17.〇〇〇「結末」

とある居酒屋でテーブル席に座っている真下と勇廻…向かいの席には八敷の三人は酒を交わしていた。
館を去り際に「無事に生き残っていれば一杯奢ってやる」の約束を覚えていた真下は、シルシ事件の後始末を終えた八敷を飲みに誘った。
新たなに開店する探偵事務所の準備を終えた勇廻にも声を掛け、三人で近場の居酒屋へと足を運んだ。

「何だか…すまないな。
お前達も忙しいのに、俺の為に時間を作ってくれて…」
「飲みに連れてってやると俺が言ったんだ。
そんな事一々気にするな」
「あ、すみません。ハイボールを一つ」
「お前は少し遠慮しろ」
「あでッ!」

ハイボールを4杯飲み干し、アルコールも手伝い頬を赤く染めた勇廻の天頂部に真下は問答無用で手刀を降す。
そんな二人のやり取りを傍で微笑する八敷。

「ははっ、お前達が相変わらずで少し安心した」
「相変わらずってどういう意味だよ、八敷さ…」

そこまで言って勇廻はしまった、と口を閉ざした。
勇廻の様子に気付いた八敷は優し気に声を掛ける。




「いつも通りに呼んでくれても問題はない。
俺は…九条正宗でもあり、八敷一男でもあるんだ」



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あの夜、八敷が見つけたボイスレコーダーから衝撃的な事実が明らかになった。

記憶を失った八敷の正体は……九条サヤの実兄、九条正宗だったのだ。
メリィにシルシを刻まれた八敷は、すべての記憶を奪われ本当の自分を忘れてしまった。
そして、途方に暮れた中ポケットに入っていた名刺…九条サヤの名刺を見て九条館に辿り着き今回のシルシの怪事件に巻き込まれた。
全ての元凶であるメリィを目の前にして、八敷はメリィを信用し「八敷一男」という仮の名前をつけた…。

八敷一男こと九条正宗は、記憶を失う直前に録音したみたいだ。


――五年前、九条正宗が九条家を継いでから2年目のある日、妹のサヤと倉庫を整理していた時、球体人形…メリィが入った桐の箱を発見したのが全ての始まりだった。
封を解いた正宗は一目見た瞬間から禍々しいものだと感知した。

だが、その正体を理解するまで多少の時間が掛かった。
50年前、人形の力を封じた正宗とサヤの曾祖父は記録を残す間もなく急死した為、メリィの事は子孫に伝わらなかったと言う事だ。

メリィが戦中に陸軍研究所へ供出されたものだと突き止め、地下壕に住んでいたホームレスの妙な爺さんに研究所の事を聞いた。


「妙な爺さん?」
「…大体察しはついた。彼奴の事だ」
「ホームレスまで知り合いがいるとはな。お前の人脈は計り知れんな」
「……続きを流すぞ」

八敷が眉をひそめがら一時停止ボタンを押していた指を再び再生ボタンへと押し込む。


その後、人形の情報を集める為に正宗は単身で海外へ向かったが…事故に巻き込まれ行方不明となった。
そして、日本に残っていたサヤが九条家を継いだ。
サヤと連絡を取れたのは、サヤが家督を継いだ後だった。
家督争いを馬鹿馬鹿しく思った正宗は、サヤを説得し表向きは行方不明のままにしてもらったようだ。

ほぼ幽霊と化した正宗は、海外で心霊術の専門家に話を聞き、メリィを放置できないと判断し先週に帰国した。
呪力を抑える為、メリィの中に念持仏が入っているのだが…念持仏の呪力を吸収する力が限界間近だった。
放置してしまうと念持仏は壊れ、メリィの呪力を抑える術が無くなる。
そうなってしまえば…メリィが目覚め呪いが溢れ出る危険は避けられない。


最悪の展開を恐れた正宗は、メリィの中にある念持仏を一時的に取り外し清浄な場所へ1ヵ月程放置しケガレを祓う事を実行した。
これが成功すれば、数十年間はメリィの力を封じる事が出来る。


――だが、念持仏を取り出した後のメリィが、ケガレを祓っている一ヶ月間に如何なる呪いを振りまくのかが予測つかない。

幾ら呪いを防ごうと努力をしても、所詮は人間。念持仏の力と比べる間でもない。
50年前の惨事のように、多くの犠牲者が出る可能性がある。
苦渋の決断に迫られた正宗は…。


『…だが……これは必要悪だ…。
より大きな犠牲を防ぐ為には、やむを得ない処置なのだ…。

俺はこれから人形を解体し、念持仏を取り出す作業に入る。
願わくば、俺の想像する様な最悪の事態が発生せず、この記録が無駄になる事を祈る。


もしも……。
これを聞いている君の友人や家族が呪いの犠牲になったのなら……


……すまなかった』



ここでテープは途切れた。
八敷の背中が酷く震えているのが、薄闇のなかでも分かった。


「くそ…っ!」

テープを握り締めた手を、片方の手を爪が掌に喰い込む程拳を強く握り締める。
怒りに震える八敷に、勇廻と真下は声を掛けれなかった。
テープの声の主は目の前にいる八敷だが、今勇廻と真下の前にいるのは「九条正宗」ではなく「八敷一男」なのだ。

ケガレを祓う為に行った「九条正宗」の行動により、多くの犠牲者が出てしまった。
九条正宗自身の記憶、妹のサヤをも失った…。その代償はとても重く計り知れない。




――『やむを得ない犠牲』。

八敷の脳内にその単語だけが延々と回り始める。



「俺は……」

怒りに震えていた八敷が重い口を開く。




「記憶を失ったあの時から、俺は「八敷一男」なんだ…」


その声色は、まるで自分自身が「九条正宗」だと言う事実を否定しているように見えた。
九条正宗の所業に対し、八敷は怒りを露わにしていた。

「俺の所為で…サヤは……!」
「八敷さん…」

勇廻が心配そうに声を掛けるが、真下が手で制す。…そして頭を振った。


「暫く一人にしてやれ。
此奴にも、此奴なりに考えたい事があるだろうよ」
「…兄さん……」

横目で八敷の背中に視線を向けると…勇廻は静かに首を縦に振る。
真下と階段を降り館を後にしようとする。
玄関口の大扉に手を掛けた真下は、首を後方に向かせ「おい、八敷」と時計の前に膝をついたまま微動だにしない八敷に声を掛ける。




「これだけは言わせてもらうぞ。
貴様のやるべき事は、ただそうやって過去の出来事に縋って後悔するだけか?


お前の今の姿を…九条サヤは、どんな顔をして見るんだろうな」


どんなに待っても、八敷からは何も返ってこなかった。
肩を竦めた真下は、心配そうに八敷のいる階段の方へ見つめている勇廻の背を軽く押すと八敷を残し九条館を後にした。




シルシの怪事件から2ヶ月と少しが過ぎた。
夏が終わりに近付き秋が近付いてることを、ときおり吹き付ける肌寒い風が告げてくれる。


この間に八敷と生き残った印人達とで、シルシの餌食となり非業の死を遂げた九条サヤとH市地下壕にあると言う仏像の供養、そして黒ウサギの埋葬…などの後始末でドタバタしていた。
H市の地下壕の仏像に関しては事情を知ったクリスティの主導の下、銀座で有名な占い師安岡都和子、如何にも闇医者のイメージを漂わせている(ちゃんと医師免許を持っている)大門修治、ホームレスの高齢者バンシー伊東の協力もあり壊れた仏像を地下壕から運び出し、H神社の境内へと供養したようだ。


――そして、八敷は九条家を継ぐことになった。
これも、何度も危機を救ってくれた九条サヤへの恩返しだと考えるべきだと話してくれた。


再度真下と共に館に訪れた時に、八敷から「九条正宗」の資料や過去の新聞などを見せてくれた。

資料によると、7年前に九条家の当主となったが学究肌の内向的な性格だったので、あまり人付き合いは良くなかった。
表に出るのは、妹の九条サヤに任せていたのもあり彼の顔を知っている人間も稀だろう。
今見せてもらっている過去の新聞も、マイナーな地元の新聞に一度顔写真が載ったものくらいしかないとのことだ。


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「九条正宗が、九条家の倉庫で偶然メリィを発見したのは5年前だ。
そこで俺の運命の歯車が狂ってしまった…」

記憶を取り戻した八敷は、沸々と蘇る記憶の引き出しを引っ張り出しながら過去のあの事を語り出す。

「俺がメリィの事を調べる為に海外を旅行していた時の事だ。
ある国で事故に遭って、半年ほど意識不明の重体になった。
不運な事に、その国の手違いで身元不明の旅行者として扱われたんだ」
「なんだか…その手違いってのが偶然にしちゃ出来過ぎてるよね。
メリィの呪いって風に聞こえて仕方が無いんだけど…」
「強ち間違ってないかもな。
あの人形は己のことを調べに出た八敷を警戒して、先手を打ったのかもしれん」

真下の冗談に聞こえない推測に八敷と勇廻は身震いした。
半分ほど入っている日本酒を口に付ける真下に、勇廻は両手でハイボールが注がれたコップを包み込むように持ち上げ八敷に「…それで、その後どうなったの?」と先を促す。

「あ、ああ…。
漸く祖国と連絡が取れた頃にはサヤが九条家を継いでいた。
後は…お前達や俺が聞いたあのテープの通りだ」

肘をつき重ねた手を額に当てた八敷は深い溜め息をついた。

「一番の予想外は、メリィの力が俺が予想していたよりも遥かに上だったと言う事だ。
彼女の力を抑える為、此方の準備した霊的な対処はまるで役に立たず…予想よりも短期間で、記憶を奪われてしまった」




「…でも、結局メリィって何だったんだろう」

不意に勇廻が疑問を口にする。
周りの賑やかな声や食器や箸がぶつかる音が木霊す中、勇廻達が囲んだテーブルだけ嫌な静寂が包まれる。

「呪いの人形……か。
そもそもお前の曾祖父とやらは、どんな手口であの人形を手に入れた?」
テーブルに置かれた焼鳥の串を手にし口に放り込む真下に、八敷は頭を振る。

「それが…前にも言ったが、俺の曾祖父は急死してメリィに関する資料を残す事が出来なかったんだ。
一説によれば、19世紀にある人形師が魔術的な方法で作った人形らしいんだ。
また別の説だと、非業の死を遂げた少女の霊が人形に宿ったものだとも言う。
諸説がどうあれ結局、あのような人形が誕生した経緯は謎に包まれている。
ただ…」
「…?ただ、なんですか?」

フライドポテトを咀嚼しながら勇廻が尋ねる。
八敷も勇廻が食べている物に箸を伸ばし口に放り込むと話を続ける。

「ただ事実として、メリィの持ち主は次々と無残な死を遂げていった。
それには、大正の昔…好事家だった俺の曾祖父も含まれている。
当時の九条家当主は、呪いの話を知らなかったのか、それとも信じていなかったのかは分からないが…」

八敷から語られるメリィに関する情報に、真下と勇廻は固唾を飲み込む。

「メリィが明確な意思を持ち、怪異を生み出す程の力を得たのは…H市地下壕で起きた大惨事が起きる直前のようだ」
「それって…確かバンシーってじっちゃんと大門先生が言っていた『観音兵』って奴ですか?」
「ああ、あそこに渦巻いていた実験の犠牲者や仏像たちの怨念が覚醒のきっかけになっとのかもしれない。
メリィの正体が何にしろ、あいつの所為で多くの人間が運命を狂わされてきた。


……その中には、俺やお前達や他の「印人」達もいるわけだ」


八敷の真剣な眼差しに勇廻は微動だにせずそれを見つめ返す。
それは真下も同じだった。
この場にいる三人は、メリィや彼女が生み出した怪異により生死を掛けた運命に捕らわれてしまったのだ。




「よっ!姐さん、飲んでっかッ?」

深刻な雰囲気を打ち砕いたのは、屈託のない笑みを浮かべた…居酒屋でバイトをしている翔の姿があった。
両手には他のテーブルが注文した料理と飲み物を手にしている。
突然の明るい声に呆気を取られた勇廻と八敷はガクッとズッコケた。

…そうだった。
兄さんが選んだ居酒屋に、偶然翔くんがアルバイトを勤めていたのを忘れてた。

「おい、職場放棄だろ。さっさと働け」
「んだよ。釣れねーな、真下の旦那よ〜。
こう見えて結構頑張ってんだぜ」
「なら口ではなく行動で示せ。…ほれ、日本酒追加だ」
「今手が離せねーよ!後で聞くわ。
あ、姐さんやオッサンも注文があんなら言ってくれよー?」

それだけ言い残すと、注文の品を目的のテーブルへと持っていった。


「…まさか翔がバイトしてる店に飲む事になるとはな」
「いやいや!これも本当に偶然だよ。ね、兄さん?」
「分かっていたら選ぶ訳ない。本気で別の店にしようか悩んだくらいだ」
「それは翔くんもだけど、ここのお店側にも可哀想だよ」
「俺は普通に居心地がいいんだが…」

翔から始め、他の印人達の近況報告を八敷から聞いてみると、自身の夢に一歩進んだり過去の経験を活かし行動に出たと、皆各々が前へ前進しているとの事だ。



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数時間程、居酒屋に居座っていた八敷と別れた真下と勇廻は夜道を歩いていた。
八敷は最後の仕上げがあると言うと九条館へと帰って行った。

「勧誘失敗に終わったね、兄さん」
「ま、期待はしていなかったんだがな」
「うわ、八敷さん可哀想〜」

ケラケラと笑う勇廻の頬を強く抓ると、「いっだああぁあ!!」との痛みに訴える声へと変わった。
容赦ない真下の行為に涙目で睨み返すと、お返しにと真下の頬に手を伸ばし同じように抓り返す。

「ほう?やり返すとは良い度胸だ」
「いつまでも兄さんに負けてばっかの私じゃないよ…って、いだだだッ!
兄さんには手加減の三文字を知らないの!?」
「知らんな。俺の妹に手加減などする必要は無いだろう」
「サドス!!本ッッ当に兄さんはサドスのなかのサドス!!」
「酔ってるのか?全然意味が分からん」

暗い道の真ん中で互いの頬を抓り合いながら戯れて(?)いると、急に真下が手を引っ込め勇廻の腰に腕を回し抱き寄せる。

「…へっ?」

状況を把握していない勇廻に構わず、真下は耳元に口を寄せる。
消え入りそうな声でそっと囁く。



「お前さえいれば、いい」

熱の篭った声にビクッと体を震わせた。
耳まで真っ赤に染まった勇廻の反応を見た真下は満足そうに口角を上げる。
顔を離すと呆けている勇廻の額に自身の額をコツンと重ね合わせると視線を合わせる。
夜空に包まれた道なのにも関わらず、真下の熱い視線がはっきりと見えた。

腰に回した手を頬に伸ばし親指で愛おしそうに撫でると、徐々に下にいき真紅色の飾り紐へと触れる。




「もう俺の傍から離れるな、勇廻」

強引だけど愛しさが込められている声色に、勇廻は口元を緩ませ愛おしそうに見つめ頬に手を添える。



「ずっと傍に居るよ、悟兄さん」


これからは、ずっと一緒。
兄妹という禁断の域を超えた愛情をいつまでも幸せそうに噛み締めていた。





【The End】

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