、気になる。
「ええよ、別に、器用に生きようなんてせんで。それに、そないなこと出来ないに決まっとるしなァ。」
私の頭を撫でる貴方の手はとても優しいもので、
「もっと俺を頼って生きればええやん。泣きたいときはたくさん泣けばええ。そん時は泣き止むまで、慰めたる。一人が寂しい言うんならずっと側にいたる。しゃあからな、一人で抱え込んで生きるんはもうしなや。」
そう言って、抱き締めた貴方は、どこまでも私に甘い人なんだろう。
誰かに抱き締められるなんて、何年振りなんだろう。
すごく暖かい、すごく嬉しい。
『…………私、きっとたくさん平子隊長の事振り回しますよ』
「知っとる」
『…………それに私、弱いですよ』
「知っとる」
『…………それに私、たくさん甘えちゃいますよ』
「知っとる」
『…………離れたいって言っても離しませんよ』
「覚悟しとる」
そう言って少し笑った貴方にちゃんと伝えないと、、、
『大好きだよ、真子』
そう言った私は貴方に慣れてない口付けをした。
そんな貴方は笑って甘い口付けを私に落とした。
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