×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




04.花彦くん「待機」

真下がH小学校から拾った手帳の中を見た八敷の口から出た言葉の数々は、何とも許されない話だった。

H小学校の校長の異常な“日記”と言っても過言ではなかった。
その対象となっているのは、5年前に養子として引き取った少年についてだった。

少年の容姿は小柄で可愛らしかった。まるで――女の子の様に。
彼はスカートや、化粧をするのが好きだった。
赤いほっぺをした華奢な少年にはそれがとても似合っていた。

だが、それを校長は許さなかった。
『教育』『個人指導』だと称して、彼の歪んだ欲心を少年にぶつけていた。
その舞台となったのが…真下が隠れていた職員室の奥の部屋に隠された地下室だった。


「地下室に隠れてた?」
「バケモノから逃げて身を隠していたのがその場所だっただけだ」
「…成程ね」


真下が怪異の花彦くんの手から逃れる為に身を隠した地下室で……校長は家族の目を盗んで、少年を呼び寄せて指導していた。
模範的な教育者としてテレビに出演、著名な教育者である彼に誰も疑いを挟むもの等いなかった。


そして…ある事件を追っていた真下はその校長が絡んでいると睨み調査をしていたが、権力の力で捻じ伏せられ辞職へと追い詰められてしまい真実を突き止める事は叶わなかった。
クビの原因は「セクハラ」だと出たが、真下はそんな事をする筈は無い。
警察をも動かす程の力を持っている者の仕業だろうと睨んだが……。


兄を陥れた者に法の裁きを受けるべきだと抗議したが、真下は聞こうとしなかった。
お前にまで迷惑を掛ける訳にはいかない、との言葉も添えて。
妹である勇廻に危害が回らない様に、と――…。


でも、私はそんな結末に納得できなかった。許さなかった。

刑事を辞めた真下は個人的にH小学校を調査している、と情報を突き止め兄の手助けにならないかと後を追い……花彦くんに急襲された。



手帳の内容を簡潔に聞いたつかさはギリッと奥歯を噛み締めるように顔を歪めていた。

「…酷い話ですね。大人のエゴの犠牲になるのはいつもボクたち子供ですよ。
ちっ、馬鹿な大人ってホント救えないな」

あー…そう言えば、つかさくんとこの手帳の少年の歳は近いんだっけ?
そりゃあ、毒づきたくもなるし同情もするよね。

反吐が出そうな大人の悪意と、犠牲になった憐れな少年……。
もしかしたらその手帳に書かれている少年が、非業の死を遂げ恨みを晴らそうと『花彦くん』と言う怪異に変貌でもしたとでもいうのか?

…そんなの、非現実にも程がある。
でも、私や兄さんを襲ったあの怪異はどう説明したらいいのか。
……駄目だ、いろんな知識や思考を巡らせても真意に辿り着けない。頭がパンクしそうだ…。



「非業の死を遂げた人間の恨みや怒り……それは死後も晴れる事が御座いません」
メリィが翡翠色の眼球を勇廻達に向け淡々と語り口調で話しはじめる。



「そんな淀んだ念が、超常的な存在を生み出す事があります。
怪異、幽霊、妖怪、怨霊……呼び方は様々で御座いますね。
皆様もそのような怪談を一つや二つ、聞いた事があるかと存じます。

…花彦くんもまた、そのような存在なのです」


目の前に意思を持ったかのように喋る等身大な人形が言うからには、説得力があるのも言う間でもない。
いや、信用せざるを得ないと言った方が正しいのか。

それに…私はそんな奇怪な出来事をつい先程に体験したのだ。それは自身の身体にあちこちに斬り刻まれた傷が真実だと物語っている。
……これは認めるしかないのだろう。


この事件には『怪異』と言う得体のしれないモノが関わっていると言う事を…――。





「勇廻。…ほれ」

真下に呼ばれ顔を上げたのと同時に何かを持っている彼の手が目の前に突き出される。
彼の手の中には、拳銃が握られていた。
一瞬思考を巡らせ、ある事に気付き慌てて拳銃を受け取る。

「こ、これ…どうしたの?」
「お前が蔦に絡まってる時に使った。
あの部屋に入ったすぐ目の前にお前の銃があった」

意識が遠退く間際に聞いたあの乾いた音は、真下が天井に吊るされた勇廻が落とした拳銃を使用したのだと分かった。

「……撃った?」
「そうでもしないと下ろせなかったからな。
…俺の射撃の腕は知ってるだろ?」
「知ってるけど…」

真下の腕は確かなのは知っている。
知っているが、もし仮に的が外れた時はどうするつもりだったのだろうか。

……あまり考えるのをよそう。
乱暴なやり方だったが、そのお陰で助かったのは事実なのだから。




「そういえば…八敷様から怪異を「殺害」するとの報告を聞いたのですが」


不意にメリィが口を挟んできた。
その『怪異を殺害する』と提案した張本人である真下がピクッと眉をひそめた。
そんな真下を余所にメリィは更に続けた。

「念の為、ご忠告いたしますがそれは恐らく、とても困難な事かと」
「困難、って?」


あ…ヤバい。兄さんの目がめっちゃ険しくなってる。
こんな兄さんだと罵声しか出ないのは嫌でも知っている。
納得いかないといった表情をした真下が口を挟む前に、勇廻が腕を前に出し制止をさせながらメリィに尋ねる。

「怪異は、死の世界の住人で御座います。
生者をさらに生かす事が出来ないように死者を殺す事など出来ません。
もし皆様に出来るとすれば、呪われた想念を消滅させることくらいです」
「つまり……どういう意味だ?」

堪り兼ねた八敷も口を挟む。
すぅ…と息を吐き込んだメリィは今度は八敷の目を見ながら答える。


「以前にお伝えした通りで御座います。
死と生とは同じ場所にあるもの。
もし、そこでシルシが生まれたのだとすれば、それを消す術もそこにあるはず。
シルシの呪いを消す『鍵』……それは怪異を退ける鍵でもあります」
「その鍵って言うのは?」
「概念的な存在なので、私にも分かりませんが……ただ一つ確かな事があります。
怪異の生まれるきっかけとなった土地は、怪異と特別な縁で結ばれています。
そこにある物であれば、鍵の役割を果たすかもしれません。
皆様には理解し難いでしょうが、それが怪異というものなのです。
鍵となる物を見極められるかどうか……それが貴方方の運命を分けるでしょう」
「……と言う事は、またH小学校を隈なく調査した方が良いって事なのかな?」

恐る恐る口に出す勇廻にメリィは何も答えず、ジッと見つめる。
その眼光は何もかもお見通しなのかの様な感じにも捉えた。

「鍵を集め、正しい方法で怨念を消す事……。それしか本来生き残る道はないのです。
時には、怪異が畏怖や嫌悪を抱く物を用いる非情さも必要となりましょう。
怪異を退ける術は、怪異の怨念の中にある…。
どうかそのことをお忘れなく。
…では、くれぐれもお気をつけて」


メリィの忠告を身に染めた勇廻達は顔を見合わせる。
…が、何か違和感を感じた。

「勇廻、どうした?」

直ぐに感付いた真下が口を開く。



「…ねえ、萌ちゃんは何処に行ったの?
さっきまで一緒に居た…よね?」


勇廻の疑問に皆が気付き、皆が周辺を見回す。
確かに、萌の姿が何処にも見当たらない。
九条館に辿り着いた時に居たのは間違いない。…では、いつ?何処で?
八敷とつかさが慌てて館内を捜しまわるが、真下が冷酷な言葉を呟く。

「逃げたのかもしれんな」
「どうして?」
「現実逃避の一種だ。
死期を知って、自殺する人間は多い。
……それはお前が良く知っている事だろう?」

真下の言葉に反応した勇廻は口を閉ざす。
そんな人間はこの職業に就いてから何度も見て来た。そして、救えたはずなのに…それが出来なかった事もあった。
苦い思い出を振り払うように頭を振る。

「でも…そんな事してもシルシは消えないのを萌ちゃんは十分承知のはず。
もしかしたら…何かあったのかも」
「何か、とは?」
「確か萌ちゃんって花彦くんに一番深い関りを持ってる訳でしょ?
…だからそれに追い込まれて、一人でH小学校に行った…とか?」



数分程館内を探していた八敷とつかさが戻ってきた。

「探したがどこにも居ないぞ…!」
「萌さんは一体どこに…?」

二人の顔から焦りが浮かんでいる。
同じ気持ちになっている勇廻も口早で答える。

「きっとH小学校にいるはずです。早く行きましょう!
萌ちゃんが危ない…!」

再びガレージに向かって足を踏み出そうとした時だった。




「お前は留守番だ」

走り出す勇廻の襟元を乱暴に掴み動きを止める。
その反動に喉を詰まらせ「ぅぐッ?!」と呻き声を上げる勇廻をお構い無しに、真下はメリィの傍にある一人用のソファーへと強引に座らせる。


「お前は此処で待機していろ」
「に、兄さん…!?」
「そんな傷だらけのお前に何が出来る?」

視線に合わせるように腰を屈めると真下は勇廻の体を指差す。
真下から借りたトレンチコートの中に、花彦くんの攻撃により服や皮膚をあちこち切り刻まれた勇廻のスーツにはあちこちに血が滲んでいた。
胸元からも汗と共に血が乳房を這うように垂れ落ちていた。

皆に悟られないように痛みを堪えていたが、真下だけは気付いてたようだ。


「本当は立つのも難儀なんだろ?」
「で、でも…こんな傷大した事ない。早く萌ちゃんを探さないと…!」
「……お前は身を引くことを学べ。
何の為に俺がいると思っている」
「兄さん…!」

勇廻が反論しようとすると、意外な者から忠告を受けた。



「勇廻様、お気持ちは分かりますが今はご自身のお体を休ませる事を優先にして下さいませ」

ぐずる子供を窘める母の様にメリィが優しい口調で諭す。

「め、メリィさんまで…」
「それに怪異の者達は血の匂いにも敏感に感じ取ります。
今の勇廻様の状態だと、彼等の格好の餌食となり得る可能性は否定出来ません。
真下様の仰る通り傷を癒して下さい」

メリィにそこまで言われると、ぐうの音も出ない。
それに、その所為で怪異に見つかり真下達に迷惑を掛ける訳にもいかない。

ここは素直にメリィや真下の言う通りにした方が良いだろう。
何も出来ない自分に苛立ちを覚えるが、だがそれも事実なのだ。


「……萌ちゃんを必ず見つけてね?
兄さんも無事に戻ってきてよ?」
「当たり前の事を今更言うな。
自分に非があると思うなら、さっさと傷を治す事だな」


腰を上げ立ち上がろうとするその刹那。




唇に柔らかい感触が伝わった。
目の前には真下の顔。
ご丁寧に、顔が下へ向かないように顎に手が添えてあった。
視界の端から、八敷とつかさの驚愕の声が聞こえたような気がした。メリィからの視線も若干痛かった…。

名残惜しそうに重なった唇を離すと真下は何も言わず背を向け、呆然としている八敷のネクタイを掴み上げ引っ張る。


「おい、さっさと行くぞ」
「っだ!お、おい真下…!」
「ガキも留守番しておけ。印人が複数いるとマズいんだろ?」


反応に遅れた八敷は気負されながらも真下の後に続き、つかさもポカーンとしながらガレージへと向かう二人の背を見つめていた。




かぁ…と頬を赤らめ唇に手を当てている勇廻に、つかさが堪らず声を掛ける。





「あ…あの、勇廻さん?」
「……な、なに?」
「真下さんとは…兄妹、なんですよね?」
「………異母兄妹だけど、ね」
「そ…その……今のは…恋人同士でするものなんじゃ…?」
「……つかさくん、それ以上は…言わないで。
所謂『大人の事情』ってヤツだ、よ…」


耳まで赤く染めた勇廻は、これ以上何を聞かれても答えなかった。









そう。真下兄さんと私は異母兄妹だけど……



『兄妹』として越えてはいけない禁じられた域を越えてしまった………恋人でもあるのだ。



【……To be continued】

[ 5/25 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]