02.花彦くん「再会」
意識が朦朧としている。
ガクンガクン、と揺れるこの振動は……?
それに…薔薇の棘による痛みよりも上回る肌に伝わる温かいこの感触は…。
「おい、いつまで寝ている」
頭上から容赦のない声と、ゴツン!と鈍い痛みが頭に響く。
思わず「いで!」と声を漏らし頭を抱える。
「お、おい真下。いくらなんでも殴る事はないだろ」
「さっさと起きんコイツが悪い。今は一刻も争うんだろ?」
「それはそうだが…」
静かな真下の声と、それとは相対に狼狽える知らない男性の声が交互にぶつかる。
この声は…確か気を失う前に聞いた声と似ている。
徐々に眠っていた脳内が覚醒していくと、勇廻は今の自分の状態を見てみる。
どうやら車の中のようだ。
窓に映る景色は常闇に染まっていて真っ暗だ。
確かH小学校に侵入した時は夜中だったから、今はもしかしたら深夜の時間帯かもしれない。
視線を窓から下へと向けると、真下がいつも着用しているトレンチコートが身体に掛けられていた。
恐らく、薔薇の棘により破けた服から見える素肌を隠す為に真下が掛けてくれたのだろう。
……心無しか胸元が涼しく感じる。
チラッとトレンチコートを捲ってみると、着用しているシャツの胸元が所々に大小の亀裂が走っていた。
その亀裂の隙間から肌が見え隠れしていた。
カッターシャツだけでなくブラジャーにも亀裂が入っていた。通りで胸による圧迫感が緩い訳だ。
それを見た瞬間顔を赤らめた。
「なんだ、まだ痛むのか?」
再び頭上から真下の声が降り掛かる。ギクッと体を震わせると首を上げる。
目の前には、真下の顔が間近にあった。
整った顔に、寝癖なのか整えていない髪、そして特徴的な目の下の隈。細目の中に光る鋭い眼光。
慌てて顔を背けようとするが、今漸く自分がどのような状態になっているのかが分かった。
トレンチコートを掛けられた勇廻は車内の後部座席に座ってはいたが、シートに座っているのではなく同じ後部座席に座っている真下の股の間に腰を下ろしている体勢になっていた。
伸ばした足は真下の太腿に乗っかるように伸びていた。
先程から赤くなっていた勇廻の顔が更に紅潮に染まっていく。
その様子に気付いた真下は、新しい悪戯を思い付いたかのようにニヤッと口角をつり上げた。
「なんで顔を赤らめているんだ?それもタコみたいに」
「ッんな!や…何でもない!」
「お前の“何でもない”は信用ならん。さっさと吐け」
「何でもないってば!」
「あ、あー…、お取り込み中に悪いんだが…」
前方座席、もとい運転席から遠慮がちに声を掛けられる。
邪魔が入った事に真下は眉に皺を寄せ軽く舌打ちする。
バックミラーで映った男性は苦笑を浮かべながら話を続ける。
「君は…真下の部下であり妹でもあるって聞いたが」
「あ…は、はい。えと…あ、あった」
慌ててスーツの内ポケットから警察手帳を取り出し、バックミラーに見えるように前に翳し開いて見せる。
「刑事の真下勇廻です。
……真下の妹と言うのは間違ってはいませんが、腹違いの兄妹でもあります」
「異母兄妹、と言う奴か」
「ま、そういう事になるな」
代わりに真下がどうでも良さげに答える。
その口調からしてあまりこの話題に触れてほしくないとでも言わんばかりだ。
当の本人は、頬杖をつき視線を暗闇に包まれた景色を映された車窓へと向けている。
真下の様子を見てそれを察知したのか男性は気を遣い話題を変える。
「何故H小学校にいたんだ?」
「それは…ある事件を追っていて校内を探索してたら…あー、なんて言えばいいんだろう…」
その先の言葉が言えず勇廻は口を紡いだ。
もしかしたら変人扱いされるのでは、と思ったからだ。
語尾を濁らせた勇廻に、真下が口を挟んできた。
「バケモノに襲われたんだろう?」
まさか真下からその言葉が出るとは思ってもいなかった。
どちらかと言うと、非科学的現象や幽霊などといった類をあまり信じていないからだ。
いや、きっと信じても信じていなくともどちらでも良いと言った方が固いだろう。
呆気に取られた勇廻をお構いなしに真下は続ける。
「薔薇の蔦を駆使したバケモノ、とでも言えば良いか?」
「どうしてそれを…?」
「お前と一緒だ。俺も同じ奴に襲われた」
「え…兄さんも?」
「その証拠に……ほれ」
徐に足へ、正確に言うと靴底に手を伸ばした。
何かを取り外しそれを勇廻や運転している男性にも見せる。
――それは牙のように反り返った植物の棘だった。
その棘に勇廻は見覚えがあった。
先刻までその棘が生えた薔薇の蔦に縛られていたものと一致していた。
「薔薇の…棘?」
「コンクリの壁をいとも簡単に貫通していた。俺が生きているのは運だがな。
それより…お前のその傷も此奴の所為なんだろ?よく生きていたな」
真下から皮肉染みた言葉を投げられたが、勇廻は言葉を失っていた。
コンクリをも貫通する程の威力があるなんて……。
じゃあ、さっきまで私の身体に巻き付いていた蔦から生えている棘が同じものだとしたら…。
皮膚を…内臓や骨までに深く喰い込んで血を流して……下手したら失血死していたのかも。
そう思っただけでも震えが止まらなかった。
そっと肩に僅かな重みが圧し掛かった。
恐怖で震え上がった勇廻を落ち着かせようと、勇廻の肩に手を掛けていた。
次第に掴んでいた手に徐々に力を加えてきた。
――『落ち着け』『俺がいる』と伝える様に。
「…で、このバケモノ染みた力を発揮しているのが『花彦くん』と言う事か、八敷?」
「『花彦くん』…?」
「え?お姉さん、『花彦くん』知らないの?」
その声は八敷の運転席の隣、助手席に座っているセーラー服を身に纏った女子高生からだった。
助手席から首を後ろへ向かせぐったりとしている勇廻へと視線を向ける。
…心なしか声からもその目の光からも生気を感じられないのは気のせいだろうか。
「有名な話?」
「うん、今巷で噂になってる怪談の一つだよ。
…おじさん、私が説明してもいい?」
「…ああ。頼む、萌。俺は運転に集中しないとな」
八敷と呼ばれた男性は静かにハンドルを切り運転に集中した。
【……To be continued】
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