12:近付いても離れてもいない距離はつらい
素早く着替えて校門に出る。一緒に帰るのにあまり心が弾まないのは自分が桃井さんに嫉妬してるからだろう。自分にたくさん持っていないものを持っている桃井さんが羨ましくて堪らない。
桃井さんともあまり話せないのも自分が勝手に嫉妬してるからだ。俯いてため息をつく、しまった段差だと思った時には遅い。迫り来る痛みに目をつぶって待っていると腕を急に引っ張られて誰かの胸に飛び込む。
「どうして君はそんなに危なっかしいんだ」
「あ、赤司くん」
「ったく行くぞ」
「……うん」
また怒られてしまった。つくづくあたしは赤司くんを怒らせてばっかだ。歩きながらなんかもう泣きそうだ。っと思ったら
「…………うっ」
「……苗字?」
本当に泣けてくるなんて。やばい、もう駄目だ。絶対に赤司くんを困らせてしまう。振り返った赤司くんがぎょっとした顔をする。
「すまない、別に怒ってる訳じゃないんだ」
赤司くんがあたしの両肩を掴み、顔を覗き込む。
「っう、違くって……」
堪えてたものが一気に出てくる。これじゃまるで赤司くんが泣かせてるみたいだ。
赤司くんの顔を見ればほとほと困った顔をしている。こんな顔をさせたいんじゃないのに、
「赤司くんそんな顔しないで、」
「……それはどちらかというと俺の台詞だよ、苗字。俺は別に怒ってた訳じゃなくて心配してたんだ」
紫原の件もだ、と言われる。しばらく背中をとんとんと叩れてようやく落ち着いた。
「すまない、」
「……どうして、赤司くんが謝るの?」
鼻声で答えてみっともない。
「いや、その、」
赤司くんが口ごもるのは珍しい。大きくため息をついた後に意を決したように言ったのは、
「悔しかったんだ」
「え?」
あまり、結び付かない単語に頭が混乱する。
「青峰と緑間とは楽しそうに会話するだろう」
うん?待って、話に着いていけない。
「それに俺と話す時は赤司くんか副主将だ。それにあまり俺には相談しないし、」
ばつが悪そうに目を反らす赤司くんを見てふと考える。それはまるで、いや、
「え、赤司くん青峰たちに嫉妬してたの?」
「……俺は苗字が思うほど大人じゃないよ。上手くいかないとイライラするし、今だってこうしてお前を泣かせている」
「そ、そんなことないよ!なんでも器用にこなすし、皆に頼られてるし!もちろん赤司くんが努力して今があるっていうのはわかるよ?」
「っふは」
赤司くんがいきなり笑い出す。え、え?
「随分苗字の中の俺はすごいね、さすが王子様と言われてるだけある」
「赤司くん!?」
「ちゃんと王子様として苗字の期待に応えないとだな」
「ううん」
語気を強めるあたしを驚いたように目を開いて見つめる。
「あたしはどんな赤司くんでも好きだよ?転んでもかっこいいと思うし、赤点取っても好き!」
「赤点は取らないかな、」
苦笑いをされる。あ、そうか!緑間が打倒赤司なのだよ、と言ってたのを思い出す。
「ありがとう苗字」
「うん?あたし赤司くんになんかしたっけ?」
「わからないならいい。それと桃井とは何もないよ。彼女は優秀なマネージャーだと思っているがそれ以上はないさ」
「へ?なんでそんなこと?緑間?」
「ちなみに緑間はそんなこと言ってないよ」
「え?じゃあなんでわかったの?」
「ふっ、それはしばらくは黙っておこうかな」
「えー、赤司くんずるいなぁ」
「俺からしたら苗字もずるいよ、」
赤司くんとは実に難しい人だ。もっとこの人に近付きたい、
「あ、コンビニ寄ろう!ゴリゴリ君の新発売今日だ!」
赤司くんともっと一緒にいたい、
「ゴリゴリ君?」
赤司くんの手を引っ張ってコンビニに入り、アイスコーナーに急いで行く。学校近くのコンビニはゴリゴリ君がよく売り切れやすい。皆のおやつゴリゴリ君の定番味が目に入る。
「ああ、紫原が朝練前によく食べてるアイスか」
「紫原ってあの大きい人が食べてるの?」
なんか意外だ。
「苗字から見たらほとんど大きい人だろう」
「んな、これでも150pはあるもん!」
「しかし色々なものが売ってるんだな」
さりげにスルーされた。赤司くんはコンビニをキョロキョロ見ている、どうしたんだろう?まさか、赤司くんもしかして、
「まさか赤司くんコンビニ初めて?」
「…………」
「へぇ、赤司くん初めてなんだぁ」
「……ニヤニヤするな!」
頭をグシャグシャされる。ひどい!
「それで新商品はあったのかい?」
「あ、あった!コンポタージュ味発見!」
「まずそうだな」
「え、これから買う人にかける言葉じゃないよね」
確かにあたしもアイスにコンポタージュとはゴリゴリ君攻めたな、とか思ったけど何もはっきり言うことないじゃないか。ちなみに青峰はあまじょっぱさが堪らないって言っていた。
「あ、けど限定味の洋ナシ味もある!どっちにしようかな〜」
「その2つで迷ってるのかい?」
「うーん、赤司くんならどっちにする?」
そう聞くや否や赤司くんが2種類を持ってレジに行く。
「え、え、え!赤司くん!?」
「2種類食べればいいだろう?」
「だって限定味普通のより200円高いんだよ?新商品もいつものより50円高いし!」
「大差ないさ」
そう言って赤司くんが財布から出したのは1万円札だ、金持ち半端ない。コンビニから出て袋を渡される。
「お、お金払います……」
「そこは奢らせてくれ。俺は君を泣かせたし何かしたいんだ」
「…………じゃあ赤司くんも一緒に食べよう?」
「苗字に買ったのに俺も食べるのかい?」
「そこは私もふとっちゃうし、ね?」
そう言えば赤司くんは笑ってくれた。あ、この顔好きだなぁ。
「……コンポタージュ味微妙だな、」
「あまじょっぱさがなぁ、青峰は美味しいって」
「桃井の料理ばかり食べてるから味覚がおかしくなったんだろう」
「うん?」
あれ、赤司くん今さりげなく……ディスった?
「桃井の料理を控えめに言えば食べられるものではない。事実、青峰が昼休憩に何度か食べて意識を失った。」
「そんな、またまたご冗談を〜」
「ちなみに帝光1軍合宿の料理はマネージャーが毎年担当する。そして合宿は2週間後だ。意味がわかるか?」
「うん?」
「1軍の食事は苗字にかかってるということだ。よろしく頼むぞ、苗字」
今日最高の笑顔で微笑まれる、この笑顔は怖い。とりあえず2人でアイスを食べながら帰った。
久しぶりに赤司くんの笑顔を見た気がしたのはきっと気のせい。
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