エイプリルフール(真下夢)

「………」
「………」

沈黙。
今直ぐにでも、この場から逃げ出したい心情を抱きながら勇廻は冷や汗を流していた。

温かく花の香りがする春の風が吹いてきているある休日。
自宅の寝室のベッドの上に向かい合わせに座っているのが、先程から冷や汗を流している勇廻と、ピクピクと青筋を立てながら不気味な笑みを浮かべている真下。

…真下の頭は、水で濡れ毛先からポタポタと水滴が滴り落ちている。
枕元の傍に、割れた風船が所々に散らばり、水の染みが出来上がっている。


「…なぁ、勇廻」
「…はい」
「今日は…何の日だと言った?」
「…え、エイプリルフール……です」
「そうだったな。
……で、この状況をそのエイプリルフールで済ませるつもりか?」
「……め、滅相もな、い…」

恐る恐る用意したタオルを差し出すと、真下は無言で手に取り濡れた頭を拭う。

早朝に眠っている真下の上に、予め用意していた水風船を吊るし驚かそうと企んでいた。予想外に早く目覚めた真下が上半身を起き上がらせようとした際、誤って爪楊枝で風船を刺してしまい……真下は顔から水浸しになった。

「勇廻」
「ひっ!は、はいっ…?!」
「一応言っておくが、エイプリルフールはドッキリではない。
…それとも、態としたのか」
「……ぜ、前者です」

背中から取り出したスケッチブックに「エイプリルフールだよ〜☆」と色とりどりのペンで書かれていた。
それを見た真下は、心底呆れたような深い溜め息を零す。
拭い終えると濡れた上着を脱ぎ捨てると、首回りにも濡れた水滴を拭う。

程良く鍛えられた上半身、六つに割れた腹筋…兄妹だからと言っても、どうしても魅入ってしまう。




「…何ジロジロ見ていやがる。気色悪い」


視線に気付いた真下は、仄かに頬を染めた勇廻を横目で見やる。
少し驚いた勇廻は肩を跳ね上がらせ「ごっ、ごめん…!」と謝るとサッと視線を逸らす。

駄目だ…。未だに兄さんの目を長く見れないや。
あの目で見つめられると、心臓の鼓動が煩いくら鳴るし、顔が熱くなるし…。
兄妹なのに…兄の目が恥ずかしくて見れないなんて、私はどうかしているのだろうか。


「お前は良く目を逸らすよな。…俺の目が怖いか?」

いつの間にか、真下に体が触れる程距離を詰め寄って来られた事に驚いた勇廻は、後退しようとする。
…が、それを阻む様に真下の腕が腰に回され一気に引き寄せられ、ベッドに押し倒される。
背中に冷たい感触がしたのは、先程勇廻が悪戯で仕掛けたの水風船の所為だ。
勇廻の部屋着にも水で濡れていく。


「に、兄さん…?」
「俺の目が嫌いか?」
「……ううん」
「嘘…じゃないのか」
「これは嘘じゃない。本当…」
「じゃあ、証明してみろ」

静かな声で囁くと、じっ…と見つめる。勇廻も負け気と、真下の目を見つ返す。
鋭い光に輝く眼光に吸い込まれそうになる。

大好きな兄さんの目…。
その目でずっと私を見てくれていた。今も…これからも……見てくれるのかな。
兄さん…、私は……。



「……偽りでは、なさそうだな」

僅かに口元を緩ませた真下は、紅潮に染め上げた勇廻の頬に手を伸ばし愛おしそうに撫でる。
鼻頭を擦り付けると、勇廻は擽ったそうにほくそ笑む。

「エイプリルフール…失敗したなー」
「俺に嘘が通じるとでも?」
「無理だったね。兄さん、探偵だもん」
「元刑事なんだがな。…と言う事でこれの落とし前をつけさせて貰おうか」
「えぇ〜……」
「言っておくが、拒否権はないぞ」

覚悟を決めた勇廻は目を閉じる。
訪れる筈の真下の愛撫を待っていたが、幾ら待っても一向にこないでいる。
不審に思い目をそろっと開ける。





「嘘だ」

ばちんっ!
小気味の良い音が寝室に響く。と同時に額を中心に鈍い痛みが走る。


…や、やられた。

デコピンを受けた額を片手で覆い、涙目で痛みに堪えていると…。




唇に生暖かい感触。
顔を僅かに離すが、再度近付け「チュッ」とわざとらしくリップ音を鳴らしながら軽く口付ける。
そして、勝ち誇った顔をした真下。
弧を描いた唇から舌先がチロッと出る。


「まだまだ甘いな」

頭を撫でると、押し倒した勇廻を解放させ「後で部屋着の替えを出しておけよ」と伝えると寝室を出る。




「……くっそ…。兄さん…狡いよ…」

暫くベッドの上で縮こまり悶えて続けている勇廻が起き上がるのには、数分の時間を費やした。



【Fin...】

[ 23/25 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]