01.花彦くん「遭遇」

…さて、この状況をどう把握すべきだろうか。

誰も居ないであろう空間に勇廻は一人溜め息をついた。
はぁ…と呟く吐息が静かに木霊する。



事実は小説よりも奇なり、とは正にこの事なのだろう。
勇廻はそう思わざるを得なかった。


とある事件を追い廃校と化したH小学校へ調査していたところ、不覚にも“何者か”から襲撃を受けてしまった。
こんな真夜中に、誰が、何の為に?

沸々と湧き上がる疑問の数々が、冷静でいようとの勇廻の思考回路を妨げる。


「……はぁ」

堪えきれずまた溜め息を零す。
ぼやける視界の中、勇廻は今の自分の状況を落ち着いて分析し始めた。


先ずは、何故見える景色が逆さまになっているのか。
それは直ぐに理解出来た。
教室と思われる室内の天井から伸びる紐状のようなもので吊るされている、と。

足首から鈍い痛みがジンジンと体中を走る。
試しに上半身を起こし足元へ視線を向けてみる。
どうやら両足首を縛っているようだ。
暗くてよく見えないが、ストッキングが足首を中心に破れている。


――問題はそれだけでは無かった。

勇廻の足首を縛っているのは荒縄ではなかった。
それは学校には似つかわしくない品物……薔薇の蔦だ。
蔦に生えている小さな棘が勇廻の足首に刺さり血で赤く染まっている。
まるで生き血を啜るかのように棘から蔦にかけて赤く染まっている。
先程から痛む鈍痛はこの棘の所為だったのだ。



ただ……納得出来ない。

薔薇の蔦って一人の人間を吊るす程の強度があったのだろうか。
そもそも蔦で人間を吊るすなど、誰が実践するのか。
好奇心旺盛な科学者か、それとも植物博士とか薔薇オタクとか……。
いやいや、と首を振り雑念を払い除ける。此処で答えを求めても無駄なのだ。

「……棘ってこんなに痛かったっけ?ストッキングがダメになっちゃったじゃんか」

誰もいない室内で独りごちり、次第に天井を恨めしげに見つめる。
天井いっぱいに張り巡らされている薔薇の蔦と、赤い花弁で主張している薔薇があった。
まるで蛇の様に畝りながら天井に張り付いている蔦は不気味の他でもなかった。


「取り敢えず…コレをなんとかしないと」

何か蔦を切れるものが無いか、とキョロキョロと辺りを見回す。

すると視界の端に何かが月光を受けて光を放っているのを見逃さなかった。
机や棚が散乱している中、一つだけ机としてちゃんと配置されているその上にポケットナイフが刃を出したまま置かれていた。
小学校にポケットナイフなど間違いなく問題が起こりそうなのだが、生憎此処は廃校。
チンピラなどの性質(たち)の悪い者達の溜まり場であって、その者の誰かが忘れていったのかもしれない。


……ま、いいや。今はそんな事を考えている暇はない。
早くこの蔦を切断してこの場から脱出しなければ。

精一杯腕を伸ばすが、指先がナイフに届きそうで届かないのがとてももどかしい。
「く…!」と唸り声を漏らしながらも懸命にナイフへ手を伸ばし続ける。
心の中で早く届け、と念じ続けてはいるが一向にも届く気配は無い。



―――しゅるっ。


ふと、手を止めた。
今…何か音がしなかった?
勇廻が息を殺しながら足元へ目を向ける。

天井に張り付いた薔薇の蔦が、まるで生き物のようにクネクネとうねりながら勇廻の体へ絡ませてきた。
足首から太腿へ、太腿から腰へと徐々に巻きついてくる。

「ひ…っ!……あ、痛……あぁっ!!」

蔦に生えている棘が衣服をいとも簡単に貫通し勇廻の肌を傷付けていく。
これは普通の棘じゃない…!まるで、獣の牙みたいに鋭い……!

等々ナイフへ伸ばした手の先までにも蔦が絡まり、身動きが取れなくなってしまった。
手に絡ませた蔦はまるで意思があるかのように天井へと持ち上げ打ち付けられる。その衝撃に背中から激痛が走る。
両手首にも蔦に巻き付かれ、勇廻は動きを封じられてしまった。
スーツの懐に忍ばせていた拳銃が虚しく落ちて床へと着地しクルクルとスライディングするかのように滑っていた。


「っ!?い…あ、ぐぇ…ッ……あっ!?」

かは、と苦しそうに息を吐くと蔦がシュルっと口元に巻き付き口を塞がれる。
唇から伝わる蔦の圧迫感と感触に気を失いかける。
身体にも巻き付いた蔦が鋭利な棘も手伝っているのもあり、徐々に勇廻のスーツやシャツをビリビリと破いていく。
刺さった棘からみるみる内に赤い血で汚れていく。
顕になった肌から風を直に受けてギクッと身震いさせた。


う、嘘でしょ?!
こんな…こんな事有り得ない…!あってたまるか…ッ!
や…やだ…、服……破らない、で…!

助け……助けを……。
でも…口が塞がれて声が出ない。出るのは吐息と呻き声だけだ。
ふー、ふー…と息を吐きながら縛られた手足を無造作に動かしてみるが蔦に付着している棘が更に皮膚に食い込み痛みが更に増えるだけで何も変わらなかった。
開いた口の端から唾液が垂れ顎を伝い落ちていく。
舌で口を塞いでいる蔦を前へ退かそうとするも無駄に終わった。

更に蔦は胸の谷間や臀部に食い込むように巻き付き勇廻の体を徐々に傷つけ締め付けてくる。
敏感な箇所を責められて、ビクッと大きく背を反らし思わず「…んんっ!?」と喘ぎ声に近い悲鳴を上げる。

最悪な結末を想像した勇廻は思わず目をきつく閉じた。






誰か…助けて……っ


…に、兄さ……悟兄さん……ッ!!











「何をやっている、勇廻」


聞き慣れた、そしてずっと聞きたかった声がレーザービームみたいに一直線に勇廻の心臓を撃ち抜く。
閉じた目をカッと開く。涙で濡れていた為視界がぼやけていて何も見えなかった。
その声が耳に届いたのと同時にパン!と乾いた音が鳴り響く。

他にも誰かが居たのか複数の声も聞こえたような気がした。
体を支えていた蔦の締め付けが弱りガクン、と重力に従う様に下へと落ちていく浮遊感があった。




……兄さん?

ああ、兄さんな…の?


……?
あれ?なんだか…お腹が痛い。
丁度へその下辺りにかけて…針か何かで何度も突き刺すような痛みが……。



そこから勇廻の思考が途切れてしまった。



【……To be continued】

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