09:偶像した私じゃないとあなたに近付けませんか
死にそうになりながらまとめた、うん。今日の国語と社会と理科何話してたか全く記憶にないけどいつものことだから気にしない。緑間がめちゃくちゃ眉間に皺を寄せてこちらを見ていたけど王子様のためならそんなの気にしない、あいつはテスト前にノートを見せてくれるはずだ。
緑間の説教をくどくど受けながら青峰と体育館に向かう途中に目線をあげると赤司くんがいるのを発見する。
「赤司くん!」
「苗字」
「これ、まとめてきました」
誉めてと言わんばかりに見つめれば少し驚いたように目を開く。
「へぇ想像以上だ」
「えへへ、そりゃあ今日1日やってましたから」
「1日?」
授業の時間を潰してまでやれとは言ってないぞ、と少し眉をひそめる赤司くんはやっぱりイケメンだ。
「聞いてるのか?苗字」
「うん、赤司くんかっこいい」
深くため息をつかれる。そして頬をつままれる。
「全く聞いてない」
「へ?あ、赤司くん?」
「勉強は後程どうにかするとしてとにかく助かった、ありがとう」
「ふぁ、ふぁい」
胸がドキドキする、やばい。幸せだ!
緑間が苗字を甘やかすな、と赤司くんに言ってるのなんて聞こえない。まさに心ここに在らずだ。赤司くんと青峰と緑間と別れてものすごくルンルン気分で部室に向かうとまた部室で揉め事が起こってるみたいだ。
「ちょっと、あんたどういうつもり?」
「あたしはバスケ部を辞めないです」
そこには桃井さんと先輩がいる。また揉めてるみたいだ。
「幼なじみの青峰君だけじゃ足りないの?赤司様と仲良くして!そんな不純な気持ちでマネージャーやらないでよ!迷惑なのよ!」
「あたしは帝光バスケ部を支えたくってここにいるんです」
「あんたみたいな1年が一番うざいのよ、勘違いしていて」
そう言って近くにあったハサミを持って桃井さんに突き刺そうとしている、やばい!
「危ない!」
咄嗟に桃井さんを押して庇う。同時に鈍い痛みが走る。思わず呻く。
「ちょ、苗字さん!」
桃井さんの声で服の上でも腕から血が出てるのがわかった。本気で刺すつもりはなかっただろう先輩が座り込む。先輩、と声をかける。
「あたしなんかじゃ先輩が今までどれほど頑張ってマネージャー業を続けてきて一軍にあがってきたのか想像することは出来ません。けど桃井さんがいつもチームのことを考えて頑張ってくれてるのも事実です」
先輩が嗚咽を漏らすのが聞こえる。
「あたしはまだ一軍にあがってきたばっかで全然分からないことがたくさんですけど先輩も桃井さんも帝光バスケ部に必要な人材だと思っています」
だからもうこんなことやめましょう、と言ったところでドアが開く。
「マネージャーいつまでちんたらしてるんだ、って苗字!」
虹村先輩の苛ついた声と同時に入ってきたのは赤司くんだ。
今の状況は驚きのあまり泣き崩れる先輩と放心している桃井さん、そして血を流してるあたし。何とかして説明したいけど感じたこともない痛みに声が出ない。
おい何やってんだよ、と虹村先輩が状況を見渡す。鋏を持ってる先輩を見て状況がわかったのか先輩の手から鋏を奪う。
「苗字!」
赤司くんが珍しく声を荒げる。腕を掴まれ思わず呻き声をあげる。
「どうして君は無茶ばかりするんだ!」
「違うの!これはたまたま事故で」
赤司くんが先輩を鋭い眼で見る。これじゃまずい、先輩は赤司くんが好きなのに。
赤司、と呼ぶ声が聞こえる
「お前は苗字を保健室に連れていけ」
血は流れてるけどそんなに酷くはないはずだ、と冷静に赤司くんに声をかける。
「……わかりました」
赤司くんがそう虹村先輩に言ってあたしの首と膝の裏に手を通す。
重いから持たないで、と言いたいけど赤司くんに掴まれたことで怪我を意識した今のあたしは何も言えない。
少しだけ我慢をしてくれ、と呟き部室の外に出てくる。
「苗字遅いのだよ、ってどうしたのだよ!」
「おいおい!血が出てんじゃねえか」
緑間と青峰が駆け寄って来たことで他の部員たちもこちらを見る。
「お前たちは戻ってろ、俺が連れていく」
周りがざわついている。怪我して血が出てるのに赤司くんの近さに心臓がうるさい。人生で初めてのお姫様抱っこ…… 顔が近い、匂いがとても良い、そして触れる体温、まだあたしには早すぎる。
もうダメ、と思ったときには時すでに遅し。回りの音が一切聞こえなくなった。
眼を覚ますと保健室だ。血も止まってるし傷口には包帯が巻かれている。まだ少し痛いけど体をベッドから起こすと、
「……あれ?」
「眼を覚ましたかい?」
「赤司くん?」
「ああ、」
少し気まずそうな顔をする赤司くんの表情は初めて見る。痛みはないかい?と聞く赤司くんに少し痛むけど大丈夫との旨を伝えるとすまない、と謝られる。赤司くんは悪くないのに、
「今日は迎えを頼むかい?」
「ああ、おじさんたち昨日から旅行だからさ心配かけたくないから大丈夫だよ」
歩いて帰る、というと少し不安そうな顔をされる。今日くらいはゆっくりしてもらいたいの、と笑えば少し複雑そうな顔をされる。
全然よくしてもらってるし寂しくないよ?、と言えば苗字を見てればわかるよ、と少し笑ってくれた。
「お母さんが小さい頃に死んじゃってからずっとお世話になってるからさ。おじさんおばさん夫婦には子供がいなくて3歳から本当の娘のように可愛がってもらってるから幸せだよ」
「……邪推なことを聞くが君のお父様には迎えは頼めないのかい?」
「お父さんお仕事忙しいみたいだから、」
何してるのかはあんまり聞いたことないんだけどね、と言うと複雑そうな顔をされる。
「それにお父さんはね、小さい頃にお母さんが死んじゃってからあんまり会ってないんだよね」
「すまない、辛いことを聞いてしまって」
「別にお父さんとお母さんの仲が悪いわけじゃなくて!お父さんとお母さんはどちらかっていうと親友みたいな感じ?だったってお母さんも言ってたから大丈夫だよ。もともと好き同士で結婚した訳じゃなくてお見合いだったらしいしお父さんもお父さんで好きな人いたみたいでさ、それでお母さんが背中押してお父さんは好きな人と結婚したみたいなの」
「苗字は強いな」
「へ?」
「父親を恨んでないのかい?」
「うーん、お父さんとあんまり会えないからなんとも言えないんだよね」
それにおじさんとおばさんもすごく大好きだしと言うとそうか、と笑われる。
「ごめんね、暗い話しちゃって」
「いや、大丈夫だ。今日はもう帰った方がいい」
送ろうか、という言葉に赤司くんは部活あるから、と断りを入れる。
「……先輩はどうなるの?」
「君が訴える訴えないにしても帝光バスケ部の名に傷を付けたから彼女はもうバスケ部にはいれないだろうね」
「…………」
「君がそんな顔をする必要はない。彼女自身の問題だ。それに後ろを振り返っている暇はないぞ。何しろ明日から一軍マネージャーは苗字と桃井だけになるんだからな」
「赤司くんはさ、」
「なんだい?」
「もっとわがまま言っていいと思うよ」
「え?」
少し眼を見開いた赤司くんは動きを止めた。
「いや、生徒会とか副主将とか大変そうだからふと赤司くん休んでるのかな?って思ってさ」
すぐに普段通りの赤司くんに戻ってデコピンをされる、痛い。少し恨めしげに見てると、
「苗字に心配されるなんて俺はまだまだだな」
「そ、そんな……」
「冗談だよ、俺は慣れてるから大丈夫だ」
「あんまり無理をしちゃうと倒れちゃうよ」
「倒れたのは俺じゃなくて苗字だろう」
じゃあそろそろ俺は行くよ、と言って立ち上がる。赤司くんはあたしよりもずっと大人で羨ましいと思う反面、少し心配になる。あたしももっともっと頼れる人になりたい。そう思って保健室を後にした。
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