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感謝の気持ち(クラウス夢)

「ねえ、クラウス」
「む?どうしたのかね?」
「…え、と」
「……?」
「…あー、やっぱ何も無いや」

最近この会話のやり取りが多くなっている、とクラウスは内心思った。
最初は結依が話し掛けてきて、それに応えようとすると結局なかった事に……と。
扉を開け部屋を出ていく白く小さな背中をクラウスは目を離せなかった。

「……?
結依、一体何があったのだ?」

一人になったクラウスは誰も返す事の無い室内で疑問の声を呟いた。




「……んああ〜っ!!また言えなかったあぁ…!もおお…、本人を前にすると頭の中が真っ白になっちゃうの何とかしたいよ…」

一方、部屋から出た結依は閉じた扉に背を凭れズルズルと崩れ落ちるようにしゃがみ込む。
項垂れた頭をガシガシと乱暴に掻き毟り再び溜め息を零す。

…あともうちょっとで『大切な日』なのに、早く言わないと……。





「あや?結依さん、どうしました?」

不意に頭を項垂れた上部から声が降り注がれる。
ムクっと顔を上げると、レオことレオナルドが不思議そうに座り込んでいる結依に首を傾げていた。
天然パーマと思われる彼の頭の天頂部には音速猿ソニックが顔を出し大きな瞑らな瞳で結依を見ていた。


「あー…レオか。君こそどうしたよ?」
「え?まさかの質問返し?
……えっと、昼ご飯の帰りに偶然新しく出来たカフェがあって、中を見たらクラウスさんが好きそうなモノを見つけて…」

よく見ると、レオの手には長方形のペーパーボックスを手にしていた。
仄かに香る甘い匂いに結依はシャキン!と背を伸ばす。

「ドーナツ?」
「ええ。クラウスさんドーナツが好きって聞いたんでお裾分けって感じで。
あ!良かったら結依さんもどうですか?結構沢山買ってきたんで…」



「ほおお〜う?それなら俺が食っても大丈夫って訳だよなー?」

突如響き渡った声にギクッと体を震わせたレオルドの背後に一つの影が現れた。


「……あ、ザップじゃん。
こんな年端もない少年に手を出すとか相当飢えてんのね?」
「うっせぇペチャパイ。てめぇにそんな事言われる筋合いはねえってんだゴルァ。
なんなら腰振りマスターと呼ばれている俺様の技をお披露目し「おい、今すぐやめろ。此処はクラウスの部屋の前だぞ殺すぞボケが死ねバーロー」…んだよ、つれねぇな結依は」

レオルドを挟みながら卑猥な言語を言い放ち口論する二人にレオナルドは今すぐこの場から逃げ出したいと言う気持ちで一杯だった。



「あー…ちょっと気分悪いや。外行って気分転換しよ」

口論に疲れたのか、結依が立ち上がりライブラの出入口へと向かう。
後方からザップの挑発的な台詞を耳にしたが、フル無視した。



――――――――――――――――――――――


ライブラの外へ――との一心で出たのは良いものの、特に行く宛など無かった。
人間の他に頭部が蛸の顔だったり、手足が伸び縮みしたりする者、甲殻類とも思われる者……このヘルサレムズ・ロットには多種人類な“異界人”が蔓延る大都市でもある。

クラウスと共に初めてこの場に足を踏み入れた時の驚きは今でも覚えている。
見たことも無い町並みと、それぞれの場所に設置された信号機や電話BOX、自販機を見て興奮しながらクラウスを質問攻めにした過去の出来事が脳内に再生される。
少し恥ずかしくなったのか結依は頭を軽く振り、再度辺りを見回してみる。


何もなく平和、そして喧騒―――それ等はもはや日常茶飯事みたいな物だ。
結依は宛もなくブラブラと街中を歩いていると、ふとある店に目を留める。



とてもこの街には不似合いだと思われる小洒落たカフェだった 。
隠れ店みたいにひっそりと建っているその店に結依は興味津々だった。


……もしかしたら、レオが言ってた新しいカフェって…此処の事なのかな?
何か…お洒落な雰囲気が漂ってるな〜。…見てみようかな?

中を見てみたい、との好奇心により自然とそのカフェへと足を進ませ店内へと入っていった。
店内へ入るや否や、甘く香ばしい良い香りが結依の鼻を擽る。

これは…マドレーヌの焼けた匂い、かな?


「いらっしゃいま…おや?人間さんが来るとは珍しいね」

厨房から顔を出した店員らしき人物は…お洒落な雰囲気を漂わせている店内と如何にも似合わなさそうな風格をした異界人だった。
服装は何処にでもいるパティシエの制服を身に着けてはいるが、頭部が二つに裂けそこから触手か何かが生えていて先端は空中へふよふよと浮いている。
その風貌は正に『宇宙人』と言っても過言では無かった。

初めてこの世界に足を踏み入れた時の自身の驚きっぷりに嫌でも覚えていた。
だって、こんな異形な容姿をした生物を目の当たりにして冷静で居られるのが可笑しいっての……。
皮肉じみた事を考えていた結依は目の前の異界人にニカッと笑みを浮かべる。

――慣れとは時に本人でさえも驚愕する程の力を発揮する。


「こんちわです。
同僚から素敵なカフェがあるって教えてくれて気になって来たんだ」
「同僚?…もしかしてあの糸目で天然パーマな男の子の事かい?」

驚いた。まさかレオナルドを予想するとは…。
結依は目を大きく開きぱちくりさせた。

「…当たりです。まさかそのまんま当てるとか思って無かった」
「あはは!そりゃー俺も吃驚だよ。
…ま、それはさて置き。嬢ちゃん、何か欲しいもんがあるのかい?」
「え?……えっと…」



―――――――――――



ライブラに帰宅した結依はぎこちない動作をしながら、今朝出入りしたクラウスの部屋へ繋がる扉の前に立ったまま動けずにいた。
片手に持った紙袋に視線を落とすと、更に顔を赤らめる。
これから実行する展開を脳裏に浮かばせながら、黙々と考え込んでいた結依は覚悟を決めるかのように軽くノックをする。


「えっと…クラウス?
私だけど居る、かな?」

ものの数秒に扉の向こうからクラウスの声が聞こえた。


「ああ、居るぞ。
……どうぞ?」
「あ、えっと…お邪魔しまーす…」

ノックした手をドアノブへと下げるとゆっくりと扉を開ける。
室内の奥にPCと向かい合いカタカタと小気味の良い音を鳴らしながらキーボードを打ち込んでいるクラウスがいた。
まだ仕事中なのだろうか。顔はPCの画面に向けたままだ。


(…なんか邪魔しちゃいけない気がする。
渡すのは後でもいっかな?)

仕事中ならば出直した方が良いと思い始めた結依に、クラウスが「結依」と呼び掛けPCのディスプレイから体を傾け視線を向ける。
視線がぶつかると結依は瞬時に顔を赤らめ肩を跳ね上がらせた。


「…僅かだが呼吸が乱れているな。
体調でも悪いのかね?」
「えっ?い…いや、大丈夫だよ?………多分」
「ふむ……。
仮に体調を崩していたら私にも“分かる”筈なんだが…」



――結依とクラウスは命を共存している。

即ち一つの心臓を二人で半分こしているようなものだ。
互いの何方かが死傷を負うと、もう片方も同じように痛みを共感する。
体調不良の時も同じような現象が起きる事もある。

……とある事件がきっかけで。



「結依、本当に大丈夫か?」
「…えっ?な、なんで?」

声が裏返ってしまった事に慌てた結依にクラウスは心配そうに席を立ち結依の元へ歩み寄る。
目と鼻の先にクラウスの整った顔が視界に飛び込み結依は目眩を覚えた。



「いや、今朝のもそうだが…最近私に声を掛けてるのにも関わらず何故か避けているようにも見える。
……もし気に障る事をしたのなら謝罪する」



まさかの反応に結依は目をぱちくりさせた。

目の前に映るクラウスは巨体な体躯なのにも関わらず、しょぼん…との効果音が聞こえるのではないか、と思える程に項垂れているではないか。
こんなクラウスを見れるのは二人きりの時のみだ。


……まーた、自分を責めちゃって。
まあ、私がちゃんと言わないのも悪いんだけどね。




落ち込んでいるクラウスの頭をポンポンと軽く叩く。
僅かな動作に目を開いたクラウスを余所に、顔面に突き付けるように紙袋を押し付ける。


「…?
結依、これは?」
「今日は2月14日でしょ?
……何の日か…覚えてる?」
「……君と出逢った日」
「…はは、正解。私と命を共存した日…だね。
それの御祝いってのもアレだけど……
あの…世間ではバレンタインって言ってるからそれも兼ねて……」

ごにょごにょと語尾を濁し俯きながら口を開く。



………成程。

最近結依の様子がおかしい、と思ったらこの日の為に用意をしていたのだな。
顔を赤らめながら両手を突き付けるその姿がとても愛おしく思えた。

クラウスは突き出された紙袋と結依の両手を包み込む様に握り締める。
大きな手に包まれた事に驚いた結依は顔を上げると、クラウスは嬉しそうに口元を緩める。
口の端から飛び出た八重歯がとても可愛らしいとさえ思ってしまう。


「結依、有難う。
私の為にプレゼントをしてくれて……感謝するよ」
「〜…ッ?!!
い、いや…あ、あの……私が勝手にやっただけで…」
「そんな事は無い。
私は結依と出会えた事に感謝しているのだ。
君と命を共存した事も後悔など一切していない。


……結依、君と一緒に為れた事を誇りに思っている」


………反則だよ。
そんなの、…そんな事言われたら私…何も言えないじゃん。
クラウスと一緒に為れて嬉しいって…私も思ってるから……!



両手を包まれた事を忘れたかのように結依は目の前に立つ巨躯の体格をしたクラウスの胸元に抱き着く。
突然の抱擁に驚いたクラウスは目を見開き挙動不審な動きをしたが、結依は涙ぐみながらクラウスの胸元に頬を擦り寄せる。




「……私もクラウスと一緒に為れて、凄く嬉しいよ?
こんな私を救ってくれて…有難う。


大好きだよ、クラウス」




結依の告白染みた言葉のオンパレードにクラウスは顔を赤らめたが、抱きついた結依の愛らしい行為に目を細めるとその体を包み込む様に優しく抱き締める。
互いの鼓動が体感で伝わる。



「……私もだ。
いや、これは違うな。



「愛している」……だ、結依」




甘く蕩ける魔法の言葉に委ねた結依は、クラウスの胸元に頬擦りし「私も…愛してる」と小声で呟く。
それを聞き取ったクラウスは嬉しそうに口角を上げると結依の額に口付ける。



――――――――――――――――



「そう言えば…結依。これを開けても良いかな?」
「……あ!忘れてた!
ごめんごめん!開けてみて?」

結依に促される様にクラウスは紙ボックスの蓋を開ける。


中には……ケーキの淵側に大量に詰められたラズベリーを基調にしたチョコレートケーキが顔を覗かせた。
その中央には「HappyValentine!」とホワイトチョコペンでデコレーションされたチョコレートプレートがあった。
ご丁寧に二人分とカットされてフォークも二つ付いていた。


それを見た結依は、店長らしき異界人が「今日は恋人にとって大イベントだからな!サービスするぜ!」との掛け声を思い出し頭を抱えた。
…いらぬサービスを!!と文句をつけたが、当のクラウスはそのケーキを見ると何処と無く嬉しそうな声を漏らした。



「……これは、食べるのが勿体ないな。
結依との大切な日なのに……」



クラウスから呟かれる一言一言に結依の心が幸せに満たされる。




「一緒に食べよう?
クラウスとの大切な記念日なんだから…ね?」
「…では、ギルベルトにお茶の用意をさせよう」
「あ!私がお茶淹れたい!クラウスの為に美味しいのを作ってくるよ!」

気合いを入れ込むように弾ませた声を発する結依にクラウスは満面の笑みを浮かべた。




――君は、私の傍にいるだけでも幸せな一時なのに。



【Fin...】

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